「お母さん、違うわよ。 浩司さんが伯母さんを軽んじているんじゃなくて、花梨姉さんのことなんて、最初からどうでもいいと思ってるのよ。 ああ、それから、お腹の子のこともね」 その嘲るような言葉が、花梨の胸に突き刺さった。
だが、彼女はそれでも自分に言い聞かせた。 結婚して以来、浩司はいつも良き夫だった。 わざと来ないはずがない。 きっと仕事が忙しくて、身動きが取れないのだと。
しかし、彼女が自分を納得させた途端、現実は残酷な一撃を食らわせた。
栞菜がスマートフォンを見て、甲高い声を上げた。 「これ、浩司さんじゃない?ネットのトレンドニュースになってるわよ」
栞菜はわざと花梨の目の前にスマートフォンを突き出した。
花梨が画面に目を落とすと、そこにはトレンド動画が表示されていた。 今朝公開されたニュースで、内容は昨夜のものだった。
タイトルは『清水グループ社長・浩司、愛する瑞希さんの誕生日を祝うため、会場を貸し切り』。
動画の中では、夜空の下、盛大な花火が華麗に咲き誇っていた。 一人の男が優雅に隣の椅子に腰掛け、全身から圧倒的なオーラを放っている。 彼は深い眼差しで、静かに隣の少女を見つめていた。 少女は咲き誇る花火を指差し、その笑顔は花火よりも輝いているように見えた。
花火は絢爛だったが、花梨の視線はただ、その男の後ろ姿に釘付けになった。
その背中は、彼女にとってあまりにも見慣れたものだった。 一目で、動画の中の男が自分の夫、浩司だと分かった。
つまり、彼は昨夜、別の女の誕生日を祝って花火を上げていたというのか?
花梨の頭はしばらく真っ白になり、体は硬直して動けなくなった。
花火の音と、栞菜の嘲るような声がまだ耳に響いている。 「花梨姉さん、義兄さんは忙しいって言ってたじゃない。 ええ、本当に忙しいわよね。 別の女のために会場を貸し切って誕生日を祝うのに」
花梨は拳を固く握りしめた。 脳裏には、浩司が別の女のために花火を上げる光景が焼き付いている。
彼は仕事が忙しいのだと、そう思っていた。
母が亡くなるという一大事でさえ、彼に迷惑をかけまいと、一人で耐え忍んできた。
七日間、彼は彼女からの電話に一度も出ず、彼女の母のために線香を一本も上げに来なかった。 それなのに、別の女のために会場を貸し切って花火を上げ、誕生日を祝う時間はあったというのか。
なんて滑稽なことだろう。
動画の中の女は、浩司の初恋の相手であり、彼が深く愛した女だった。
そして自分、花梨は、浩司の祖父が彼女の父の命の恩に報いるため、彼女に安定した居場所を与えたいと願い、浩司に娶らせたに過ぎない。
この三年間、花梨は彼が自分を愛していないことを知っていた。 だから、自分のことで彼に迷惑をかけることなど一度もなく、何かを望むことさえしなかった。
彼女の目には、浩司は冷淡でロマンチックなことなど知らない男に映っていた。 彼はどんな祝日にも無関心で、生活は仕事一色だった。
今日になって初めて、浩司はロマンチックなことを知らないのではなく、ただ彼女に対してロマンチックになりたくなかっただけなのだと気づいた。
浩司は、あの華やかで盛大な花火で、彼女を世間一の笑い者にしたのだ。
花梨は歯を食いしばり、心の痛みを必死に押し殺した。 視線をスマートフォンから外し、惨めに見えないよう努めた。
母の葬儀は、まだ彼女が取り仕切らなければならない。しっかりしなければ。
花梨は無理やり腰をかがめ、母の遺影と位牌を抱き上げた。 周囲の嘲るような視線を無視し、その場を後にした。
花梨は、母が生前、もう一度浩司に会いたがっていたことを覚えていた。
あの時も、彼女は浩司に何度も電話をかけたが、彼は一度も出なかった。 きっと、あの時も彼は瑞希と一緒にいたのだろう。
母は、彼女が浩司と永遠に幸せに暮らすことを願っていた。
しかし、その願いはもう叶わないだろう。
彼女は一人で、すべての葬儀を終えた。 葬儀後の会食も終わり、親族たちは皆帰ってしまい、花梨は一人、レストランの椅子に座っていた。
その時、浩司が遅れて現れた。 彼は黒いシャツを着ており、その端正な顔には何の表情も浮かんでいない。 彼の視線が花梨に注がれ、目の前の光景を認めると、普段は感情を表に出さないその顔に、珍しく一瞬の申し訳なさの色が浮かんだ。
花梨は腹に手を当てて彼を見上げた。 ずっと抑えつけていた悔しさが、一瞬にして込み上げてくる。
だが、彼女は深く息を吸い込み、その悔しさを無理やり押し殺した。 顔には何の感情も浮かべず、尋ねた。 「今、仕事が終わったの?」
浩司は、彼女の声に隠された脆さに気づかなかった。
「昼間、重要な会議があった」
「じゃあ、 昨夜は? 誕生日パーティーは楽しかった?」
浩司が眉をひそめた。 彼が口を開く前に、赤いワンピースを着た女が彼の後ろから入ってきた。 肩には彼のジャケットが羽織られている。
その光景を見て、花梨の顔はさらに曇った。 その女は瑞希だった。 彼女は口を開いた。 「花梨、ごめんなさい。
昨夜、浩司は私と一緒にいたの。 数日前、母が病気になってしまって。 浩司は私が一人で対処できないんじゃないかと心配して、母の看病を手伝ってくれたの。 だから、あなたのメッセージに気づくのが遅れたのよ。全部私のせい。浩司に迷惑をかけるべきじゃなかったわ」
瑞希の言葉を聞き、花梨の胸に、さらに強い酸っぱい痛みが込み上げてきた。 彼女は尋ねた。
「お母様は、そんなに重い病気なの?」
「いいえ、大したことないの。 ただの風邪と熱で、もうほとんど良くなったわ」
花梨の心臓は、重いハンマーで打ち砕かれたようだった。 彼女は必死に感情をコントロールしようとしたが、赤く充血した目と震える唇が、その内心を露呈していた。 浩司の眉間の皺が、さらに深くなった。
彼は花梨の母が亡くなったという知らせを、会議中に受け取った。 会議が終わった後、こちらに来るつもりだったが、瑞希の方でまた何か問題が起きた。 立て続けに用事が入り、忙しくしているうちに、花梨のことはすっかり忘れてしまっていた。
いずれにせよ、彼は申し訳なく思っていた。
浩司が花梨の母のために線香を上げようと一歩踏み出すと、花梨は手を伸ばして彼を制した。 「いいえ。 菊池さんのお母様の方が大事でしょう。 あなたは彼女と、彼女のお母様のそばにいてあげて」
浩司の足が止まった。
花梨は一刻も早くこの場を離れたかった。 彼女は立ち上がり、その場を去ろうとした。
彼女は泣かなかった。 泣く価値もない男のために、涙を流すことなど許せなかった。
浩司は、妊娠七ヶ月で動きにくそうな花梨の体を見て、ふと胸が痛んだ。
瑞希は、母が病気になっただけで、助けを求めて彼に電話をかけ、あんなに悲しそうに泣いた。 それなのに、花梨は母が亡くなったというのに、一人で耐え抜いたのだ。
「どこへ行く? お前は妊娠しているんだ。 むやみに動き回るな」浩司は彼女を引き留めようとした。
花梨は自嘲気味に笑った。
まだ、自分が妊娠していることを覚えていたのか。
妊娠中の妻を放り出し、他人の母親の看病に駆けつける。 彼が自分とこの子を全く気にかけていないことは明らかだった。
父親に望まれず、気にもかけられない子は、生まれてきても幸せにはなれない。
花梨は自分の腹に目を落とした。 計り知れない苦痛の中、彼女は何かを決意したようだった。 彼女は足早に歩き、そのままエレベーターに乗り込んだ。
浩司の胸がざわつき、すぐに後を追おうとしたが、瑞希が彼を引き留めた。 「浩司、花梨のお母様が亡くなったばかりなのよ。 少し一人にしてあげたらどうかしら」
浩司は眉をひそめて瑞希を一瞥し、彼女の手を振り払った。 低く冷たい声で言った。 「彼女は今、感情が不安定だ。 何かあったら大変だ。お前は先に帰れ」
浩司が追いかけた時、すでに花梨の姿はどこにもなかった。
行き交う車を眺めながら、浩司はスマートフォンを取り出して電話をかけた。 「すぐに花梨の携帯電話の位置を特定しろ。 すぐに見つけ出すんだ」
彼の端正な顔に、不安の色が浮かんでいた。
一時間後。
アシスタントから浩司に電話が入った。 「清水さん、奥様は今、病院にいらっしゃいます」
「病院で何をしている?」
「妊娠中絶の手術を受ける準備を……それから、奥様はすでに弁護士に離婚協議書を作成させ、ご自身で署名されています」
浩司の頭の中で「ブーン」という音が鳴り響き、思考が真っ白になった。
彼の深い眼差しに、信じられないという表情が満ちていた。