恋愛五周年記念日、五条沙耶は今年も一人で過ごしていた。
本当は、婚約者の高橋琉生が休憩している間に会いに行き、プレゼントを渡すつもりだった。
だが、彼からの返信は、どの文字にもぞんざいさと不満がにじんでいた。
「そんなに大げさな真似するなよ。ただの記念日じゃないか? 言っただろう、世界選手権で優勝したら結婚するって 今年は俺のキャリアにとって最も重要な年なんだ。練習場に来て邪魔をするな。大人しくしてよ」
琉生は、アイスホッケー界の天才フォワードであり、ナショナルチームの精神的支柱だった。
試合では、彼は無敵のMVPだった。
しかし、沙耶の前では、十分間会うことさえ惜しむ、冷淡な婚約者だった。
沙耶は自分で用意したプレゼントを見つめ、自嘲的に笑った。
琉生のコーチが、最近は試合前のプレッシャーが大きいと言っていた。だから彼女はすべての不満を飲み込み、プレゼントと弁当を警備員に預けて帰るつもりだった。決して彼の「邪魔」はしなかった。
だが、その時、携帯にニュース速報が飛び込んできた。
「速報!天才選手・高橋琉生、愛のために試合を放棄!世界選手権優勝候補に暗雲!」
沙耶は呆然とし、震える手でニュース記事を開いた。
動画に映っていたのは、あれほど「練習任務が重く、一秒たりとも時間が取れない」と言っていた男だった。彼は栄光の象徴である背番号6のユニフォームをまとい、衆人環視の中で閉鎖された練習場から飛び出してきた。
彼は記者たちを押し分け、白いドレスをまとったか弱そうな女性を、力強く腕の中に抱きしめた。
無数のフラッシュを浴びながら、琉生は目を血走らせ、かすれた声で宣言した。「ファンの期待を裏切って申し訳ない。だが、俺は彼女に多くの借りがある。この時、彼女は君たちよりも俺を必要としているんだ!」
沙耶は凍りついたようにその場に立ち尽くし、指先が冷たく震えていた。
あの女は内山桃子。琉生の幼なじみであり、彼の心の奥底にいる特別な存在だった。
ナショナルチームに入って三年、琉生は毎年敗北を喫してきたが、その陰には常に桃子の姿があった。
一年目、桃子が海外で風邪をひいたと聞けば、彼は地球の半分を横断して薬を届けに行き、決勝戦の選手登録を逃した。
二年目、桃子が流星を見たいと言えば、彼は彼女とロッククライミングをして足を骨折し、試合に出られなくなった。
三年目、桃子が恋人と喧嘩したと聞けば、彼は彼女のために喧嘩騒ぎを起こして留置され、半年間の出場停止処分を受けた。
今年で四年目。彼女は、彼がトロフィーを掲げて自分を迎えに来てくれると信じていた。
まさか、彼が試合を放棄し、練習場の外で別の女と固く抱き合う姿を目にすることになろうとは。
その時、別荘のドアが開いた。
琉生が冷気をまとって入ってきた。手には食材の入った大きな袋をいくつも下げていた。
そして、桃子が小鳥のように彼の腕に寄り添っていた。彼女の目は赤く、怯えたウサギのようだった。
彼女の声は蚊の鳴くように細かった。「琉生お兄ちゃん、私がここに住むなんて……沙耶お姉ちゃん、きっと嫌がるわよね?」
琉生は痛ましげに彼女を抱き寄せ、沙耶が一度も聞いたことのない優しい声で言った。「馬鹿なことを考えるな。俺の心の中では、君は誰よりも大切なんだ ここは君の家だ。誰にも君を追い出す資格はない」
沙耶は、二人が入ってくるのを静かに見つめていた。爪が手のひらに深く食い込んでいたが、痛みは感じなかった。
(桃子が誰よりも大切?では、自分という婚約者は一体何なのだろう。)
琉生は沙耶に目もくれず、買い物袋を床に置くと、当然のように命じた。 「五条沙耶、最近は薄味の料理にしてくれ。羊肉と海鮮はダメだ。桃子がアレルギーなんだ」
「今すぐキッチンに行ってスープを作ってくれ。外は寒すぎる。桃子は体が弱いから、早く何か温かいものを飲ませてやらないと……」
沙耶は、彼の開いたり閉じたりする口と、ぴったりと寄り添う二人の体を見つめ、胸の痛みが麻痺していくのを感じた。
五年も待ち、彼の身の回りのことすべてを世話してきた。その結果がこれだというのか?
彼女はかすれた声で彼の言葉を遮った。「高橋琉生、君は本当に彼女のために試合を棄権するつもりなの?」
琉生は桃子のスーツケースを持って二階に上がろうとしていたが、その言葉に足を止め、眉をひそめた。
「お前は俺に、そのことで文句を言うのか?」
彼は沙耶を冷たい目で見つめ、苛立った口調で言った。「桃子は離婚のせいでうつ病が再発して気分が落ち込んでいたんだ。今朝、自殺しようとしたんだぞ!俺が行かなかったら、今頃彼女は死体になっていたんだ!」
「五条沙耶、君はそんなに冷血になれるのか? チャンピオンは来年また取れるが、命は一つしかないんだぞ!」
「来年?」
沙耶は乾いた笑いを漏らしたが、その目はひどく乾いて痛んだ。「去年もそう言ったわね。一昨年も。高橋琉生、あなたの言う『優勝したら結婚する』なんて、結局は永遠に換金できない不渡り手形だったってことでしょう?」
「もういい加減にしろ!」
琉生は声を荒げ、その目には嫌悪感が満ちていた。「ただの名分じゃないか? こんな時に俺を追い詰めるのか?」
沙耶は何も言わず、琉生の目の前で、三年間はめていた左手の中指のシンプルな指輪をゆっくりと外した。
指輪は冷たい大理石のテーブルに無造作に置かれ、数回転がって琉生の足元で止まった。
「何を……するんだ?」
琉生の心臓が妙に跳ね、不安がこみ上げてきた。
「高橋琉生、あなたの言う通りだわ。命はチャンピオンより大切
沙耶は顔を上げた。その瞳には、もはやかつての愛情は一片もなく、ただ死んだような静寂だけが広がっていた。「だから、私ももう、あなたに命をすり減らすのはやめる」
彼女は玄関に向かって踵を返した。その背中は、未練など微塵も感じさせないほど決然としていた。
「五条沙耶!もういい加減にしろ!」
琉生が背後で荒々しく叫んだ。「そのドアを出たら、二度と戻ってくると思うな!」
沙耶は足を止めず、その声は風に乗って消えていった。
「安心して。もう二度と、戻らないから」