3日後。
デレクは、お見合い相手と会う予定のジャクソンを車で送迎した。
車の窓から外の景色を眺めながら、突然何かを思い出したジャクソンは 冷然とデレクに尋ねた。「先日、ホテルにいたあの女について何か情報を得たのか?」
車を運転していたデレクは、バックミラーでジャクソンを見て、 心配そうに返答した。「ホテル側は彼女の情報を見つけなかったそうです。 恐らく、その女は自分の部屋を予約するお金が足りなかったので、あなたのベッドに忍び込んだんでしょう」
「徹底的に調査しろ」 ジャクソンは命令を出した。 そんな簡単な任務さえ失敗するとは、 彼は部下に失望した。
「了解しました」 デレクはジャクソンを怒らせるのを恐れ、慌てて返答した。
シンプルでカジュアルな服を身に包んだチェリーは、シェン家のマンションを出てブラインドデートに出向いていった。
彼女は道すがら景色を見つめているが、何も機嫌をよくすることはない。 ここ数日間にわたる一連のブラインドデートに既に麻痺していた。 この世界で大切にしていたものは、全て失われてしまった以上、 他に何か気にすべきものがあるだろうか? ブラインドデートは何の意味もなかった。 たとえもし狂人と結婚することになったとしても、自分の不公平な運命に身を委ねるだろう。
チェリーは繁華街のスターバックスに入り、 携帯電話でメッセージを確認し、6番テーブルを探した 。
彼女は、角を曲がった後、やっと自分のテーブルを見つけた。 テーブルの向こう側に座っている男さえ気付かぬまま、空いている席に着いた。
その男の疑問に満ちた視線を感じて、彼女は突然目を上げた。 軍服と真面目な顔を目にして、彼女の胸の鼓動が高まった。 彼は完璧な顔立ちをしていて、 冷淡そうに見えて、眉毛が高貴さを漂わせている。 彼の感情を推し測るのも困難で、 その上、広い肩と筋骨たくましい体が、彼を更に男性的かつ魅力的に見せている。
一方、ジャクソンは、テーブルの向こう側に座ったばかりの女を見て驚いた。 彼女のなじみのある顔を見て、あの夜自分と同床した女とは同一人物だと認識した。 彼に初夜を奪われ、そのしなやかな体を愛撫された女。 それ以来、彼はこの奇妙な女を恋しく思い、部下を遣わしてまで彼女を探していた。 こんなブラインドデートで彼女と出くわすなんて思っていなかった。
ジャクソンは興奮のあまり、思わず彼女の無邪気な顔を何度も見返したが、何も表情に出さないように、努めて感情を抑えた。
「あなたはジャクソン・チューですか?」 チェリーは無頓着に尋ねて、向かいに座っている男がデート相手かを確認した。
「チェリー・シェンですか?」 ジャクソンも尋ねた。 彼は、その名前が彼女の体やキスと同じくらい美しいと思った。
チェリーはまばたきをした。 この指定されたブラインドデートは、それほど悪くはなかった。 少なくとも、相手は端正な顔立ちをしていて、女にもてるような男だ。 彼女は深呼吸をして言った。「本題に入りましょう」
ジャクソンは黙ったまま、チェリーが続いて何を言うのか辛抱強く待っていた。
「私は将来の夫に関して、高望みはしません。 私を好きで、私と結婚したいとさえ思えば、私の夫になれます」 チェリーはそう言って窓の外を見やると、 視線を再びジャクソンの顔に戻した。
チェリーの単刀直入な提案は、ジャクソンを驚かせた。 彼はこれまでたくさんの女に会ったが、 彼女達の多くは、例外なく彼の屋敷、車、結納の贈り物をめぐってて質問をした。 しかし、この女は率直で、彼の経歴について尋ねることもなく、初デートの後に彼と結婚することを全く気にしていなかった。
ジャクソンは眉をひそめた。 並外れて魅力的な容姿ではないが、彼女に対する特別な気持ちは心から消えることはなかった。 俺の妻になってもらおうか、 と思ったジャクソンは、 彼女が特別で、既に心惹かれていると感じていた。
このような退屈で無意味なデートに於て、これ以上何も言う必要がないと感じていた チェリーはただ黙ってジャクソンを見つめていた。
そして、腕時計を見ると、 顔を上げて、ジャクソンに淡々と言った。 「チューさん、私達の顔合わせも済んだので、これで失礼します。 私の提案を慎重に検討するにもっと時間が必要なら、ゆっくり考えてから、電話して下さい。 次のデートが9時の予定で、もう8時40分になりましたので、 今すぐ行かなければなりません」
そして、チェリーは、自分の名前と電話番号が書かれたカードを鞄から取り出して、 彼の前のテーブルに置き、立ち上がってその場を去ろうとした。
しかし、チェリーが背を向ける前に、ジャクソンは彼女の手をしっかり握り締めた。
その手が肌寒く、声に怒りを帯びている。「身分証明書と戸籍を持って来たか?」
お互いに見つめ合い、 チェリーは驚いた。 ジャクソンがそのような不合理な提案を熟慮せずに受け入れるとは思っていなかったので、 ぽかんとして答えた。「いいえ、持って来ませんでした」
少し時間がかかってやっと我に返ったチェリーは 結論を急ぎたくはなかったので、 深呼吸をして、この男の人をもう一度注意深く見つめた。 確かに、彼は保守的な雰囲気の軍人だったので、 他の女性と浮気したり、ジョンのような情欲を持ったりはしないだろう。 彼が軍人としての厳格さと誠実さ、そして根底にある高潔さを示してくれたので、もし彼と結婚したら、幸せになるかもしれない。
「明日の朝8時半にここでお会いしましょう。身分証明書と戸籍をお渡しします」 固く決意してそう言うと、 チェリーはたちまち安心した。 最も愛した男ではないにしても、とうとう誰かと結婚することになったのだ。
チェリーの言葉に、ジャクソンは満足し、 頷きながら権威を持って答えた。「次のデートに行かないでくれ。 家まで送ってやる」
チェリーはしぶしぶ肩をすくめた。 ジャクソンが自分の提案を受け入れてくれた以上、他のデートも不要になった。
チェリーは黙ったまま、ジャクソンに家まで送ってもらおうと、カフェを出ようとする途端に、 ドアからジョンとジャンが入って来るのを目にした。
その二人も同時に、チェリーに気付いた。 ジョンは、偶然に出会ったこのカップルに驚いた。
ジャクソンは、チェリーが立ち止まっているのを見ると、 彼女の視線の方向を見て、誰にも気付かれないほど、表情がわずかに変わったが、 すぐに我に返り、冷静かつ無関心な表情になった。
ジャンはジョンの腕にしがみついて、今はどういう情況かを考え始めた。 妹が男と一緒にいるからみれば、 彼女はその軍服を着ている男とデートしているに違いない。 本当に男性を誘惑するのが得意だな。初デートで見知らぬ人間になれなれしく触られるのを許せるなんて、 なんと恥知らずな女だろう。 と男が妹の腕を握っているのを見ながら、ジャンはあからさまに軽蔑を込めて、そう思っていた。
猛烈な嫉妬と苛立ちを感じ、ジョンはジャンの手を離し、チェリーとジャクソンの所へ歩いて行った。
彼は二人の前に立ち、チェリーではなくジャクソンを見ながら、 信じられない思いで尋ねた。「叔父さん、どうしてここにいるの?」