重厚な樫の木で作られた婚礼控室の扉も、あの音を遮ることはできなかった。聖アンデレ教会の大パイプオルガンが木の繊維を震わせ、結婚行進曲が床板を伝って響いてくる。
中村静は床まで届く姿見の前に立っていた。鏡の中に映る自分を、ただじっと見つめていた。オートクチュールの桂由美が、真っ白なチュールの層で彼女の身体を包み込んでいた。
いつもは柔らかく、従順なその瞳が、わずかに揺れた。困惑の霧が一瞬で晴れ、代わりに冷たく澄んだ光が宿る。そのあまりの冷たさに、胸の奥が締めつけられた。
彼女は手入れの行き届いた爪を、手のひらの中心に深く食い込ませた。鋭く刺すような痛みが皮膚を裂く。息が詰まった。
自分は死んでいなかった。前世で彼女の心臓を止めたあの東京の大雪は、もうどこにもない。本当に戻ってきたのだ。あの日へ。
控室の扉が荒々しく開かれた。壁に激しくぶつかり、耳障りな音が響く。
高橋健太が飛び込んできた。携帯電話を強く握りしめ、顔は青ざめ、慌てふためいている。
彼は静を一瞥すらしなかった。黒いボウタイを乱暴に引きちぎる。追い詰められた時や嘘をつく時の彼の癖だった。
「行かなくちゃ」健太が早口でまくし立てた。声は張りつめている。「玲奈が撮影現場で……ワイヤーが切れて、足を骨折した。聖路加国際病院に運ばれた」
前世の静なら、彼に行くなと懇願しただろう。喉が裂けるほど泣きながら、タキシードの裾にしがみついたに違いない。
だが今、静はただ彼を見つめていた。氷の仮面をかぶったように、無表情だった。彼が慌てふためく様子を、哀れな道化師の手品でも見るかのように冷たく眺めていた。
健太が立ち止まった。彼女の沈黙が、異様に感じられたのだろう。眉をひそめ、一瞬の困惑が瞳をよぎったが、パニックがすぐにそれを押し流した。
「お前が出ていけ」彼は扉を指さして命じた。「週刊文春と女性自身の記者どもを適当にあしらえ。祖父の龍之介を落ち着かせろ。何か言い訳を考えろ」
「あとで埋め合わせをする」その空っぽの約束を肩越しに投げ捨て、彼はもう背を向けていた。教会の裏口へ向かって、迷いなく走り去っていく。
廊下から悲鳴が上がった。介添人たちが彼の名前を叫んでいる。健太の逃亡はすでに大混乱を引き起こしていた。
静はゆっくりと窓辺に歩み寄った。路地を見下ろすと、健太のシルバーのメルセデス・ベンツが駐車場を飛び出し、排気ガスの煙を引きずっていた。
冷たく嘲るような笑みが、彼女の唇の端に浮かんだ。
鋭いヒールの音が、開け放たれた扉の方から響いてきた。養妹である中村詩織が現れた。アイボリーのブライズメイドドレスをまとっているが、カスタムメイドの仕立てと、ボディスにあしらわれた過剰なほどのダイヤの装飾は、明らかに通常の介添人のものよりはるかに豪華だった。新婦を凌駕することを目的としながらも、露骨な妨害には見えないよう、巧妙に計算されたデザインだった。
詩織の顔は深い心配を装っていたが、その目に光る悪意は隠しきれていなかった。
「あら、静」詩織がわざと大きな声で嘆いた。廊下にいるブライズメイドたちに聞こえるように。「健太くんは友人思いなだけよ。彼を責められないわ」
静は振り返った。重いスカートをカーペットに引きずりながら、養妹と目を合わせた。その目は、割れた硝子のように鋭かった。
詩織が一歩後退した。説明のつかない寒気が背筋を這い上がる。
彼女は無理に笑みを作り、手を伸ばして静の腕を掴もうとした。「さあ、外に出てお客様にご挨拶しましょう。あなたが謝るのよ」
静はためらわず、手を振り抜いて詩織の手首を叩き払った。
乾いた鋭い音が響いた。
詩織が息を呑んだ。自分の手を胸に抱え込む。手の甲が真っ赤に腫れ上がっていた。涙が瞬時に目に溢れた。
彼女の母親である中村佳代子が、扉の前に集まった群衆を押し分けて入ってきた。詩織が泣いているのを見て、慌てて駆け寄る。
「一体何をやっているの!」佳代子が叫び、詩織を自分の後ろに引き寄せる。
佳代子は震える指を静の顔に突きつけた。「あんたがベッドで男を繋ぎ止めることもできないからって、中村家の株価が暴落するわけにはいかないのよ!」
「化粧を直しなさい」佳代子は荒い息で命じた。「大広間に出て、結婚式は延期だと発表しなさい。あんたのせいだって言うのよ」
前世の重圧が静の胸にのしかかる。しかし、生まれ変わった静は、ただ深く、底のない不条理さを感じるだけだった。
「結婚式は延期しません」静が言った。声は平坦で、母のまくし立てを断ち切った。
佳代子と詩織は固まった。彼女たちは、静が屈辱でついに正気を失ったのだと思い込んだ。
静は何も説明しなかった。重いチュールのスカートを両手で掴み、持ち上げて、二人の女性の横をすり抜けていった。
「どこに行くの?」詩織が後ろから叫んだ。「東京の名士たちが全員、あんたを笑うために待ってるのよ!」
静は振り返らなかった。「新しい新郎を探しに行くのよ」
彼女は手を伸ばし、高橋家のVIP専用通路に通じる重厚な両開きの扉を押し開けた。