瀧ノ上清穂は、ついに北条渉と結ばれるのだ。
厳かに響く結婚行進曲のなか、純白のウェディングドレスに身を包んだ瀧ノ上清穂は、ゆっくりと赤いバージンロードを歩き、祭壇の向こうに立つ北条渉のもとへと向かう。
北条渉は白いタキシードに身を包み、金色のライトが彼に降り注ぐ。その柔らかな光が、彼の持つ穏やかで上品な雰囲気をより一層引き立て、まるであの頃の少年のようだった。
ふたりが出会って三年――数々の困難を共に乗り越えてきた。そして今、彼女の願いはようやく叶おうとしている。
ただひとつ残念なのは、この結婚が家族には祝福されていないということだった。
北条渉が一歩前に出て、彼女にブーケを手渡したその瞬間――瀧ノ上清穂の目には、喜びの涙がにじんだ。
「新郎よ、あなたはこの女性を妻とし、彼女と結婚の誓いを交わすことを誓いますか? 病める時も健やかなる時も、いかなる理由があろうとも、彼女を愛し、支え、敬い、受け入れ、生涯をかけて貞節を尽くすと誓いますか?」 神父は祭壇に立ち、優しい眼差しでふたりの新郎新婦を見守っていた。
胸の高鳴りを必死に抑えながら、瀧ノ上清穂は期待を込めて北条渉を見つめ、その口からの「はい」を待ち望んでいた。
北条渉の表情は険しく、感情のこもった返事はなく、口を開こうとしてもためらっていた。
そのとき――
「お兄ちゃん、たいへん!」泣きじゃくって涙で顔をぐしゃぐしゃにした北条理彩が突然外から駆け込んできて、北条渉の言葉を遮った。彼女はまるで迷子の子どものようにしゃくり上げながら言った。「陽香お姉ちゃんが……その……」
瀧ノ上清穂の胸に、得体の知れない不安が込み上げる。眉が知らぬ間に曇り、北条渉を見つめる眼差しには緊張の色が滲んでいた。そして、彼の手を握る指先に、自然と力がこもる。
南雲陽香――その名が北条渉にとってどれほど大きな意味を持つか、瀧ノ上清穂は痛いほど知っていた。
彼にとっての「儚い月明かり」、この人生でどうしても手に入らなかった愛。
かつて北条家が没落したとき、南雲陽香は海外に渡るチャンスを取るために北条渉を手放した。誇り高い彼は、そのことを許せず、陽香とのすべての縁を断ち切り、代わりに選んだのが瀧ノ上清穂だった。
だが――一ヶ月前、南雲陽香は突然ふたたび姿を現した。
北条渉の顔色が一変し、張り詰めた声には動揺がにじんだ。「陽香が……どうした!」
「陽香お姉ちゃん、血がいっぱい出て……全然止まらなくて……!お医者さんが、命が危ないかもしれないって……!」と、理彩は声を震わせて訴えた。
その言葉を聞いた瞬間、北条渉は瀧ノ上清穂の手を振り払って、足早に式場を飛び出していった。
「行かせない……!」瀧ノ上清穂は一歩前に出て、北条渉の手を必死に掴んだ。身体は微かに震え、視線は彼から離さなかった。 「北条渉……今日は、私たちの結婚式なのよ。それでも行くっていうの?」
観客席からはひそひそとささやく声と、あからさまではないが皮肉めいた視線が次々と彼女に注がれ、それは鋭い刃のように瀧ノ上清穂の胸を突き刺した。
涙で赤く染まった目で北条渉を見つめながら、彼女は懇願するようなか細い声で言った。「北条渉……お願いだから、せめて式だけでも最後まで……」
「陽香は……俺を助けようとして事故に遭ったんだ。放っておけるか!」
北条渉は再び彼女の手を振り払おうとしたが、目の前の女は頑なにその手を離そうとしない。その表情は次第に険しさを増し、目には冷たい怒気が宿った。「瀧ノ上清穂……お前もわかってるだろ?俺たちの結婚は“取引”だったはずだ。お前はただ「北条の妻」としての役割を果たせばいい。俺のことに口を出すな。」
取引――
瀧ノ上清穂の瞳孔が震え、信じられないという表情のまま、冷ややかな北条渉の顔を見つめる。その目の驚きは、やがて薄ら笑いに変わっていった。
やがて彼女の口元に、嘲るような笑みが浮かんだ。かすかな悲しみを含んだ声が、ふと震えた。「……あなたにとって、私たちって……ただの『取引』だったのね? !」