私がアルファの敵対部族に誘拐されたとき、
当のアルファは彼の『運命の番』とやらと日の出を眺めていた。
電話を受けた彼の声は、ひどく冷めきっていた。「好きにしろ。少しは懲りるだろう。二度と俺に付きまとうなと、よく言い聞かせてやれ」
生死の境で、私に選択の余地はなかった。
敵対部族のアルファに必死にしがみつき、震える声で懇願する。「お願い……殺さないで。あなたに従うから」
ロックがようやく私のことを思い出した頃、敵対部族のアルファは腕の中で眠る私の横顔を見下ろし、嘲笑うかのように言った。「今さら遅い。こいつに、お前と帰る気力など残ってはいない」
……
アルファであるロックと共に十年が経った頃。
彼はついに、月の女神の前で私との誓いを立てることに同意した。
私は胸を躍らせ、彼への贈り物を準備した。
ホテルの個室でようやく見つけた彼は、部下たちと談笑していた。
「本当に明日、ジュリーと誓いの儀式を?」
「まさか。 子供も産めない女に、俺の番になる資格などあるものか」
誰かが笑いながら尋ねる。「彼女に知られて、去られてもいいのですか?」
ロックは侮蔑するように鼻で笑った。「あいつが俺から離れられるなら、の話だがな。たとえ怒って出て行ったところで、三日もすれば泣いて戻ってくる。 賭けてもいい」
部下たちの嘲笑が響き渡る。「確かに、骨のない女ですからな」
その嘲笑を背に、私は凍りついた体でその場を後にした。
翌日の誓いの儀式。精巧なオーダーメイドのスーツに身を包んだ彼は、人々の中心に立ち、
その崇拝を一身に受けていた。
対する私は、普段着のワンピース姿でゆっくりと彼のもとへ歩み寄る。
私に気づいたロックの顔が、みるみるうちに険しくなった。「今日がどれほど重要な日か分かっているのか。俺に恥をかかせる気か?」
私はただ、じっと彼を見つめ返す。「始めましょう」
ロックの視線が、氷の刃のように私を突き刺した。
彼は突如として振り返ると、群衆の中からデビーを壇上へ引き上げた。
その動きでデビーの羽織っていたケープが滑り落ち、まばゆいばかりのウェディングドレスが私の目を焼いた。
「尊き月の女神よ!私、ロックはここに宣言する!我が運命の番はデビーただ一人!どうか我らの証人となりたまえ!」
その場にいた誰もが、私たち三人を固唾をのんで見守っていた。
しかし意外にも、私の顔に絶望の色は浮かばなかった。
そして、誓いの祭壇は何の反応も示さない。
ロックが再び女神に問いかけようとしたのを、私は遮った。
「もう私に用はないでしょう?失礼しても?」
ロックは冷笑を浮かべる。「三日後、泣きながら戻ってくるお前を待っているとしよう」
私は背を向け、その場を去った。大門を抜けた瞬間、堪えていた涙がようやく頬を伝った。
やはり、彼は私のことなど何とも思っていなかったのだ。
昨夜の言葉は、ただの冗談だと思っていた。まさか本当に、衆人環視の中でデビーを選ぶなんて!
私の十年は、一体何だったというの?
彼にとって、私は飽きた玩具に過ぎなかったのか!
二歩ほど歩いたところで、行く手を阻まれた。
デビーが、片手を腰に当てて私の前に立ちはだかる。
「ジュリー、ロックを恨まないで。あなたが役立たずなのがいけないのよ」
「あの方には後継者が必要なの。そしてあなたでは、その役目を果たせない」
得意満面の彼女の顔を見ていると、抑えきれない怒りがこみ上げた。私は彼女を突き飛ばす。「どいて」
次の瞬間、私はロックによって地面に激しく突き倒されていた。
「よくも彼女に手を上げたな。死にたいのか!?」
彼は部下に命じて私を捕らえさせ、罰を与えた。
その夜、私は満身創痍のまま部族から追放された。
月明かりのない漆黒の闇の中、傷だらけの体を引きずって、ただひたすらに歩き続ける。
分かれ道にたどり着いたところで、私の意識は途切れた。
次に意識を取り戻したとき、私は一本の木に縛り付けられていた。すぐ下は、底知れぬ深い崖だ。
「目が覚めたか」
磁力を帯びた声が、すぐそばで響いた。
横を向くと、そこにロンの顔があった――彼もまたアルファであり、ロックと敵対する部族の長だ。
私が目覚めたのを確認すると、ロンはロックに電話をかけた。
「ロック、お前の女は俺が預かった。要求したものは準備できたか?」
一瞬の間を置いて、ロックの笑い声が聞こえてきた。
「好きにしろ。少しは懲りるだろう。二度と俺に付きまとうなと、よく言い聞かせてやれ」
「それから、あいつに伝えろ。次からはもっとマシな気を引く方法を考えろ、と。そんな手はもう古い」
電話が切られ、私の最後の希望も、無慈悲に断ち切られた。