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見捨てられた妻は、天才デザイナーとして華麗に舞う

見捨てられた妻は、天才デザイナーとして華麗に舞う

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玉突き事故で車が大破し、血まみれになった私は、祈るような気持ちで夫に助けを求めた。 しかし電話に出た秘書は、気を引くための狂言だと決めつけ、一方的に通話を切った。 その直後、街頭の大型ビジョンに、初恋の女を優しく抱きしめる夫の姿が速報で映し出された。 満身創痍で帰宅した私を待っていたのは、家族からの残酷な仕打ちだった。 「どうせいつもの気を引くための狂言だろう」 夫は額から血を流す私を一瞥し、迷惑そうに眉をひそめた。 「血が出てて気持ち悪い。お母さんなんか大嫌い!」 実の娘までもが私を避け、夫の背中に隠れた。 さらに、初恋の女から階段から落ちたと電話が来ると、夫は怪我をした私を放置し、娘を連れて女の元へ駆けつけていった。 私の命に関わる大怪我よりも、あの女の軽い怪我の方が大切だというのか。 7年間、私が全てを捧げてきた家族は、ただの残酷な幻想だった。 心の中で何かが決定的に壊れ、すべての未練が完全に消え失せた。 私は財産も親権も一切放棄する離婚協議書に判を押し、結婚指輪を外して深夜の家を出た。 西園寺の妻という鎖を断ち切り、かつて天才と呼ばれたデザイナー「結城凛」として、私は反撃を開始する。

目次

見捨てられた妻は、天才デザイナーとして華麗に舞う 第1章

「お願い、電話に出て……」

震える指でスマートフォンの画面をなぞるが、ひび割れたガラスが指先を切り裂き、鋭い痛みが走る。血が滲むのも構わず、凛は夫である暁の短縮ダイヤルを必死に探した。

冷たい雨が容赦なくアスファルトを叩き、凛の全身から体温を奪っていく。数分前に起きた玉突き事故で、彼女の車は見るも無惨な姿になり、自身も額から流れる血で視界が赤く染まっていた。

雨粒が画面に落ち、誤作動を起こす。焦りが胸を締め付け、呼吸が浅くなる。三度目の操作で、ようやくコールが始まった。無機質な呼び出し音が、雨音に混じって耳に響く。一秒が永遠のように感じられた。

「はい、西園寺の秘書室、小林です」

ようやく繋がった電話から聞こえてきたのは、期待していた夫の声ではなく、彼の秘書である小林誠の冷徹な声だった。心臓が氷水に浸されたように冷たくなる。

「……私です、凛です。事故に、遭って……」

震える声でかろうじて伝えると、電話の向こうでわざとらしい溜め息が聞こえた。

「奥様。社長は今、大事な会食中です。そのようなことでお気を引こうとするのはおやめください」

「違う、本当に……」

「毎回毎回、同じような手は通用しませんよ」

小林は凛の言葉を冷たく遮り、侮蔑を隠そうともしない声で吐き捨てた。

「嘘はやめてください。迷惑です」

ブツリ、と一方的に通話が切られる。ツーツーという音が、降りしきる雨の音に溶けて消えていく。世界にたった一人取り残されたような、底なしの孤独が凛を突き落とした。

もう一度、と画面をタップしようとした瞬間、バッテリー切れで真っ暗になった。唯一の希望だった蜘蛛の糸が、目の前で断ち切られた。

「大丈夫ですか!しっかり!」

救急隊員が駆け寄り、凛の肩を支える。だが、凛の耳にはもう何も届いていなかった。夫は、来ない。その事実だけが、冷たい雨のように心に染み渡っていく。虚ろな目で、凛は小さく首を横に振った。

その時だった。

交差点の角に立つ巨大なビルの壁面、その大型ビジョンが、眩い光と共にニュース速報を映し出した。

『速報:西園寺グループCEO、西園寺暁氏が都内高級ホテルに……』

凛は思わず息を呑んだ。画面に映し出されたのは、ついさっきまで自分が必死に助けを求めていた夫の姿だった。

『本局の記者が以前からマークしていた都内高級ホテル前で、ついに決定的な瞬間を捉えました。お相手はかつて天才と謳われたジュエリーデザイナー……』というアナウンサーの興奮した声が、現場の喧騒を貫いて凛の耳に突き刺さる。事故現場からわずか数キロしか離れていないその場所で、彼は別の女と一緒にいたのだ。

高級ホテルのエントランスから現れた暁の腕には、一人の女性が寄り添っていた。見知らぬ女ではない。橘絢子。暁の初恋の相手であり、今もなお彼の心を掴んで離さない女。

フラッシュの嵐の中、暁は怯える絢子を庇うように強く抱きしめる。その光景に、凛の心臓が物理的に抉られるような激痛が走った。絢子は怯えたふりをして暁の胸に顔を埋め、暁はそんな彼女の頭を、慈しむように優しく撫でる。

ニュースのテロップが追い打ちをかける。『――初恋の相手と深夜の密会か』

その文字を見た瞬間、凛の瞳から、堪えていた涙が血と共に流れ落ちた。

血と泥にまみれた自分の姿と、華やかな光の中にいる二人。その残酷な対比が、凛の惨めさを際立たせる。膝から崩れ落ちそうになるのを、必死で堪えた。

「こちらへ、救急車に!」

隊員が肩を支えようとするが、凛はその手を振り払った。これ以上、誰かに惨めな姿を見られたくなかった。唇を強く噛み締め、涙を乱暴に拭う。

もう、あのビジョンは見ない。

ふと、一台の空車のタクシーが目に留まった。凛は痛む腕を無理やり上げ、合図を送る。

水しぶきを上げて止まったタクシーの運転手は、血だらけの凛を見て、怪訝な顔で窓を閉めようとした。その隙間に、凛は財布から取り出した一万円札をねじ込んだ。

「お願いします」

無理やりドアを開けて後部座席に滑り込む。運転手は舌打ちをしながらも、アクセルを踏んだ。

「どちらまで?」

「……西園寺邸へ」

バックミラー越しに訝しげな視線が注がれる。凛は冷え切った目でそれを睨み返し、運転手を黙らせた。

窓ガラスに映る自分の、傷だらけで見るも無惨な顔。自嘲の笑みが浮かぶ。

七年間、この日のために生きてきたわけじゃない。でも、七年間の献身が、すべて無意味だったという事実は、もう揺るがない。

胸の奥で、何かが決定的に、音を立てて壊れた。

暁が絢子に向けた、あの優しい眼差し。それを思い出すたびに、爪が手のひらに食い込むほど、強く拳を握りしめた。

やがてタクシーは、重厚な鉄の門の前に停まった。凛は残りの紙幣を運転席に投げ渡し、よろめきながら車を降りる。足元がふらつき、水たまりに膝をついた。泥が、さらに彼女を汚していく。

見上げた屋敷からは、温かい光が漏れていた。でも、もうあそこは、自分の居場所ではない。

凛の瞳から、最後の光が消えた。

ゆっくりと立ち上がり、感情をすべて捨て去った冷たい足取りで、凛は決別のために、その門をくぐった。

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