結婚記念日のパーティーで, 夫の雅明が私の幼なじみである小春に愛を告白した. しかも, 彼がコンペで大賞を受賞したデザインは, 私が考えたものだった.
私がアイデアを盗まれたと訴えると, 雅明と小春は結託して私を悪者に仕立て上げ, 嘲笑した.
「凛花, 気分が悪いなら控え室に戻れ. こんな騒ぎを起こすな」
冷たく突き放され, もみ合いになった末に階段から転落. お腹の子どもは, あっけなくこの世を去った.
病院で流産の処置を受けている間, 夫は擦り傷を負っただけの小春に付きっきりで, 私には目もくれなかった.
「凛花さんなんてどうでもいいって, 雅明さんは言っていましたから」
電話越しに聞こえた小春の嘲笑が, 私の心を完全に凍らせた.
この時, 私は誓った. 私からすべてを奪ったあの二人を, 必ず地獄の底に叩き落としてやると.
第1章
凛花POV:
結婚記念日のパーティーで, 夫の雅明が私の幼なじみである小春に設計コンペのトロフィーを渡し, 愛を告白する場面を目撃した. 私の心臓は, 氷の滝壺に突き落とされたように凍りついた.
西園寺雅明と結婚して五年.
今日は私たち夫婦の結婚五周年の記念パーティーだった.
豪華なホテルの一室には, 建築業界の著名人や, 雅明の共同経営者, そして友人たちが集まっていた.
シャンパンの泡が弾ける音と, 楽しげな会話が, 私の耳には遠いざわめきのように聞こえる.
妊娠初期の私は, つわりで体調が優れなかった.
それでも, 雅明の晴れ舞台だからと, 無理をして笑顔を作っていた.
雅明が今年の設計コンペで大賞を受賞したことは, 私にとって何よりの喜びだった.
私は彼の成功を心から願い, いつも影で支えてきた.
しかし, その喜びは, 一瞬にして打ち砕かれることになる.
雅明の隣には, 彼の秘書であり, 私たち夫婦の幼なじみでもある浜崎小春が立っていた.
小春は, いつも私に友好的で, 雅明の仕事も献身的にサポートしてくれていた.
だからこそ, この光景は信じがたかった.
雅明は, スポットライトの下で, 大賞のトロフィーを掲げた.
客席からは盛大な拍手と歓声が上がった.
雅明は満面の笑みでそれに応え, そして, ゆっくりと小春の方を向いた.
彼の視線は, 熱く, そして深く, 小春に注がれていた.
私の心臓が, 嫌な予感でドクンと跳ねる.
「この栄誉は, 僕一人だけのものではありません. 僕を支え, 僕にインスピレーションを与え続けてくれた, 大切な人への感謝を伝えたい」
雅明の声が, マイクを通して会場に響き渡る.
雅明は, 小春の手を取り, その手にトロフィーを渡した.
小春は, はにかんだように微笑んだ.
その瞬間, 私の頭の中に, 雅明がコンペに出したデザイン案がフラッシュバックした.
それは, 私が夜なべをして考え, 雅明に「これだ! 」と絶賛された, 私自身のアイデアだった.
雅明は, それを自分のものとして発表したのか?
「小春, 君がいてくれたから, 僕はここまで来られた. 君の存在そのものが, 僕の最高のミューズだ」
雅明は, 小春の顔を両手で包み込み, そして, 唇を重ねた.
会場には, 一瞬の静寂が訪れ, その後にざわめきが広がった.
私は, その光景をただ呆然と見つめるしかなかった.
私の胃の中で, 鉛の塊が転がるような感覚に襲われた.
吐き気がこみ上げる.
「何, あれ... 」
隣にいた友人の一人が, 小さな声で呟いた.
周囲の人々の視線が, 雅明と小春, そして私へと向けられる.
好奇の目, 憐憫の目, そして, 嘲笑の目.
私の顔は, きっと真っ青になっていたに違いない.
小春は, 雅明に促されるように, マイクの前に立った.
彼女の顔は赤く染まり, 上気したように見えた.
「雅明さん, ありがとうございます. 私も... 雅明さんのこと, ずっと... 」
小春は, 言葉を詰まらせた.
その仕草は, まさに純真な乙女のようで, 会場の女性たちの何人かは, 「まあ, 可愛いわ」と声を上げていた.
しかし, 私の目には, それは完璧に計算された演技に見えた.
彼女は, ちらりと私の方を見た.
その目に宿る勝利の光と, 嘲りの色が, 私にははっきりと見えた.
雅明は, そんな小春を優しく抱きしめた.
そして, 耳元で何かを囁いた.
小春は, さらに顔を赤くし, 雅明の胸に顔を埋めた.
周囲の人間は, 二人を祝福するかのように拍手を送っていた.
私の胃の不快感は, 限界に達していた.
「雅明, 何をしているの? 」
私の声は, 震えていた.
雅明は, ハッとしたように私の方を見た.
彼の顔には, 一瞬の戸惑いが浮かんだが, すぐに消え失せた.
会場のざわめきが, ぴたりと止まった.
誰もが, 私たち三人に注目している.
雅明は, 小春を抱きしめたまま, 私に冷たい視線を向けた.
「凛花, どうしたんだ. 気分でも悪いのか? 大勢の前で, こんな騒ぎを起こすな」
彼の声には, 私への配慮など微塵も感じられなかった.
「騒ぎ? 騒ぎを起こしているのは, どちらなの? 」
私は, 感情を抑えきれずに叫んだ.
私の視線は, 雅明の手元, 小春に渡されたトロフィーに注がれていた.
「あのデザインは, 私が考えたものよ! あなたは, 私のアイデアを盗んだのね! 」
私の言葉に, 会場は再びざわめいた.
雅明の顔から, 血の気が引いていくのが分かった.
小春は, 雅明の腕の中で, 震えるような仕草を見せた.
「凛花さん, 何を言っているんですか? 雅明さんが, そんなことをするはずないでしょう? 」
彼女の声は, か細く, まるで私が理不尽な言いがかりをつけているかのように聞こえた.
「これは, 雅明さんの努力の結晶です. あなたは, 雅明さんの成功を妬んでいるだけでしょう? 」
小春は, 私の目を真っ直ぐ見据えて言った.
その目に宿る悪意は, もう隠しようがないほどだった.
私は, 雅明に失望した.
そして, 小春に激しい怒りを感じた.
「雅明, 説明して! 」
私は, 雅明に詰め寄った.
しかし, 雅明は私から目を逸らし, 何も答えない.
その沈黙が, 私には何よりも雄弁に, 彼の罪を物語っていた.
「雅明さん, 私, 怖い... 」
小春は, 雅明の背中に隠れるようにして, 私を睨みつけた.
その目に宿るのは, 恐怖ではなく, 冷酷な勝利の笑みだった.
私は, 彼女の策略に嵌められていることを悟った.
彼女は, 私を悪役に仕立て上げようとしている.
「凛花, もうやめろ! 」
雅明が, 私の腕を掴んだ.
彼の指は, 私の腕に食い込むほど強く, 荒々しかった.
「妊娠中の君が, こんなに興奮しては体に悪い. 一旦, 控え室に戻ろう」
雅明は, 私を会場から連れ出そうとした.
しかし, 彼の言葉には, 私への気遣いなど一切感じられなかった.
ただ, この場を収拾したいという, 自己保身の感情だけが見えた.
「離して! 私は, あなたと話すことなんて何もないわ! 」
私は, 雅明の手を振り払った.
その瞬間, 私の体は, バランスを失った.
足元がぐらつき, 後ろによろめく.
会場の壁に飾られた, 私たち夫婦の笑顔の結婚写真が, 私の視界を霞めた.
次の瞬間, 私の背中が, 冷たい空気に触れた.
体が宙に浮き, そして, 階段を転がり落ちていく.
鈍い衝撃が, 幾度となく私を襲った.
お腹に激しい痛みが走る.
頭の中が真っ白になった.
私は, 無意識のうちに, お腹を抱きしめた.
「いや... 私の, 私の子どもが... ! 」
遠ざかる意識の中で, 私は雅明と小春の顔を見た.
二人の顔は, 驚きに固まっていた.
しかし, その目には, 私を心配する色など, どこにも見当たらなかった.
私を突き落としたのは, 雅明なのか, それとも小春なのか.
いや, もうどちらでもいい.
私は, ただ, このお腹の子どもだけが心配だった.
視界が歪み, 世界が反転する.
そして, 真っ暗な闇に吸い込まれていった.
私の意識は, そこで途切れた.