結婚三周年を目前に控えた夜、夫である蕭明隼人がオークションで、世界に一対しかないカシミールサファイアのイヤリング「コスモスパークル」を落札した。
画面の向こうで、彼は誇らしげに告げた。「私がずっと借りがあると感じていた人、すなわち、私の愛する人に贈ります。 」
生中継を食い入るように見つめていた明石凛の瞳から、熱いものが込み上げる。 明日こそ、隼人との三度目の結婚記念日。 彼がようやく心を入れ替えてくれたのなら、待ち続けた日々も報われるというものだ。 隣で見ていた祖母の蕭明御前も、安堵に深く息をついた。
「あの孫もようやく目が覚めたか。 嫁を大事にすることを、やっと覚えたようじゃのう。」
翌日の結婚記念日。
凛が腕によりをかけた料理を食卓に並べ終えた、まさにその時、玄関のドアが開く音がした。
帰宅した隼人を玄関で迎えた凛は、流れるような所作で彼のビジネスバッグを受け取ると、そのまま屈んで革靴を脱がせ、スリッパを差し出した。
「すごいご馳走だな。 今日は何か特別な日だったか? 」
長身で彫りの深い顔立ちをした隼人が、何気なくネクタイを緩める。 その仕草一つでさえ、世の女性を虜にする色香を放っていた。
だが、その一言が、凛の心を瞬時に凍てつかせた。 甲斐甲斐しく動いていた彼女の手が、ぴたりと止まる。 「…… お忘れになったのですか?」絞り出すような声で、凛は問い返した。
隼人が忘れるはずがない。
自分の心を取り戻すために、三億円ものイヤリングを落札してくれたのではなかったのか。
「明石凛」隼人は怪訝そうに眉を寄せた。 「俺が何か覚えておくべきことでもあったか? 」
「あの『コスモスパークル』を落札なさったのは、あなたではありませんでしたか? 」 胸騒ぎを覚えながらも、凛は最後の望みを託して尋ねた。
「君もあのイヤリングを知っていたのか? 」
隼人はわずかに目を見開いた。 家事しか能のない、まるで住み込みの家政婦のような妻が、俗世の事柄に関心を持つとは。
やがて、その口元に軽蔑の笑みが浮かぶ。
凛の顔立ちは決して悪くない。 涼やかな卵型の輪郭に、柳眉、切れ長の瞳。 だが、身なりに頓着しないせいで、まるで盛りを過ぎて色褪せた枯れ花のようだ。
蕭明家の本邸にいる家政婦たちの方が、よほど洗練されている。
そんな夫の心中を知る由もなく、凛の瞳に期待の光が宿る。 「ええ、存じています。 テレビの生中継を見ておりました。 あのイヤリング、本当に…… 」
「あれは清清へのプレゼントだ。 」 凛の言葉を、隼人は無慈悲に遮った。
初恋の人の名を口にする彼の声は、蜜のように甘く響く。「彼女がようやく帰国して、俺とやり直してくれることになったんだ。 何か贈り物をしなくてはと思ってな。 」
世界から、音が消えた。凛の心臓がきしりと軋むような痛みを立て、呼吸が一瞬止まる。 聞き間違いではないか、と自分の耳を疑った。
彼が「借りがある」と言った相手は、かつて自分を捨てた初恋の人、中村秋子だったというのか。
三年間、身を粉にして彼に尽くし、指輪一つ贈られたことのない自分は、一体何だったのだろう。
こみ上げる怒りに、凛は唇を震わせた。 「蕭明隼人、あなたが事故で失明した原因が誰だったか、お忘れになったの? 」