奥寺奈緒子 POV:
5年間愛した男, 瀬戸一矢との結婚式を控え, 私は純白のウェディングドレスに身を包んでいた. 彼と永遠を誓う, その日を夢見て.
しかし, その幸せは一本の電話で打ち砕かれる. 「瀬戸様の結婚式ですが, 新婦様のお名前を江崎朋穂様に変更なさいますか? 」事務的な声が, 私の世界を凍りつかせた.
前日, 私は見てしまったのだ. 彼が初恋の相手である朋穂に跪き, 指輪を渡す姿を.
「奈緒子は俺を心底愛してるから, 分かってくれる」彼の無慈悲な言葉が脳裏に響く. 彼は私に「結婚式を延期しないか」と嘘をつき, その裏で別の女との未来を約束していた.
5年間, 私の全てだったはずの彼. 火事から命懸けで私を救ってくれたヒーローだったはずなのに. なぜ? 私の愛は, こんなにも簡単に踏みにじられるものだったのか.
絶望の淵で, 私は復讐を誓った. この屈辱, この痛み, 彼にも同じように. 私は電話口で冷たく告げた. 「ええ, 変更してください. そして, 同じ日の隣の会場を, その女のために予約して. …後で, 新郎の名前も変更しますから」
「お父さん, 私, 瀬戸一矢さんとの結婚はキャンセルするわ. 」私の声は, 自分が思っていたよりもずっと冷静だった.
「そして, 別の男性と結婚するの. 」
電話の向こうで, 父は息を呑んだ. 「奈緒子... 今, 何て言ったんだ? 一矢君とはどうしたんだ? 」父の声には, 隠しきれない動揺が混じっていた.
「お父さん, 聞いてほしいの. お願いだから, 私の話を聞いて. 」私の声は少し震えていた. この決断が, どれほどの覚悟を要したか, 父に伝えたかった.
父は長い沈黙の後, 深くため息をついた. 「お前がそんなに言うのなら, もう何も言うまい. お前の幸せが一番だ. 」父の言葉は, いつも私の味方だった. その優しさが, 今は胸にじんとしみた.
「うん, 私, 必ず幸せになるから. 」私は電話を握りしめ, 目に熱いものが込み上げてくるのを感じた. 幸せになる, その言葉を自分自身に誓うように.
まさか, 瀬戸一矢さんと別れる日が来るなんて. 彼と永遠に添い遂げると, 信じて疑わなかったのに. 私の世界は, 彼を中心に回っていたはずだった.
つい数日前まで, 私は純白のウェディングドレスを試着し, 夢見るような笑顔で鏡を見ていた. 未来への期待で胸がいっぱいだった.
あの瞬間の幸せは, 脆くも崩れ去った. たった一日で, 私の世界は全て逆転したのだ.
第1章
「奥寺様, 本当に素敵ですわ! 」ドレスショップの店員が, うっとりとした眼差しで私を見つめた.
私は鏡に映る自分を見た.
純白のドレスが, 私を包み込んでいる.
「きっと, お相手様も息を呑むほどですわ. 末永くお幸せに. 」店員の声が, 私の耳には届かなかった.
私の心は氷のように冷え切っていた.
私は, 笑顔を作ることができなかった.
胸の奥に, 鉛のような重い塊があった.
呼吸するたびに, その塊が私を締め付ける.
試着室の隙間から, 瀬戸一矢さんが電話をしているのが見えた.
彼の顔には, 私に向けられることのなかった, 優しい笑顔が浮かんでいた.
その笑顔は, 私を裏切り続けた彼の, 偽りの顔だった.
私の心臓は, さらに深くえぐられる.
「奥寺様, お電話です. 」店員が, 私の視線を遮るようにスマホを差し出した.
そのタイミングの悪さに, 私は内心舌打ちをした.
「ブライダル会社の者です. 瀬戸一矢様のご結婚式ですが, 新婦様のお名前を江崎朋穂様にご変更いただけないでしょうか? 」
電話口の女性の声は, 事務的で冷たかった.
その言葉は, 私の耳を疑うほど残酷だった.
私の心臓は, 氷のナイフで切り裂かれたようだった.
息が詰まり, 目の奥が熱くなった.
涙が, 今にも溢れ出しそうだった.
一矢さんの裏切りは, 想像を遥かに超えていた.
彼の無恥さを, 私は甘く見ていたのだ.
私との結婚式を, 別の女のために変更するなんて.
そんなことが許されるはずがない.
数週間前, 一矢さんの初恋の相手, 江崎朋穂さんが海外から帰国した.
その時から, 私の胸には漠然とした不安が広がっていた.
あの女が帰ってきてから, 一矢さんはどこか落ち着かない様子だった.
私の心は, 波立つ水面のように揺れ動いていた.
そして, つい昨日.
私は見てしまった.
一矢さんが, 朋穂さんの前で跪き, 指輪を差し出す姿を.
その光景は, 私の目と心に焼き付いて離れない.
私の全身から血の気が引いた.
「一矢, 奈緒子さんがいるのに, どうするんだ? 」彼の友人の声が聞こえた.
その声は, 私にわずかな希望を与えた.
彼には, まだ良心があると思っていた.
「あいつは俺を心底愛してるから, 分かってくれるさ. 奈緒子のことは, ちゃんと話をつけてやる. 」一矢さんの言葉は, あまりにも軽薄だった.
私の希望は, 一瞬で打ち砕かれた.
彼の声には, 私への冷酷な軽蔑が込められていた.
「でも, 私, もう長くないのよ…」朋穂さんの, か弱く, しかし計算高い声が響いた.
その声は, 私を操るための演技だとすぐに分かった.
私の胃の裏から, 吐き気がこみ上げてきた.
私は, 一矢さんが朋穂さんの唇を奪うのを見て, その場から逃げ出した.
屈辱と絶望で, 全身が震えていた.
私の愛は, こんなにも簡単に踏みにじられるものだったのか.
私は, 自分の足で立つことさえ難しかった.
「あの, 奥寺様? 新婦様のお名前変更の件なのですが…」店員の声が, 現実へと私を引き戻した.
私の手は, スマホを握りしめていた.
もう, 迷いはなかった.
かつて, 私は一矢さんの全てを愛していた.
彼の笑顔も, 声も, 仕草も.
私の世界は彼を中心に回っていた.
彼の指一本で, 私の心は踊り, 彼の言葉一つで, 私の未来は輝いた.
そんな過去が, 今はひどく遠い記憶に感じられた.
「ええ, 変更してください. それから, 同じ会場の隣の部屋を, その名前の女性のために予約してください. 」私の声は, 冷たく響いた.
店員は, 私の言葉に驚いた表情を見せた.
「それと…後で, 新郎の名前も変更依頼を出しますから. 」
私は, もう一つのサプライズを心の中で準備していた.
この痛みを, 彼にも味わわせてやる.
「え? 日程は…変更ないのでしょうか? 」店員は困惑した表情で尋ねた.
「ええ, 変更はありません. 」私の心は, もう決まっていた.
憎しみと, 復讐の炎が燃え上がっていた.
その夜, 家に帰ると, 一矢さんが背後から私を抱きしめた.
彼の腕が, 私に触れるたびに, 鳥肌が立った.
嫌悪感が, 全身を駆け巡る.
「奈緒子, お前は本当に美しいな. 」彼の声には, いつもの甘ったるさが混じっていた.
その甘さが, 今は毒のように感じられた.
なぜ, この人は私を捨てるのだろう?
こんなにも愛していると言いながら.
彼の言葉と行動の間に, 深い溝があった.
私の心は, もう彼を信じられなかった.
「なあ, 奈緒子. 実は急な用事ができて, 結婚式を少し延期しないか? 」彼の声は, 少し戸惑っているようだった.
用事, ね. 心の中で, 私は冷笑した.
彼の「用事」が, 江崎朋穂であることは明白だった.
私の唇は固く結ばれたままだった.
「ええ, いいわ. 」私は, 何の感情も込めずに答えた.
彼の望みを, 全て叶えてやる.
そして, その報いを, 彼に受けさせてやる.
「奈緒子…! ありがとう! やっぱりお前が一番だ! 永遠に愛してる! 」彼は驚いたように私を抱きしめた.
彼の言葉は, 私の心を全く揺らさなかった.
彼の「永遠の愛」は, わずか数日で地に落ちた.
「よし, じゃあ, 俺, 会社の急用があるから! 」そう言って, 一矢さんは慌ただしく家を飛び出していった.
彼の背中には, 一切の迷いが見えなかった.
彼は, もう私を見ることもなかった.
永遠の愛. その言葉が, ひどく滑稽に聞こえた.
私の心は, 彼の存在から完全に切り離された.
彼が私に誓った愛は, 嘘で塗り固められていたのだ.
かつては, 彼の言葉が世界の全てだった.
彼の私への愛は無限だと信じていた.
その信頼は, 今は完全に打ち砕かれている.
私の心は, 深く傷つけられた.
もう, 彼の嘘に付き合うのはやめよう.
私は自分自身に誓った.
これ以上, 彼の言葉に惑わされることはない.
私の心は, もう彼のものではない.
私と彼, 同じ日に.
別の相手と結婚する.
これが, 私の復讐の始まりだった.
私の顔には, 冷たい笑みが浮かんだ.