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愛なき契約結婚の果て:冷血な元夫の狂気的な執着

愛なき契約結婚の果て:冷血な元夫の狂気的な執着

5.0

渥美グループ総帥である修也との三年に及ぶ極秘の契約結婚。身寄りのない孤児である私は、彼にとって公表すらできないただの取引相手に過ぎなかった。 ある日、彼が寵愛する女・藤野奈津子が手下を連れて祖母の店を襲撃し、私の唯一の家族である祖母を死に追いやった。 しかし夫は、偽のアリバイを作って奈津子を庇った。 「死んだ人間は戻らない。葬儀を終えたら、すぐに本邸へ戻れ」 そればかりか、奈津子が自作自演で水槽のガラスに突っ込み大怪我をすると、彼は私を冷酷に見下ろして言い放った。 「今すぐここで奈津子に土下座して謝罪しろ。さもなければ、二度とこの屋敷の敷居を跨ぐな」 三年間、彼が私の言葉を信じたことは一度もなかった。恩義という鎖で縛られ、尊厳を踏みにじられてきた私の心の中で、何かが完全に冷え切る音がした。 「私に膝をつかせたいなら、私を殺してからにしなさい」 私は彼の目の前に離婚協議書を叩きつけると、土砂降りの雨の中へと歩き出した。 そして暗号化スマートフォンを取り出し、全世界の政財界を掌握する組織の最高統括として、冷酷な命令を下した。 「藤野商事に対する全面的な抹殺プログラムを今すぐ起動しなさい」

目次

愛なき契約結婚の果て:冷血な元夫の狂気的な執着 第1章 豪雨の霊安室と招かれざる悪客

「片平様。こちらが松島恵子様の死亡診断書になります」

帝都西郊の斎場、霊安室。黒服の職員が深く頭を下げ、一枚の紙を差し出した。

泉美は冷たいコンクリートの床に膝をついたまま、祖母の遺影の縁を握りしめていた。爪が白くなるほど強く。

窓を豪雨が叩いている。白蝋燭の炎が揺れ、徹夜で血走った琥珀色の目を淡く照らした。

職員が小さく息をついて退室する。泉美は視線を落とした。

死因の欄に並んだ文字――『突発性広範囲脳出血』。

「……突然、ね」

泉美は下唇を噛んだ。滲んだ血の味が口に広がっても、痛みは感じなかった。

昼間のことは、近所の証言でしか知らない。

藤野商事の令嬢・藤野奈津子が、ボディガードを連れて骨董通りの古美術店に乗り込んだ。でたらめな担保を突きつけ、孤児を拾った老婆の分際でと祖母を罵倒した。

祖母はその場に崩れ、二度と起き上がらなかった。

胸の奥が軋んで、息が浅くなる。泉美は震える指先を鎖骨の下に当てた。淡いピンクの小さなほくろ。物心つく前から、ずっとここにある。

懐から、古い紋章を彫った木箱を取り出す。

祖母が最期まで抱きしめていた形見。天涯孤独の泉美にとって、自分の生まれを知る唯一の手がかりだ。

真鍮の留め金が、乾いた音を立てた。

「おばあちゃん」

掠れた声が、蝋燭の炎を震わせる。

「あなたを殺した連中に、必ず同じ苦しみを味わわせてやるから」

その時、ポケットのスマートフォンが一度だけ震えた。

特注の暗号化端末。画面には、全世界の政財界情報網を握る国際戦略情報機構「W」の最高権限通信の印が、青く光っている。

スライドして耳に当てると、部下の押し殺した声が届いた。

『最高統括Y、ご報告です。藤野奈津子が先ほど渥美総合病院を出て、車で西郊へ向かいました』

渥美総合病院。渥美グループが持つ、修也の病院だ。

泉美の目が、一枚の氷になった。

『尾行を続けて。私が合図するまで、手を出すな』

通話を切った直後、祭壇に置いたもう一台のスマートフォンが鳴った。

画面の名前に、泉美は再び唇を噛む。渥美修也。三年間の契約上の夫。

『今、どこにいる。今夜の渥美グループの家族会食、君は欠席したそうだな』

低く、温度のない声だった。

『修也。今日の午後……おばあちゃんが亡くなったの』

向こうが黙り込んだ。五秒ほどの空白のあと、声は何の揺らぎもなく続いた。

『死んだ人間は戻らない。葬儀を終えたら本邸へ戻れ。マスコミに嗅ぎつけられるな』

一方的に切れた。ツーツーという電子音だけが耳に残る。

三年間の極秘結婚。渥美グループの総帥にとっては、公表すらできない取引でしかないのだ。

どれほど経ったのか、雨音が次第に弱まっていった。

廊下の奥から、ハイヒールの足音が近づいてきた。水たまりを踏む、軽快な音。

黒い長傘が扉の脇に立てかけられ、純白のドレスを纏った藤野奈津子が敷居を跨いだ。

巻いた栗色の髪を胸元に垂らし、左目の下の泣きぼくろが儚げに見える。けれど唇には、隠しきれない嘲笑があった。

背後には黒服のボディガードが二人。狭い霊安室の出入口を、完全に塞いでいる。

奈津子はボディガードから安物の白菊を受け取ると、遺影の足元へ無造作に放り投げた。

乾いた音が床に響いた。

泉美は弾かれたように立ち上がり、祖母の前に立ち塞がる。

「誰の許可を得て、ここへ入ってきたの」

奈津子はレースのハンカチで鼻先を押さえた。甘ったるい声に、毒が滲んでいる。

「おばあ様が亡くなったと聞いて、修也お兄ちゃんの代わりに様子を見に来てあげたのよ」

「今日の午後、店に手下を連れて押し入り、私のおばあちゃんを殺したのはあなたね」

奈津子はわざとらしく瞬きを重ね、目元を赤く染めてみせた。

「泉美さん、言葉には証拠が必要よ。ご高齢で勝手に脳出血を起こしたのを、善意で忠告しに行った私のせいにするなんて、あんまりだわ」

窓の外で雷が鳴った。閃光が、奈津子の瞳の奥の陰湿な勝ち誇りを照らし出す。

奈津子は一歩近づき、泉美の耳元で囁いた。

「ゴミ拾いの老婆に育てられた孤児が、いつまで渥美夫人の座に居座るつもり? 身の程を知って、さっさと消えなさい」

泉美の右手が、風を切って振り上げられた。

奈津子の頬を捉える直前――横合いから伸びた骨ばった大きな手が、その手首を掴んだ。

泉美が息をのんで振り向く。底知れない暗さの漆黒の瞳とぶつかった。

雨に濡れた黒のスーツ。冷酷な表情の渥美修也が、すぐ隣に立っている。

修也は泉美の手首を乱暴に振り払うと、もう彼女へ視線を戻さなかった。涙ぐむ奈津子を背後へ庇い、氷のように冷たい声で言い放つ。

「片平泉美。いい加減にしろ。ここでこれ以上、騒ぎを起こすな」

祖母の通夜に、夫は一度も顔を出していない。なのに、この女の護衛には来た。

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