結婚記念日, 夫の藤代秀一は私に「ANJU」と名付けられた宝石を贈った. それは彼の会社が開発した画期的なAIアプリと同じ名前. 彼は私への永遠の愛を世界に誓い, 世間は私たちを「世紀の恋」と羨んだ.
しかしその夜, 彼の首筋には生々しいキスマークが刻まれていた. 彼は別の女のベッドから直行してきたのだ.
昼は完璧な夫を演じ, 夜は愛人・松崎花純と甘い時を過ごす. 花純は妊娠を盾にSNSで私を挑発し, 秀一が買い与えた豪邸や大金を自慢した. 遊園地でのデート中も, 彼はこっそり花純のライブ配信に巨額の投げ銭をしていた. 「もちろん, 俺の方が梓を愛している」と. 私を「梓」と呼んだことは一度もないのに.
ゆっくりと温められた愛も, 結局は簡単に冷めてしまう. 彼の裏切りを知った三ヶ月, 私の心は凍てついていた.
だから私は, 離婚届を豪華な箱に入れ, 彼への「結婚記念日のプレゼント」として手渡した. 「半月後に開けてね」と微笑みながら. これは, 私の復讐の始まり. すべての個人情報を削除し, 異国行きの航空券を予約した私は, 彼が箱を開ける「サプライズ」を冷ややかに待っていた.
第1章
星川杏樹 POV:
「全個人情報の削除, 確認いたしました. 手続完了まで半月ほどかかります」電話の向こうで事務的な声が私の決意を追認した. 声は少し驚いているようだったが, すぐにプロの冷静さに戻った.
「ありがとうございます. よろしくお願いします」私は短く答え, 通話を切った.
受話器を置くと同時に, 私は航空券予約サイトを開き, 半月後の異国行きの便を予約した. 滞在期間は未定. 戻るつもりはなかった.
リビングの大型スクリーンには, ちょうど夫, 藤代秀一の記者会見が再放送されていた. 彼のIT企業「ネオ・フロンティア」が開発した画期的なAIアプリ「ANJU」の発表会. アプリの名称は私の名から取られ, 彼は壇上で, 私への永遠の愛を世界に誓っていた.
彼の声は, まるで蜂蜜のように甘く, 画面の中の彼は完璧な夫の顔で微笑んでいた.
世間は私たちのことを「世紀の恋」と呼んで羨望の眼差しを向けていた. インターネット上では「ANJU」の発表で, 私たちの「奇跡の愛」に関する話題が瞬く間にトレンドを席巻した.
街頭インタビューでは, 通行人たちが口々に私たちの愛を称賛していた.
「藤代社長は本当に奥様を愛していらっしゃるわね. あのANJUってアプリも奥様の名前から取ったんでしょう? 素敵すぎる! 」
「そうよ, 昔は奥様が書かれた文集を自費出版したり, お好きな果物の木を庭いっぱいに植えて差し上げたりしたって聞くわ. 本当に理想の夫婦よね」
「私, 知ってるわよ! 藤代社長, 奥様のために腎臓を一つ差し上げたんですって. 記者会見で『彼女なしでは生きていけない』って言ってたわ」
私はテレビを淡々と見つめていた. 唇の端には, 乾いた嘲笑が浮かんでいた.
私は幼い頃, 両親の離婚を経験した. 泥沼の争いを目の当たりにし, 恋愛というものに全く期待していなかった. どんなに情熱的な求愛を受けても, 心を開くことはなかった.
しかし, 秀一だけは違った. 彼は三年もの間, 私を情熱的に追い続けた. 時には命を危険に晒すような真似までして, 私への愛を証明しようとした. 彼の真摯な態度に, 私の凍り付いた心は少しずつ溶けていった.
私たちは付き合い始めた. 彼は52回も私にプロポーズした. そして, 私はついに彼との結婚を決めた.
プロポーズを受け入れた時, 私の目からは止めどなく涙が溢れた. 私は彼にたった一つの条件を提示した. 「嘘はつかないで. それだけは約束してほしい」
彼は私の手を握り, 「誓うよ. 君にだけは, 一生嘘をつかない」と力強く答えた.
あの頃の輝かしい記憶は, 今となっては幻影に過ぎない.
三ヶ月前, 私は知ってしまった. 彼の裏切りを. 昼間は私の隣で完璧な夫を演じ, 夜は別の女性の元で甘い時間を過ごしていたことを.
「熱しやすく冷めやすい愛より, ゆっくりと温まる愛の方が長続きする」なんて, 誰が言ったのかしら. 私には, ゆっくりと温められた愛も, 結局は簡単に冷めてしまうように思えた.
私はテレビの電源を消し, 引き出しから離婚届を取り出した. そして, 迷いなく自分の名前を書き込んだ.
書き終えた離婚届を, 私は事前に用意していた豪華な装飾が施された箱に入れた. そして, 丁寧にラッピングする.
その日の夜, 秀一が帰宅した. 彼の顔には, 疲労と, そしてある種の興奮が混じり合っていた.
「ごめん, 杏樹. 記念日に遅れてしまって」彼は私を抱きしめ, 焦ったように言い訳を始めた.
彼の手に握られた宝石箱. そして, 少し乱れた襟元から覗く, 赤々としたキスマークと爪痕.
私は, 彼の言葉が嘘であることを知っていた. 彼はきっと, 別の女のベッドから直行してきたのだろう. 私の心臓は, 薄氷を踏むように震えていた.
彼は宝石箱を開け, 中から輝くネックレスを取り出した. ANJUという名のついた, あのアプリと同じ名前の宝石.
「杏樹, 君にぴったりだ. 世界で一番美しい君に, 世界で一番美しい宝石を」彼の声は甘く, その瞳は私だけを映しているようだった.
彼は私の首にネックレスをかけた. 冷たい金属が肌に触れる.
私は目に涙を溜めながら, ラッピングされた箱を彼に差し出した.
「秀一, 結婚記念日のプレゼントよ」
彼は箱を受け取り, 首を傾げた.
「これは…? 」
私は皮肉な笑みを浮かべた.
「開けてみればわかるわ. でも…開けるのは半月後にしてちょうだい」
彼は少し戸惑った様子だったが, すぐに優しい笑顔に戻った.
「わかったよ, 杏樹. 君からのプレゼントだもの, 何でも嬉しい」彼は私の手にキスをした. 「約束する. 半月後まで開けない」
彼は箱に「半月後開封」と書かれた付箋を貼り付け, 書斎の棚に置いた. 私はその様子を黙って見つめていた.
半月後, 彼がこの箱を開けた時, どんな「サプライズ」を見せてくれるのだろう. 私は心の中で, 冷たい期待を抱いていた.