三十年間、幼馴染の角田英二だけを一途に愛し続けてきた高坂蓮美。
両家の財力を象徴する盛大な婚約パーティーの裏で、彼女は信じられない言葉を耳にする。
「蓮美は親を誤魔化すためのダミーだよ。本命は西井栞菜だ」
英二は蓮美の背後で浮気相手と愛を育み、彼女と栞菜の両方を手に入れようと画策していた。
さらに恐ろしいことに──三年前、蓮美が流産し二度と子供が産めない体になったあの交通事故は、栞菜の嫉妬による意図的な犯行だった。
英二はその事実を知りながら蓮美を騙し、彼女の悲劇すらも隠蔽の道具として利用していたのだ。
三十年の愛も、失われた我が子の命も、彼にとってはただの「都合の良い安全網」に過ぎなかった。
激しい絶望と怒りに心を凍らせた蓮美は、静かにスマホを握りしめる。
この華やかなパーティーの余興「スマホルーレットゲーム」で──彼らの醜い真実を、すべて巨大スクリーンに暴き出してやる。
これは、騙され続けた女の壮絶な復讐劇。
そして、真実の愛を見つけるまでの物語。
――
第1章
―― 高坂蓮美――
煌びやかなシャンデリアが眩しく光る、都内の高級ホテルの宴会場。
祝福の空気に満ちたその場所で、私は笑顔を貼り付けていた。淡いピンクのドレスに身を包み、婚約者である角田英二の隣に立つ。
高坂不動産グループの令嬢、高坂蓮美——それが私だ。
両家の財力を象徴する盛大な婚約祝いのパーティー。政財界の要人たちが集まり、私たちに次々と祝福の言葉をかけてくる。
「お似合いですわね、高坂様と角田様」
「素晴らしいお二人だ」
英二は私の腰に手を回し、優しい眼差しを向けていた。
その瞳の奥に隠された冷酷さを、私はもう知っている。
手のひらの中で、英二に渡すはずだったサプライズの記念品が冷たく輝いていた。限定モデルのペアウォッチ——彼が欲しがっていたあの時計だ。喜ぶ顔が見たくて、内緒で注文した。
だが、その記念品を渡すことは、もうない。
数分前、私はすべてを聞いてしまったのだ。
――
英二を探して会場を歩いていたときのことだ。
サプライズのことを伝えようと、彼の姿を探していた。テラスに続く廊下の角を曲がろうとしたとき、聞き覚えのある声が聞こえた。悪戯心から、そっと物陰に身を潜めた。
「英二、お前、蓮美嬢と結婚するのか?本気で?」
友人の片桐将太の声だった。
英二の答えを、私は笑顔で待っていた。きっと彼は、「当たり前だろ」と言ってくれる——そう信じて疑わなかった。
だが、返ってきたのは冷笑だった。
「まさか。蓮美は親を誤魔化すためのダミーだよ。本命は西井栞菜だ」
心臓を、氷の刃で貫かれたような感覚。
呼吸が止まり、全身の血が凍りつく。手のひらの記念品が指に食い込む痛みだけが、かろうじて私を現実に繋ぎ止めていた。
「ダミーって……蓮美嬢は、お前のこと三十年も想ってるんだぞ?幼馴染の頃からずっとだろ?」
片桐の声には、私への同情が滲んでいた。
英二は鼻で笑った。
「ただの都合の良い安全網だよ。高坂グループの令嬢だからな。親を納得させるには十分だ。それに、あいつは俺に惚れてるから、多少のことには目を瞑るだろ」
三十年に及ぶ私の愛が、「都合の良い安全網」と呼ばれた瞬間だった。
私たちは幼馴染だった。高坂家と角田家は数十年来の取引関係を持つ大手企業グループで、幼い頃から家族ぐるみの付き合いがあった。
英二は、常に私の憧れの存在だった。容姿端麗で、頭脳明晰。何でも器用にこなす彼に、私はいつしか恋心を抱いていた。
三年前、両家の間で持ち上がった「便宜上の婚約」の話。
私は夢が現実になることに胸を高鳴らせたが、英二は複雑な表情で言った。
「蓮美、これはあくまで便宜上の婚約だ。俺も、家のために受け入れるしかない」
それでも、彼と夫婦になれるという事実に、私は希望を見出していた。
「分かってる。でも、私……英二さんのこと、ずっと大切に思ってきたから」
震える声でそう訴えた私に、英二は曖昧に頷いた。
「ああ、分かってるよ。蓮美は良い奴だからな」
その言葉を、私は信じた。この三年間、彼の隣で愛を育んでいると信じてきた。
すべては、私の独りよがりな幻想だったのだ。
「西井栞菜って、あのガラス作家の?」
片桐の問いに、英二は得意げに笑った。
「そうだ。あいつは繊細そうでいて、俺の全てを受け入れてくれる。蓮美とは違うんだよ。愛してるのは栞菜だけだ」
私の三十年は、彼にとって何の意味も持たなかった。
「お前、蓮美嬢のこと、本当に分かってねえな」
片桐の呆れた声にも、英二は肩をすくめるだけだった。
「分かってるよ。俺に夢中なんだろ?だから、俺はあいつを手放さない。高坂家との繋がりは必要だからな。栞菜も俺にとって必要な存在だ。二人とも手に入れる。完璧な計画だろ?」
その言葉が、私の心を完全に凍らせた。
私は物陰で息を殺して立ち尽くした。
三十年間、彼の言葉を信じ、彼を支え、彼の夢を応援してきた。そのすべてが、彼の策略の一部だった。
私の愛も、私の人生も——彼にとっては盤上の駒に過ぎなかったのだ。
どれほど愚かだったか。どれほど盲目だったか。
深い絶望の淵で、私の中で何かが静かに音を立てて砕け散った。
――そして、新たな決意が芽生えた。
この華やかなパーティーで、彼らの醜い真実をすべて暴き出してやる。
私はスマホを握りしめた。その指先は、もう震えてはいなかった。