7年間, 尽くし続けた彼氏に裏切られた.
彼が会社の可愛い後輩と浮気し, 私を旅行に行かせている間に結婚式を挙げる計画を立てていることを知ってしまったからだ.
「まほは俺にとって情婦みたいなものだ」彼の冷酷な言葉が, 私の心を完全に打ち砕いた.
誕生日は忘れられ, 愛情のこもった手料理はゴミ箱へ. 記念のネックレスは, いつの間にか後輩の首にかけられていた.
火事の現場でさえ, 彼は私を置いて後輩を助けに走った. 7年間の愛と献身は, 彼にとって当たり前のものになっていたのだ.
もう, うんざりだった.
だから私は, 彼との結婚式と全く同じ日に, 別の男性との結婚式を挙げることにした.
第1章
- 坂東雅穂 POV:
「結婚するわ. 」私が両親にそう告げた時, リビングの空気は凍りついた. 父は持っていた新聞を落とし, 母はティーカップをガタッと音を立てた. その沈黙は, 私の七年間の愛が, たった一つの裏切りによって, 音を立てて崩れ去ったことを, 何よりも雄弁に物語っていた.
私の声は, 私自身でも驚くほど冷静だった.
父と母の視線が私に突き刺さる.
「え, まほ? 何を言っているの? 」母が震える声で尋ねた.
「結婚します. お父さんとお母さんが勧めてくれた方と. 」私は繰り返した.
「まほ, 本気なの? 」父が新聞を拾い上げながら, 信じられないという顔で私を見た.
「リュウノスケ君とはどうするの? 七年も一緒に住んでいたでしょう? 」母が心配そうに私に近づいた.
二人の顔には, 困惑と, そして深い愛情が入り混じっていた.
彼らがリュウノスケの名前を口にするたびに, 私の胸の奥がチクリと痛んだ.
私は深呼吸をした.
「もう, 決めたことだから. 」私の声には, 一切の迷いがなかった.
「もう, リュウノスケとは終わりよ. 」その言葉を口にするたびに, 胸の傷が広がるのを感じた.
「でも, まほ, あなたはリュウノスケ君のこと, 本当に愛していたでしょう? 彼のために, どんな苦労もいとわなかったじゃない. 」母が私の手を握りしめた.
「あの時, 彼が会社を立ち上げる時も, あなたは自分の夢を後回しにして, ずっと彼を支えてきた. 彼の成功は, まほのおかげよ. 」父の声にも優しさがにじむ.
彼らの言葉は, 過去の甘い記憶を呼び覚ます.
七年間の月日が, 走馬灯のように脳裏を駆け巡った.
私は, 母の手をそっと握り返した.
「ええ, そうだったわ. 」私は静かに答えた.
「でも, もう, 過去のことよ. 私の愛は, 彼には届かなかった. 」
心に開いた穴は, 誰にも埋められない.
「相良さんは, 本当に良い方よ. 一流企業のエリートで, 家柄もしっかりしているし. 」母が, 少し明るい声で言った.
「何より, まほを大切にしてくれると, お父さんも太鼓判を押している. 」父も頷いた.
彼らは, 私に新しい幸せが訪れることを心から願っているのがわかった.
「分かってる. 」私は短く答えた.
「お父さんとお母さんの選んだ人なら, 間違いないわ. 」
彼らに, これ以上心配をかけたくなかった.
「じゃあ, 一度, 相良さんと会ってみる? 顔合わせの席を設けましょう. 」母が提案した.
「ちゃんと, 二人の意思も確認しないとね. 」父が続いた.
私は首を横に振った.
「その必要はないわ. もう, 結婚の準備を進めてほしいの. 」
私の決意は固かった.
彼にもう会わなくていい. 私の心は, もう疲れていた.
その時, 玄関のドアがガチャリと音を立てて開いた.
リュウノスケが, いつものように鍵を開けて入ってきた.
彼の右手には, 小さな紙袋がぶら下がっている.
紙袋からは, 甘くて香ばしい匂いが漂ってきた.
「ただいま. 」と彼は言い, リビングに足を踏み入れた.
私たちの顔を見て, 少し訝しげな表情を浮かべた.
「どうしたの? みんな, 神妙な顔をして. 」
そして, 私の隣に置いてあった結婚式のパンフレットに目を留めた.
「あれ? これ, 結婚式のパンフレット? 」彼はそれを手に取り, 笑顔で私を見た.
「誰の結婚式? もしかして, 会社の同僚の? 」
私の心臓が, ドクンと大きく鳴った.
冷静を装い, 唇の端を少しだけ上げた.
「ええ, そうよ. 友人の結婚式なの. 」
私の声は, 平静を保っているように聞こえただろうか.
「なんだ, そうか. びっくりさせないでくれよ. 」リュウノスケは, 安堵したように笑った.
「まほが結婚なんて, ありえないからな. 」
彼の言葉は, まるで鋭いナイフのように私の胸をえぐった.
私は彼の笑顔の奥に, 何か別の感情が隠されているのではないかと疑った.
彼は本当に, 私の結婚が「ありえない」と思っているのだろうか.
それとも, ただ, 私がいなくなることで自分の生活が不便になることを恐れているだけなのだろうか.
胸の奥で, 冷たい痛みが広がった.
「ほら, まほ. 君の好きなレモンタルトを買ってきたよ. 」リュウノスケは, 紙袋を私に差し出した.
甘い香りが, より一層, 痛みを際立たせる.
かつて, このレモンタルトは, 私たちのささやかな幸せの象徴だった.
二人で一つを分け合い, 甘酸っぱい味に笑顔を交わした日々.
あの頃のリュウノスケの瞳は, いつも真っ直ぐ私だけを見ていた.
私の心は, 過去の幸福と現在の冷たさの間で引き裂かれそうになった.
目の前のレモンタルトが, まるで毒のように見えた.
私の心は, 冷え切っていた.
もう, あの頃の甘さは, 感じられない.
数日前, ふと目にしたユイハのSNSの投稿が, 脳裏をよぎった.
「坂口先輩が買ってきてくれたレモンタルト. やっぱりこのお店のが一番好き! (´▽`)」
添えられた写真には, 私の目の前にあるものと全く同じレモンタルトが写っていた.
その瞬間, 私の心は氷に覆われた.
そうか, と私は悟った.
彼が最近私にくれるものが, なぜか私の好みから少しずつずれていった理由.
彼が楽しそうに話す, 職場の「後輩」とのエピソード.
彼の行動の一つ一つが, ユイハと繋がっていることに, 今更ながら気づかされた.
背中を冷たいものが走り抜けた.
彼は, 一体何を考えているのだろう.
私の好みを忘れたふりをしているのか.
それとも, 私にユイハの好みを刷り込もうとしているのか.
いや, そんな単純なことではない.
彼は, 私を欺き, そのことにすら気づいていない.
私は, 差し出された紙袋に手を伸ばさなかった.
「ありがとう. でも, もう, レモンタルトは好きじゃないの. 」私は淡々と告げた.
「最近, 好みが変わったのよ. 」
「え? そうなのか? 」リュウノスケは, 少し驚いた顔をしている.
彼の眉間に, わずかな戸惑いが見えた.
「いつも好きだと言っていたのに. 」
私が好きなのは, あなたと食べたレモンタルトだった.
私が好きだったのは, あなたと分かち合った時間だった.
あなたは, 私の何を分かっていたというのだろう.
七年という歳月は, 一体何だったのだろう.
彼の戸惑いの顔を見るのも, もううんざりだった.
彼に, これ以上何も説明する気になれなかった.
心の奥底で, 何かがプツンと切れる音がした.
「人間, 変わるものよ. 」私はそれだけを言い, 目を伏せた.
これ以上, この会話を続ける意味はない.
彼の顔を見るのも, 苦痛だった.