私はアルファの運命の相手、月の女神によって彼のために選ばれた存在だった。
何年も彼を密かに愛し続け、群れの「継承の儀」で、彼がついに私を彼のルナとして発表してくれると信じていた。
しかし、彼は祭壇に立ち、別の女を紹介した。
私が知ったのは、彼が私の血を使い、秘密の儀式で彼女と自分を結びつけていたこと。
それは、暗闇で私に愛を囁きながら、何ヶ月も前から計画していた政略結婚だった。
群れの全員の前で、彼は私を公然と拒絶した。
その残忍な行為は、私たちの神聖な絆を無残にも引き裂き、私の魂を二つに砕いた。
彼は新しい花嫁が私に反逆罪の濡れ衣を着せ、私の家を破壊し、私の歴史を消し去るのを許した。
彼の戦士たちが私の頭に銀を混ぜた石を投げつけるのを、彼はただ傍観していた。
そして、犯してもいない罪のために跪き、謝罪しろと命じた。
命を捧げてもいいとさえ思った男は、権力と野心のために、私を粉々に打ち砕いた。
そして私の人生の廃墟に現れ、世間から隠された愛人、秘密の褒美になれと求めてきた。
私は拒絶した。
彼の圧政から逃れ、灰の中から自分を再建し、私の価値を認めてくれる真のアルファと新しい愛を見つけた。
私は自らの力でルナとなり、力を手に入れ、ついに自由になった。
しかし、私を拒絶した男の執着は、病のように彼の心を蝕んでいった。
一年後、私は彼の罠にはめられた。
最後に覚えているのは、首筋に走った鋭い痛みと、彼の冷たい囁き声だけ。
「さあ、家に帰る時間だ」
第1章
月野エララ POV:
トドマツと湿った土の匂いが空気に満ちていた。
いつもなら私の魂を鎮めてくれる、慣れ親しんだ安らぎの香り。
でも今夜は、それが狂ったように鳴り響く心臓を少しも和らげてはくれなかった。
満月が頂点に達するまであと数時間。
銀色の約束が、暮れゆく空にぶら下がっている。
今夜は「継承の儀」の夜。
私たちのアルファ、黒木ルシアンが、群れに正式な演説をする夜。
そして、彼がついに私を彼の伴侶として発表する夜だと、私は確信していた。
彼のルナとして。
鋭く、甘いスリルが全身を駆け巡った。
私は選んだシンプルなクリーム色のドレスのしわを伸ばした。
他の女狼たちが着るような豪華なものではないけれど、彼がこのドレス姿の私を見て、小川のほとりで私たちの未来を夢見た夜を思い出してくれればいいと願った。
ここ数週間、彼はよそよそしかった。
伴侶として共有する特別な繋がり、念話で彼に連絡を取ろうとしても、返事は短く、素っ気なかった。
「ルシアン?今夜は厨房に来る?」
永遠に感じられるほどの沈黙。
「忙しい、エララ。群れの用事だ」
その言葉は石の壁のように、私を締め出した。
でも私は彼のために言い訳をした。
彼はアルファ、強力な「黒月」の群れのリーダー。
その責任は計り知れない。
彼は私たち全員の重みを、その広い肩で背負っているのだ。
それでも、疑念の虫が腹の底でうごめき始めていた。
確信が欲しかった。
書面でそれを確認する必要があった。
だから私はここに来た。
静かで埃っぽい、長老会の古文書館へ。
群れの公式記録が、古代の革で装丁された書物に収められている場所。
年老いた書記官、志摩という名の穏やかなオメガが、眼鏡越しに私を見上げた。
「エララ。こんな夜にどうしたんだい?儀式の準備をしなくていいのか?」
私の手は汗でじっとりしていた。
「ちょっと…見たいものがあって、志摩さん。確認したいんです。アルファの伴侶登録簿を」
彼の優しい目は、私には理解できない憐れみの色を帯びていた。
彼は一瞬ためらった後、ため息をつき、台座の上の重々しい深紅の本に目を向けた。
ページを探す必要はなかった。
彼はそれがどこにあるか、正確に知っていたのだ。
「黒木ルシアン」
彼は静かに読み上げた。
「伴侶:姫川セラフィナ」
その名前は、まるで殴られたかのような衝撃だった。
息が喉に詰まる。
世界がぐらりと傾き、冷たく暗い虚無へと突き落とされたような感覚。
「いいえ」
私は囁いた。
「それは…間違いです。彼の伴侶は私。月の女神がそう示してくれました」
志摩さんは私と目を合わせようとしなかった。
彼は震える指で、その項目を指さした。
「絆は二ヶ月前に正式に結ばれている。黒木アルファ自身が認可した、秘密の血の儀式によって」
二ヶ月前。
記憶が鮮明に蘇り、吐き気を催した。
ルシアンが、その黒い瞳を激しく輝かせ、小さな銀のナイフを手にしていた。
「ほんの一滴の血でいい、愛しい人」
彼はビロードのような愛撫で囁いた。
「忠誠の儀式だ。君を群れに縛り付けるため。君を、私に縛り付けるため」
私はそれを、愛情を込めて、自由な意志で捧げた。
彼を信じていた。
私の血。
彼は私の血を、私が何も知らない契約のために使い、別の女と自分を結びつけたのだ。
痛みはあまりに巨大で、息もできなかった。
私は胸を掴み、肺に空気を送り込もうとした。
念話で彼に手を伸ばす。私の思考は、絶望的な叫びだった。
「ルシアン!これは何なの?あなた、何をしたの?」
一瞬、彼の存在を感じた。
かつては馴染み深かった温もりが、今は氷のように冷たい。
そして、残忍なほどの決定的な一撃で、彼は繋がりを断ち切った。
頭の中の静寂は耳をつんざくようで、彼がいた場所には虚しい反響だけが残った。
「いつ?」
私はかろうじて声を絞り出した。声はほとんど囁きだった。
「いつ彼は…彼女と?」
志摩さんはついに私を見た。その顔は悲しみの仮面だった。
「正式な結束の儀式は今夜だ、エララ。継承の儀で」
パズルのピースがはまり、あまりにも巨大な裏切りの絵が完成し、私の肺から空気を奪った。
私が魂のすべてを注ぎ込んだ未来、密かに育んできた愛は、嘘だった。
彼はすでに、そのすべてを他人に与えてしまっていた。
悲しみは津波のようだったが、その深みから別の何かが湧き上がってきた。
涙を焼き尽くす、熱く、焼けつくような怒り。
彼は私を影の中で見捨てたりしない。
壊れたおもちゃのように私を捨てさせはしない。
私は古文書館から駆け出した。
シンプルなドレスが、まるで道化師の衣装のように感じられた。
私はあの儀式に行く。
アルファと群れの全員の前に立つ。
そして、真実を要求するのだ。
冷たい夜の空気の中に飛び出すと、背の高い人影が闇から現れた。
ヴァレリウス長老。
彼の銀髪が夕闇に輝き、その目は何一つ見逃さない知恵で鋭く光っていた。
彼は私を見て、その視線の中に、既視感のきらめきと、古い悲しみの影を見た。
「お前は母親の炎を持っているな」
彼は静かに言った。
「そして、その頑固な心も。奴がお前を恐れる理由がわかる」