鳴海奏(Narumi Kanade)の小説・書籍全集
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愛し合った一生の果てに
2人は生涯を通じて愛し合ってきた。 彼女が死に際にあるとき、夫はその手を握り、涙を止められずにいた。 彼女は、それが愛する人からの最後の告白になると思った。 ところが、彼の口から洩れたのはため息まじりの言葉だった。 「……この人生で君の夫でいるのは、あまりにも疲れた。ただあの漁村で、名もないひとりの漁師として、あの人と一緒にいたかった」 その瞬間、彼女は呼吸の仕方を忘れるほどの衝撃を受けた。 彼が口にした「あの人」とは、数年前、漁村で彼を拾い上げた女だった。彼女は「自分こそが妻だ」と偽り、記憶を失った彼を隠し、夫婦のように暮らしていたのだ。 やがて妻が彼を見つけ出したとき、貧しさの中で過ごした彼はすべてを思い出し、その女を一瞥すらせず、妻と共に家へ戻った。 盛大な結婚式を挙げ、永遠を誓い合ったはずだった。 だが今、彼女が命の灯を落とそうとしているこのとき――夫は「後悔している」と告げたのだった。