5年間、私は神宮寺 司の婚約者だった。
5年間、兄たちはようやく私を愛すべき妹として扱ってくれた。
けれど、祭壇の前で彼を捨てた双子の姉、詩織が、偽のがん宣告を盾に帰ってきた。
そして彼は、たった5分で彼女と結婚した。
誰もが姉の嘘を信じ込んだ。
姉が毒蜘蛛で私を殺そうとした時も、彼らは私を大げさだと罵った。
姉のパーティーを台無しにしたと濡れ衣を着せられた時は、兄たちに血が滲むまで鞭で打たれた。
彼らは私を「価値のない代用品」「姉の顔をしただけの仮の存在」と呼んだ。
そしてついに、彼らは私をロープで縛り、崖から吊るして見殺しにした。
でも、私は死ななかった。
崖を這い上がり、自分の死を偽装して、姿を消した。
彼らが亡霊を望むなら、本物の亡霊になってやろうと決めた。
第1章
ベイリー・ダグラス視点:
5年間、神宮寺 司は私の世界が回る中心、太陽そのものだった。
5年間、私は彼の婚約者として、あらゆるパーティーで彼の腕に寄り添い、その名前はいつも彼の隣で囁かれた。
そして、たった5分。
私は通りの向かいにあるコーヒーショップの冷たいリノリウムの床に立ち、彼が私の双子の姉、詩織と結婚するのを見ていた。
彼には、私たちが役所の窓口にたどり着けなかった理由が山ほどあった。
彼の全神経を必要とする数十億円規模の合併。
延期不可能な敵対的買収。
どうしても外せないモナコへの出張。
私がドレスを選び、花に頭を悩ませた、私たちの本当の結婚式は、いつもすぐそこにあるはずだった。
地平線にきらめく、甘い約束のように。
「来年の春には、ベイリー。約束する」
彼は私の髪にそう囁いた。
その低く、酔わせるような声は、私に何でも信じさせてしまう魔力を持っていた。
「この取引さえ終われば、僕の時間はすべて君のものだ」
私は彼を信じた。
馬鹿だった。
でも、彼を愛していたから信じた。
ずっと飢えていた私の心の片隅が、ようやく満たされる気がしたから。
彼の瞳に宿る温もりは、私だけのものだと思っていた。
彼が私の手を握る、その温もりも。
今、コーヒーショップの埃っぽい観葉植物の陰に隠れながら、私は彼が詩織の指にシンプルなゴールドの指輪をはめるのを見ていた。
5年前、彼を祭壇に置き去りにし、どこかのミュージシャンと駆け落ちした、あの詩織。
刺激的な人生を追い求めた末に、ボロボロになって一文無しで舞い戻ってきた姉の指に。
疲れきった顔の役所の職員が、書類に判を押す。
司は窓の外に目を向けることすらなかった。
彼の世界は、あの無機質な部屋の中にしかなかった。
区役所のドアが開き、二人が厳しい東京の日差しの中に足を踏み出す。
私と瓜二つの双子の姉、詩織は、輝くように見えた。
彼女が死にかけているなんて、誰も思わないだろう。
少なくとも、それが彼女の話だった。
ステージ4の膵臓がん。
かつて無慈悲に捨てた男と結婚することが「死ぬ前の最後の願い」なのだと。
彼女は婚姻届を胸に抱きしめていた。
真紅のドレスに映える、鮮やかな白。
それは勝利の旗だった。
彼女は誰にというわけでもなく、世界中に向かってそれを振っているようだった。
私が勝ったのよ、と。
またしても。
「ああ、司さん」
彼女は、偽りの涙で声を詰まらせて泣き叫んだ。
「本当にごめんなさい。5年前にあなたにしたこと、心から謝るわ。私、なんて愚かだったんでしょう」
彼女が振り向いた。
そして初めて、彼女の瞳が、私の瞳が、通りの向かいにいる私を捉えた。
ゆっくりと、勝ち誇った笑みが彼女の顔に広がる。
「でも、教えて、司さん」
静かな午後の街に、彼女の声が響き渡った。
私に一言一句聞こえるほど、大きな声で。
「あなたは本当に彼女を愛したことがあったの? それとも、彼女はただの『私』だった?」
時が止まった。
黄色いタクシーの列が、意味のない色の流れにぼやける。
街の喧騒が、鈍い唸りへと遠ざかっていく。
私は司を見ていた。
私の司。
数えきれない夜、私を抱きしめ、涙をキスで拭い、私だけを見ていると誓ってくれた男を。
彼の顎がこわばる。
彼は答えない。
1秒。2秒。10秒。
永遠のような時間が過ぎていく。
肺が焼けるように痛い。
湿ったセメントのように重く、冷たい絶望が、体の内側から私を満たしていく。
彼はようやく私を見た。
その視線は空っぽで、まるで他人を見るかのようだった。
「愛してたかって?」
彼は詩織の質問を繰り返したが、その言葉は私に向けられていた。
判決。
そして、死刑宣告。
「ベイリー」
彼の唇に乗った私の名前は、侮辱に聞こえた。
「彼女は、詩織なんだ」
それだった。
私が5年間、真実ではないと偽り続けてきた真実。
私はベイリーではなかった。
ただ、「詩織ではない」存在だった。
仮の存在。
スペア。
同じ顔を持つ、都合のいい代用品。
詩織の偽りの涙は消え、きらびやかな勝利の笑みに変わっていた。
彼女は司の首に腕を回し、深く、所有権を主張するかのようにキスをした。
彼も彼女にキスを返す。
その手は、かつて百万回も私の髪に絡んだのと同じように、彼女の髪に絡んでいた。
世界が傾き、私はよろめいた。
口に手を当て、体を二つに引き裂くような嗚咽を必死に押し殺す。
そう。
すべて、嘘だったんだ。
黒塗りの高級車が、キーッという音を立てて歩道に停まった。
ドアが開き、3人の兄――大樹、海斗、陸――が満面の笑みで飛び出してくる。
「話を聞いてすぐに来たぞ!」
長兄の大樹が、シャンパンのボトルを掲げて叫んだ。
「お祝いをしなくちゃな!」
彼らは詩織に駆け寄り、グループハグで彼女を包み込む。
その声は、心配と愛情が入り混じった騒がしい音だった。
「詩織、大丈夫か?」
「ベッドから出ちゃだめじゃないか!」
「早く家に帰ろう」
私の兄たち。
この5年間、私の守護者だった人たち。
私が生涯渇望してきた温もりで、ようやく、ようやく私を扱い始めてくれた人たち。
彼らは私の方を見向きもしなかった。
私は見えない存在。
彼らの再会を祝う宴の、招かれざる亡霊。
私はそこに立ち尽くし、震えていた。
彼らが勝利の英雄である詩織を車に押し込むのを、ただ見ていた。
司も、彼女の背中に庇うように手を添えて、後に続く。
車のドアが閉まり、彼らは去っていった。
私は歩道に取り残された。
決して私のものにはならなかった人生の、忘れ去られた付属品として。
膝が崩れ落ちそうになる。
倒れはしなかったが、コーヒーショップの冷たいガラス窓に身を預けた。
ぶつかった衝撃の痛みは、遠く、どうでもいいことに感じられた。
私は詩織の3分後に生まれた。
その瞬間から、私は彼女の影の中で生きてきた。
彼女は明るく、活発で、両親や兄たち、出会う人すべてを魅了した。
私は静かで、忘れられたスペア。
彼女は称賛され、私はお下がりをもらった。
彼女は学芸会で主役になり、私はその他大勢。
彼女は神宮寺財閥の跡取りで、東京で最も人気の独身男性、神宮寺 司を手に入れた。
私は脇役として、静かに痛む心で見守るしかなかった。
そして彼女は逃げた。
置き手紙一つで、彼を祭壇に置き去りにした。
ダグラス家は屈辱にまみれ、神宮寺家は激怒した。
彼女を溺愛していた兄たちは、詩織という名の妹はもういないと誓った。
「これからはお前が俺たちのたった一人の妹だ、ベイリー」
陸がそう言った。
彼の手は私の肩に置かれ、その目は硬かった。
一週間後、酔ってボロボロになった司が、私のアパートに転がり込んできた。
彼は詩織の名前を呼び、私の顔を両手で包み込んだ。
その息はウイスキーと悲しみに満ちていた。
「どうして僕を捨てたんだ、詩織」
彼はろれつの回らない口で言い、親指で私の頬骨を、顎のラインを――私たちの顎のラインをなぞった。
彼は私の目を見て、彼女を見た。
そして、絶望の淵で、彼は私に提案をした。
「結婚してくれ、ベイリー」
彼はひび割れた声で囁いた。
「あいつらに見せつけてやろう。彼女に、見せつけてやるんだ」
私はどうしようもなく彼を愛していた。
それが間違っていることはわかっていた。
私が代用品であることも。
でも、いつか、彼は私自身を見てくれるようになると、そう祈っていた。
だから、私は「はい」と答えた。
5年間、それは夢のようだった。
司は私に愛情を注いでくれた。
私の絵を展示するためのギャラリーを買ってくれた。
私たちは世界中を旅した。
彼は私を抱きしめ、美しいと言ってくれた。
兄たち、大樹、海斗、陸は、私がずっと夢見ていた兄になった。
彼らは私を試合に連れて行き、投資の仕方を教え、ただ様子をうかがうために電話をくれた。
彼らは私を守り、温かく、いつもそばにいてくれた。
生まれて初めて、私は愛されていると信じた。
ありのままの私を、本当に愛されていると。
そして、二週間前、詩織が帰ってきた。
あっという間に、夢は砕け散った。
愛も、愛情も、庇護も、すべてが輪ゴムのように彼女の元へと弾け飛び、私にはそれがかつてあった場所の、刺すような空虚さだけが残された。
喉から strangled laugh が漏れた。
それは痛々しく、壊れた音で、やがて嗚咽に変わった。
涙が頬を伝う。
熱く、無意味な涙が。
犬を散歩させていた男性が、哀れみと警戒が入り混じった表情で、私を大きく避けて通った。
私は身代わりだった。
一時しのぎの修理品。
棚に並べられた商品で、オリジナルが再入荷するまで、新品同様の状態で保管されていたにすぎない。
もう、ごめんだ。
その思いは、圧倒的な暗闇の中の、小さな火花だった。
もう、代用品にはならない。
私は窓から身を起こした。
動きは硬く、ロボットのようだ。
足は鉛のように重いが、無理やり動かした。
彼らが共有するあのヴィラには戻らない。
彼らの影に戻るつもりはない。
手の甲で涙を拭う。
無駄な仕草だった。
拭っても、すぐに新しい涙が溢れてくる。
「もう嫌」
私は無関心な街に囁いた。
「あなたたちの愛情の残りかすなんていらない。哀れみなんて受け取らない」
内臓をえぐられるような痛みが胸を貫いた。
あまりに深く、物理的な痛みに感じられる。
私は一瞬、息を吸うために身をかがめた。
そして、背筋を伸ばした。
どこへ行くともなく歩いていると、滑らかな黒いタクシーが隣に停まった。
何も考えずに、乗り込む。
「どちらまで?」
運転手が尋ねた。
一つの住所が頭に浮かんだ。
超富裕層のポートフォリオを専門とするオーダーメイドの不動産会社。
祖母が利用していた会社だ。
彼女が私に残してくれた、手つかずで忘れられていた信託財産が、突然、命綱のように感じられた。
「レキシントンのサザビーズ・インターナショナル・リアルティまで」
私はかすれた声で言った。
40分後、私は豪華な革張りの椅子に座り、アバーナシーと名乗る男性と向かい合っていた。
彼のスーツは非の打ちどころがなく、その気遣いは本物でありながらも控えめだった。
「ダグラス様」
彼は優しく言った。
「どのようなご用件でしょうか?」
私は深呼吸をした。
空気が肺の中で震える。
彼の瞳に映る自分の姿は、幽霊のようだった。
「島を買いたいんです」
驚くほど落ち着いた声で、私は言った。
「一番人里離れていて、無人で、誰も近づけない島を」