指先が震え、百合花は服を着ながら、目の前に立つ医師に問いかけた。
「白川先生、私は……産めますか?」
彼女は不安げに、洗面台のそばで手を洗う長身の影を見つめた。水流にさらされた骨ばった手が、男の色気を漂わせている。
白川勇史は冷徹な瞳で彼女を見下ろした。
「夫婦生活は不和なのか?」
百合花の顔が真っ赤に染まった。彼女は唇を噛み、恥ずかしそうに頷いた。
「ええ……一度しかありません」
「一度だと?」
「な、何か問題でも……?」
百合花はスカートの裾を握りしめ、「医者の前に性別はない」と自分に言い聞かせた。
白川の手元のカルテには、几帳面で美しい文字が並んでいた。
「母体の状態が非常に悪い。切迫流産の兆候がある。産みたいなら即入院だ。ご家族に連絡を」
百合花の顔から血の気が引いた。彼女は妊娠期間中ずっと気をつけ、夫が海外出張に行っている半年の間、こっそり切迫流産の治療薬を飲み続け、胃を痛めるほど無理をして、ようやく七ヶ月まで持ちこたえたのだ。
「先生、この子を産めるなら、何でもします!」
結婚して三年、夫の長谷部誠十郎は「子供は嫌いだ」と言い、一度も彼女に触れなかった。この子は、あの酔った夜の予期せぬ出来事だった。
「産むにせよ堕ろすにせよ、家族の同意が必要だ」
冷淡な声に促され、百合花は意を決して診察室を出た。
誰もいない廊下の隅で、誠十郎に電話をかけた。三度目でようやく繋がったが、聞こえてきたのは幼い女の子の声だった。
「パパはママとチュッてしてるよ。うるさいなぁ」
百合花は凍りついた。
「結愛、パパにスマホを貸して」
誠十郎の甘く優しい声。そして、聞き慣れた女の声が続いた。
「誠十郎さん、結愛を甘やかしすぎよ」
「結愛ももう三歳だ。いつになったら俺と結婚してくれるんだ?」
「ダメよ、あなたには家庭があるんだから」
「君が俺を突き放したことへの当てつけで、百合花と結婚しただけだ。あんな役立たずの女、三年間触れるのも虫酸が走った。あの夜の男が俺だと、今でも信じ込んでいるだろうな」
その言葉は、雷のように百合花の心を打ち砕いた。
あの夜の男は、彼ではなかった……?
強烈な吐き気と下腹部の激痛が、同時に百合花を襲った。