私の結婚式は, 今日で六十六回目のキャンセルを迎えた.
そして今回も, 原因はあの女だった.
誓いのキスの直前, 千結が嘘のアレルギー発作で倒れると, 婚約者の直哉は迷わず私を祭壇に置き去りにした.
「アレルギーは命に関わるんだ! 」
そう怒鳴って去った彼は, 私のために克服したはずの「高所恐怖症」を, 実は千結との観覧車デートでとっくに克服していたのだ.
しかも, 私に「二度と外さない」と誓わせたペアの鍵のネックレスは, いつの間にか千結の首元で揺れていた.
私は彼のために外科医の夢を捨て, 胃に穴が開くほど尽くしてきたのに, 彼の心には最初から私なんていなかった.
私は震える手で, 六十七回目の結婚式の予約を取り消した.
「さようなら, 直哉. 今度は私があなたを捨てる番よ」
私はウェディングドレスをゴミ箱に捨て, 戦火の舞う国際医療援助の最前線へと旅立った.
第1章
西村佳代 視点:
私の結婚式は, 六十六回目のキャンセルを迎えた. そして, 今回もあの女のせいだった.
私は白いウェディングドレスを着て, 教会の祭壇の前に立っていた. 透き通るようなベールが顔を覆い, 心臓は期待と不安で激しく脈打っていた. 直哉は, きっと来てくれる. そう信じていた.
教会には, 私たちの結婚を祝うために遠くから来てくれた友人たちがいた. 両親も, 心配そうな顔で私を見守っている. 彼らの前で, また失望させるわけにはいかない. 私の胃はキリキリと痛み, 息をするのも苦しかった. これはストレス性の胃潰瘍だ. もう, 何年も患っている.
祭壇の横に立つ直哉の姿が見えた. 彼はタキシードを完璧に着こなし, 教会のステンドグラスの光を浴びて, まるで絵画のようだった. 彼の横顔はどこか緊張しているように見えたが, その視線は私の友人たちではなく, その隅にいる千結に向けられていた. 千結は, 薄い水色のドレスを着て, まるで場違いな妖精のように見える.
直哉は千結と親密そうに話していた. 千結は彼に何か耳打ちし, 直哉は小さく頷いた. 私の心臓が, 嫌な予感を察して重くなる. 直哉のその優しい表情は, かつて私だけに向けてくれていたものだったのに. 私は祈るような気持ちで, ただ時間が過ぎるのを待った. このまま, 何事もなく式が終わってほしい.
その瞬間, 千結が突然, 顔を真っ青にしてその場に倒れ込んだ.
私は息をのんだ. 教会全体がざわめきに包まれる. 千結の隣にいた直哉は, 一瞬にして表情を凍らせた. 千結は苦しそうに喉を押さえ, か細い声で直哉の手を掴んだ.
「ふ, 藤田さん…助けて…」
千結の声はか細く, まるで今にも消えそうだった. 直哉は彼女の腕を掴み, その目が心配そうに見つめる.
「どうしたんだ, 千結! ? 」
直哉の声は焦っていた. 千結はぜいぜいと息をしながら, 震える声で訴えた.
「た, 多分…アレルギー…私, キノコ類, ダメなのに…」
直哉の視線が, 瞬時に私へと向けられた. その目は, 怒りに燃えている. 私はその視線に凍りついた. 彼は, 私を責めている. 私が, 千結のアレルギー源であるキノコを料理に使ったとでも言うのか?
しかし, 私は今日の食事にキノコなど一切使っていない. 完璧なメニューを, 千結のアレルギーがあることを考慮して組んだはずだ. 私は何も言えず, 千結の演技のような苦しさに呆然としていた.
直哉は千結を抱き上げた. まるで, 壊れ物を扱うかのように. その姿は, 私を抱きしめた時の何倍も優しそうに見えた.
「大丈夫だ, 千結. 私がついている. すぐに病院に行くぞ」
直哉は, 私の目を全く見ることなく, 千結を抱えて教会の裏口へと向かった.