「大村和真様のお子様ですね. 七年前にも同じお名前で出生届が出ておりますが, 何か間違いでしょうか? 」
役所の窓口で, 私は腕に眠る娘の出生届を提出した. しかし, 職員の言葉に世界が崩壊する. 七年間, 事実婚の彼を信じ続けてきたのに.
彼は離婚調停中だと言っていた. だが, 彼の秘書・亜佳里から送られてきた写真には, 彼と亜佳里, そして「大村莉世」という名札をつけた見知らぬ男の子が笑っていた. 私の娘と同じ名前.
「おめでとうございます, 篠田さん. でも, 莉世という名前は, もう埋まっていますよ? 」
嘲笑うメッセージ. 七年前, 私と彼が付き合い始めた年に, 彼は亜佳里と結婚していた. すべてが嘘だった.
さらに, 娘が稀少な血液型の難病で命の危機に瀕した時, 彼は私の血液さえも亜佳里の息子に回し, 娘を見殺しにしようとした. 「瑞紀, お前は莉世を呪っているのか? 」彼の冷酷な声が突き刺さる.
絶望の淵で, 私を救ったのは幼馴染の成二郎だった. 彼の輸血で娘は一命を取り留め, そして彼は衝撃の事実を告げる. 「瑞紀さん, 八年前に君を救ったのは, 僕なんだ」
私は決意した. 七日後, 私は成二郎と結婚する. これは, 私の復讐の始まり.
第1章
篠田瑞紀 POV:
「大村和真様のお子様ですね. 七年前にも同じお名前で出生届が出ておりますが, 何か間違いでしょうか? 」
役所の窓口で, 職員が私の提出した書類を読み上げる声が, 耳の奥で爆弾のように炸裂した. 莉世の出生届を書き間違えたかと, 私は動揺しながら職員を見上げた. 私の腕の中には, 生後三ヶ月の姪, 莉世がすやすやと眠っている.
私と和真は事実婚の関係だった. 和真は私に, 彼が離婚調停中だと話していた. 彼との間に子ができた場合, 離婚成立後にすぐに入籍し, 莉世の出生届を出すと. まさか, そんな馬鹿な.
「七年前, ですか? それは, 私の間違いです. 申し訳ありません. 」
心臓が締め付けられるような痛みに, 私は必死で平静を装った. しかし, 私の指先は震え, 膝がガクガクと震え始めた. まさか, そんなことがあるはずがない. 和真は私だけを愛していると, いつもそう言っていた.
その時, 私のスマホが震え, 画面に通知が表示された. メッセージの送り主は, 和真の秘書である萱野亜佳里だった. 彼女の名前を見た瞬間, 胸騒ぎがした.
メッセージを開くと, 一枚の写真が目に飛び込んできた. 和真が亜佳里と, そして見慣れない男の子と一緒に笑っている. 男の子の胸元には, 可愛らしい名札がつけられていた.
「大村莉世」
その名前が, 私の視覚を焼いた. 私の腕の中の莉世と同じ名前. その瞬間, 世界が音を立てて崩れ落ちるような感覚に襲われた.
そして, 亜佳里からのメッセージが続いた.
「おめでとうございます, 篠田さん. 新しい家族ができて, さぞ嬉しいでしょうね. でも, 莉世という名前は, もう埋まっていますよ? 」
嘲笑うような言葉が, 私の脳内で繰り返された. 和真の裏切り. 亜佳里の挑発. 絶望が, 私の全身を支配した.
「篠田様, 他に登録したいお子様はいらっしゃいますか? 」
職員の声が遠く聞こえた. 私は, 震える指で職員の言葉を遮った.
「大村和真様の婚姻状況を調べていただけますか? 」
私の声は, ひどく掠れていた. 職員が困惑した表情を浮かべながらも, 書類に目を通し始めた.
しばらくして, プリンターが重々しい音を立てて, 一枚の紙を吐き出した. その紙は, 私の手の中で鉛のように重かった.
「大村和真様は, 七年前に萱野亜佳里様とご結婚されています. 」
七年. その言葉が, 私の頭の中で木霊した. 私と和真が付き合い始めたのは, ちょうど七年前だ. つまり, 彼は最初から私を欺いていたのだ.
「篠田様, お子様の登録はどうされますか? 」
職員の問いに, 私は腕の中の莉世を見つめた. すやすやと眠る莉世の頬に, 私の涙が落ちた. この子には, こんな父親はいらない. この子の未来を, 私自身の手で守らなければならない.
「この子の名字は, 篠田です. 篠田莉世として登録をお願いします. 」
私の声は, 決意に満ちていた. 役所を出る私の足取りは重く, まるで全身から力が抜けてしまったかのようだった.
車に乗り込むと, 再びスマホが震えた. 和真からのメッセージだった.
「愛してるよ, 瑞紀. 今日のランチは何がいいかな? 早く帰るからね. 」
その言葉は, 私にとって毒のように甘く, 胃の奥からこみ上げてくる吐き気に耐えられなかった. 彼はいつも, 完璧な恋人を演じていた. 私が欲しい言葉を囁き, 私のためにあらゆる障害を取り除いてくれた. 私の姉が亡くなった後, 私が途方に暮れている時も, 彼は私と莉世を支えると言ってくれた.
『他の誰かが俺に言い寄ってきても, 瑞紀だけだ. 俺の愛は. 』
かつて, そう言って亜佳里を冷たくあしらった彼の姿を思い出す. 亜佳里は当時, 篠田家に住み込みの家政婦見習いだった. 彼女が和真に色仕掛けをした時, 和真は私にこう言ったのだ.
『彼女は君の側に置くには不誠実な人間だ. 近いうちに辞めさせる. 』
しかし, 和真は結局, 亜佳里を秘書として雇い続けた. その理由を彼に問うと, 彼はこう答えた.
『彼女は優秀だからね. それに, 君の姉さんのプロジェクトのこともよく知っている. 』
まさか, 七年間も騙されていたなんて. 私の心は絶望に打ちひしがれた. 車のハンドルを握る私の手は, 小刻みに震え続けていた.
私は, 和真がひどく嫌っていた探偵に連絡を取った. わずか数時間後, 探偵から送られてきた一枚の動画は, 私をさらに奈落の底へと突き落とした. 動画には, 和真と亜佳里, そしてあの男の子が, まるで本物の家族のように楽しそうに過ごしている様子が映っていた.
私は, 車を走らせた. 動画に映っていた和真の秘密の別荘へと.
そこには, 和真が亜佳里の息子のためにおもちゃを選んでいる姿があった. その顔は, 私や莉世に向けたものよりも, ずっと穏やかで, 愛情に満ちていた.
深夜, 私は別荘の近くに車を停めた. 和真と亜佳里が抱き合い, 楽しそうに話している声が, 隠しカメラを通して私に届いた.
「瑞紀のことは, どうするのよ? あんな女, 早く捨ててしまえばいいのに. 」
亜佳里の声が, 耳元で囁かれるように聞こえた.
「大丈夫だよ, 亜佳里. 瑞紀は俺を信じきっているからな. それに, 莉世のことも利用できる. もう少しだけ, 我慢してくれ. 」
和真の言葉に, 私の心臓は凍りついた. 彼は私を, 莉世を, 利用していただけだった. 私は, 彼の愛情と優しさが, すべて偽りだったことを知った.
私は絶望の淵に立っていた. しかし, その絶望の底から, 新たな感情が湧き上がってきた. 憎しみ, そして復讐心.
車を走らせ, 荒れた路肩に停める. 私は震える指でスマホを取り出し, ある番号をダイヤルした.
「二階堂成二郎さん, 今から七日後, 私と結婚してください. 」