郊外の廃工場。
平野真由は縛られ、身動き一つ取れなかった。
少し離れたところに、夫の藤田陽翔と義妹の平野ふたばが立っている。
この光景を目の当たりにして、彼女にもすべてが分かった。
彼女は二人に裏切られたのだ!
憎悪に満ちた真由の瞳を見て、ふたばはかえって笑みを浮かべた。
彼女はナイフを手に、一歩、また一歩と近づいてきた。
「お姉ちゃん、恨まないでね」
「もう何も開発できなくなったあなたには、お父さんたちのところへ行ってもらうしかないの」
その言葉を聞き、真由の静かだった瞳が驚愕に見開かれた。
「じゃあ、両親と弟が死んだのも……あなたの仕業なの?」
ふたばは、露骨に嫌そうな目で彼女を見た。
「ええ、そうよ。そんなに意外だった?」
「私の会社はもう上場したし、平野家なんてもう用済みだもの。これ以上、穀潰しを養っておく理由なんてないでしょ?」
「それに、あなたたちが死ななきゃ、平野家が長年築いてきた財産が私の手に入らないじゃない?」
その言葉に、真由は全身を震わせた。
彼女を家に招き入れたのは自分だ。両親と弟を死に追いやったのも、自分なのだ!
死んで償うべきは自分だ!
彼女は二人を睨みつけ、八つ裂きにしてやりたいほどの殺意を込めて叫んだ。「あなたたち、絶対に報いを受けるわ!必ずね! 死んでも許さない! 地獄に落ちればいい!」
真由はありったけの力を振り絞って咆哮した。
目尻が裂けんばかりのその姿は、まるで命を奪い返しにきた怨霊のようだ。
もともと後ろめたさのあったふたばは、ナイフを落としそうになるほど怯えた。
だが、気を取り直すと、彼女は力任せにナイフを突き刺した!
「ああっ――」
魂が抜け出るかと思うほどの激痛が真由を襲った。
薄れゆく意識の中で、彼女は両親の優しい笑顔と、弟の無邪気な姿を見た気がした……
もし……
もしやり直せるなら、あの最低な二人に必ず血の代償を払わせ、破滅させてやる!
……
「くっ……」
下腹部に鋭い痛みが走った。
真由はぼんやりとした意識の中で目を覚ました。
彼女の上に覆い被さっているのは、仮面をつけた全裸の男だ。
顔はよく見えないが、完璧な輪郭と引き締まった逞しい体つきから、極上の男であることは容易に想像がついた。
だが、心臓が激しく打ち鳴らされている真由には、それを堪能している余裕など微塵もなかった。
彼女は男から唇を離し、顔を背けてベッドサイドテーブルのスマホに目をやった。
それを目にした瞬間、彼女の瞳が大きく見開かれた。
三年前!
なんと、三年前なのだ!
陽翔と結婚する一週間前だ!
神は私を見捨てなかった!
まだ、すべてが間に合う!
今世では、平野家の悲劇を阻止するだけでなく、あのゲスな二人に必ず血の代償を払わせてやる!
凄まじい憎悪が全身を駆け巡った瞬間、上の男に尻をピシャリと叩かれた。
「俺じゃ物足りないか?」
「こんな時に上の空とはな」
真由は艶然と微笑み、しなやかな両脚で彼の腰に絡みついた。
その声は、魂を抜かれるほどに妖艶だ。
「どうかしら?」
前世の彼女は、陽翔のことで頭がいっぱいだった。
酔って部屋を間違え、純潔を奪われたと気づいた時、彼女は必死に抵抗し、結果として相手も早々に切り上げる羽目になった。
だが今は違う。彼女は陽翔に思いきり浮気してやることに決めたのだ!
思いきりというのは、文字通りの意味だった。
一晩中、男は飽くことを知らない野獣のように、何度も何度も彼女を求めた……
翌日、真由はスマホの着信音で目を覚ました。
昨夜の男はすでに姿を消しており、残されているのは無記名のプラチナブラックカードが一枚だけだ。
なかなか気の利く男だ。
いかにも外で遊び慣れている男という感じがする。
とはいえ、彼女にとっても悪い取引ではない。
昨夜の狂乱を思い出し、真由は思わずふっと笑みをこぼしてから、スマホを手に取った。
画面に点滅しているのは、「陽翔」の二文字だ。
前世でも、ちょうどこの時だった。陽翔が電話で、彼女の持つマユ・スキンの権利をすべて譲ってほしいと要求してきたのは。
罪悪感から、彼女は二つ返事で承諾してしまったのだ。
それどころか、後に開発した新製品でさえも、彼の要求通りに平野ふたばのふたばコスメへ全て無償で渡してしまった。
かつての愚かな自分を思い出し、真由は自嘲気味に笑ってから電話に出た。
相手の言い分は、案の定、前世と全く同じだった。
「真由、メールに送った契約書に今すぐサインしてくれないか?結婚したあとも君にこんな苦労をかけたくないんだ」
しかし、真由の返答は、前世と同じであるはずがなかった。
彼女はゆっくりとした口調で、事後の満ち足りた気だるさを含ませながら、冷ややかに問い返した。
「でも、私を娶る資格が、あなたにあるの?」