メッセージ一通に、六枚の写真が添付されていた。
絡み合う下着、固く結ばれた十本の指、握りしめられて皺になったシーツ、浴室の中に映るぼんやりした影……
こんな挑発を受け取るのは、温水妃都美にとって初めてではなかった。
他の女の手首を食い込むように掴むその大きな手を、彼女は一目で、自分が四年間連れ添った夫――江戸川幸高のものだと見抜いた。
写真の日付に目をやると、それはちょうど結婚記念日だった。
江戸川幸高は「夜に一緒に祝おう」と言っておきながら、三日間も音信不通。送られてきたのは、秘書からの「急な出張です」という一通のメッセージだけ。
急だって?
――確かに、身もふたもないほどの「急」らしい
妃都美は冷たく笑ってトーク画面を閉じ、連絡先の中から一つの番号を選んで発信した。
電話はすぐにつながった。
「ひーちゃん……」
「先輩、閉鎖研究の人選、私に決めました」
「誰?」
「私です」
電話口は凍りついたように沈黙し、やがて鋭い叱責が飛んだ。「ふざけないで! 規則は知ってるでしょ。一度閉鎖研究に参加すれば、研究が終わるまで外に出ることも、連絡を取ることも許されない。プロジェクトの一員になった瞬間、“行方不明”として処理されて、全ての記録は抹消、身分も作り直しになるのよ。あなた、家も、江戸川幸高もいらなくなるのよ?」
妃都美は壁に掛けられた結婚写真に視線を移した。
そこには、あふれんばかりの幸福が二人の瞳に宿っていた。
夫の誓いの言葉が鮮明に脳裏に響き、その甘い思い出は今や苦く、そして切なく胸を締めつける。
「もう決めました。明日、書類を取りに行きます」
そう言い切ると同時に電話を切り、相手に説得の余地すら与えなかった。
下の階からブレーキ音が響き、江戸川幸高のすらりとした姿が扉を押し開けた。整った指関節をもつ大きな手で黒いネクタイを引きほどき、そのまま浴室へ向かった。
無造作にハンガーへ掛けられた上着からは、ヴラ・ヴレクスートの新作「FIRE2」の香りが漂っていた。
火照るような熱情を象徴する香り。
彼女のような淡白でつまらない女とは正反対の。
江戸川幸高は簡単にシャワーを浴び、グレーのバスローブをまとって現れた。
ゆるく締められたベルトの隙間から、逞しい胸筋と艶めかしい腹筋がのぞく。濡れた黒髪は無造作に垂れ、立ちのぼる水蒸気がその瞳をより深く、冷ややかに見せていた。
江家の長男、金融界の貴公子――江戸川幸高は、外見も財力も、十分すぎるほどの魅力を備えている。
だがかつて心を奪われた分だけ、今の妃都美には吐き気を催すほどだった。
「何ぼーっとしてる? 見惚れたか?」
江戸川幸高は気怠げに彼女の腰を抱き寄せ、低く艶を帯びた声で囁いた。「俺のこと、恋しかった?」
言葉とともに、大きな手が腰の曲線をなぞって下へと滑り、触れられた肌に生理的な拒絶反応が走った。
温水妃都美は身をかわした。
江戸川幸高の手は空中で止まり、眉間にわずかな皺が寄る。
「どうした? 怒ってるのか?」
妃都美は気持ちを抑えた。感情をぶつけ合って口論するなんて、無意味だ。
胸の痛みを押し隠し、身を屈めてベッドサイドの引き出しから暗証番号の小箱を取り出し、彼に差し出した。
「あなたへのプレゼントよ」