「今日こそは神崎拓真の浮気の証拠を掴んでやる!」──中川菜々子はそう固く心に誓った。
菜々子は拳をぎゅっと握りしめ、キャップのつばを深く下ろしてカメラを避け、高級会員制クラブへと滑り込んだ。
今日は、必ず浮気現場を押さえるつもりだったのだ。
彼女は拓真と結婚してから1年になるが、婚姻届を出して以来、一度たりとも彼と顔を合わせていなかった。
この結婚に意味なんてない。愛情もゼロでただ同棲──そう考えると、時間が無駄に過ぎてゆくように思えた。
そして最近、海外にいる友人から、夫が別の女性と頻繁に会っているという噂を聞いたのだ。
離婚の際に少しでも主導権を握るため、証拠を掴んでおこうと彼女は心に誓った。
遠くから見ていた菜々子は、その女性が拓真をスイートルームに連れて入っていくのを見た。ドアは少し開いていて、菜々子はそっと身を潜め、女性が電話で話す声を盗み聞きした。
「わかった、今度こそ失敗しない。後で隠しカメラを仕掛けて、ラブラブな様子を撮って、それで彼を脅すのよ……」とその女性は言っていた。
その言葉を聞いた菜々子は、思わず眉をひそめた。
いったいどういうことなのか──あの女性は拓真を罠にかけようとしているのか?
菜々子には拓真への情などほとんど残っていなかったが、彼が卑怯な手にかかるのを黙って見過ごすわけにはいかなかった。
彼女は歯を食いしばり、足を強く踏み鳴らすと、急いで部屋に入り込み、ドアをしっかりと施錠した。
「誰だ!」と女が叫ぶ間もなく、菜々子は咄嗟に飛び出し、一撃で女を殴り倒した。気絶したところを縛り上げ、そのまま浴室に引きずり込む。
幸い、菜々子の力は思っていたより強く、一撃で相手を倒すことができたのだ。
彼女はベッドに横たわる男性をちらりと見て、この場では浮気の決定的な証拠を撮ることは難しいだろうと悟った。
それでも彼女は、男に優しく毛布を掛け、ベッドサイドのランプをそっと消して月明かりだけを頼りに部屋を出ようとした。しかし暗闇の中で、突然、大きな手が彼女の手首をがっしりとつかんだ。
「痛い……」と菜々子は小さく声を漏らした。
次の瞬間、視界がぐるりと回り、菜々子はベッドに押し倒された。男の影が覆いかぶさり、まるで巨大な岩のように重く感じられる。
暗闇の中、彼には彼女の小さな輪郭だけがぼんやりと見えた。その瞬間、どこかで見たことがあるような、不思議な既視感が胸をかすめた。
だが、頭は混乱し、思考が追いつかない。
抑え込んできた欲望が、業火のように燃え上がり、いまや自分を呑み込もうとしていた。
胸の奥で何かがうねり、理性は崩れ落ちそうになっていた。
菜々子の華奢な体では、彼の圧力に耐えることは到底できなかった。
彼女は必死に抵抗し、両手を彼の胸に押しつけた。肌の熱さに息が詰まるようだった。
「熱い……!」
彼女は口に出そうとした言葉を、唇に阻まれた。淡いミントの香りが、喉を通る言葉を押し止めてしまった。
ビリッと音がして、服が破けた。
……
三か月後、国内の首都。
「何か情報は?」
「今のところありませんが、すでに人員を増やして、あの女性を探し続けています」
「彼女を見つけろ!」
「はい!」秘書は答え、一瞬ためらった後に言った。「ご主人様……本当に離婚するつもりですか?」
「彼女よりふさわしい人がいる」 彼の声は穏やかで力強く、緩急のある調子の中に、目を逸らせない威厳と冷酷さが漂っていた。
彼には、なぜ菜々子があの部屋にいたのかはわからなかった。ただ、彼を助けてくれたのは確かだった。だが、彼女は無垢なまま、身体を差し出してしまった。
彼はただ、あの夜、彼女が泣き叫びながら助けを求める声が胸に突き刺さったことだけを覚えていた。
彼と妻にはそもそも愛情などなく、祖母の命令や母親を少しでも楽にするために結婚したに過ぎなかった。
離婚はお互いにとって解放だ。
そして今、拓真の別荘にて。
菜々子はもう知らせを受けていた。拓真は今日帰国で、夕方には家に着く。家中の使用人たちは彼を迎えるために忙しく動いていた。
しかし、彼女はどうしても喜べなかった。 やがて、車のクラクションが聞こえ、彼女の心臓は緊張で大きく跳ねた。
拓真が帰ってきた。