港南市の松岡家、二人の令嬢の誕生日。
一階の大広間は光り輝き、名士たちが集っていた。
だが二階の角には、一年中陽の当たらない物置部屋があった。
藤本玲子はここで十年間暮らしてきた。
「バンッ」という音とともに、ドアが蹴り開けられた。
松岡佳奈は2000万円のオートクチュールドレスを身にまとい、気高い白鳥のように立っていた。
彼女は安っぽいプラスチック臭のする、しわくちゃのドレスを玲子の顔に投げつけた。
「宴会が始まるわよ。お父さんとお母さんが、これを着なさいって。 覚えておきなさい。今夜、あなたは私の引き立て役よ。あんな死んだ顔なんかして、松岡家の名に傷をつけないで!」
玲子は足元に落ちた、糸がほつれている粗悪な布切れを見つめ、指先がわずかに震えた。
二十年前、家政婦の悪意ある取り違えにより、本物の令嬢である彼女は田舎で豚の世話をさせられていた。
十年前、ようやく家に迎え入れられ、これで苦労も報われると思ったが、まさか別の地獄に入るとは思いもしなかった。
この家で彼女は余計な影であり、偽物の令嬢である佳奈こそが、皆にちやほやされる箱入り娘だった。
「まだ着替えないの?私が着せてあげようか?」佳奈は嫌悪感露わに鼻を覆った。「この部屋カビ臭くて、本当に気分が悪いわ」
ドアが乱暴に閉められた。
玲子はゆっくりと立ち上がり、その滑稽でぶかぶかなドレスに着替えた。
一時間後、大広間。
玲子が階段の踊り場に姿を現すと、騒がしかった大広間が一瞬静まり返った。
目障りなほど安っぽいドレスでさえ、彼女の冷たく気高い、俗世を超越した顔立ちを隠しきれなかった。
佳奈の瞳の奥に嫉妬の炎がよぎったが、すぐに偽善的な笑顔を作り、親しげに玲子の腕に絡みついた。「お姉さま、やっと降りてきてくれたのね」
松岡雅志は壇上に立ち、満面の笑みで宣言した。「本日は我が娘である佳奈と玲子の誕生日です。皆様……」
彼の視線が玲子をかすめたが、そこに慈愛は欠片もなく、ただ警告だけがあった。
玲子は静かに立っていた。まるで精巧な操り人形のように。
ちょうどその時、頭上から微かな金属が弾ける音が聞こえた。
彼女は鋭く顔を上げ、瞳孔を収縮させた――巨大なクリスタルのシャンデリアが、今にも落ちそうに揺れていた。
「危ない!」
玲子は本能的に手を伸ばし、傍らにいる佳奈を引っ張ろうとした。
だが、ある人影が彼女より早かった。
「佳奈!」
それは彼女の婚約者、工藤悠真だった。
シャンデリアが落ちる瞬間、悠真はパニックを起こした目で飛び込んできた。 彼は玲子を引っ張るどころか、佳奈をかばう空間を作るため、裏拳で思い切り突き飛ばした!
「どけろ、邪魔だ!」
凄まじい力が襲い、玲子は数歩よろめいて、ちょうどシャンデリアの真下に倒れ込んだ。
クリスタルが砕け散る音が大広間に響き渡った。
激痛が、瞬時に感覚を飲み込んだ。
玲子はシャンデリアの破片に直撃され、血だまりに倒れ込み、視界が鮮血に染まった。
彼女の目には、実の親たちや婚約者が、無傷の佳奈の周りに焦った様子で集まり、気遣う姿が映っていた。
「佳奈、怖かっただろう?」
「悠真、あなたのおかげよ……」
誰一人として、彼女を振り返ろうとはしなかった。
たとえ今、彼女が命の危機にあり、鮮血がその粗悪なドレスを赤く染め上げていようとも。
どうやら、生死の瀬戸際でさえ、彼女にはついでにでも救われる資格すらないらしい。
その瞬間、玲子は氷が割れるように心が砕ける音を聞いた。
***
再び目を覚ますと、そこは冷ややかな病室だった。
家族の姿も花もなく、ドアの外から看護師のひそひそ話だけが聞こえてきた。
「この子、本当に可哀想。運ばれてきた時は血まみれだったのに、家族は誰一人顔を出さないのよ」
「どこかの名家の令嬢らしいけど、付き添いすら雇ってないし、治療費だって警察に催促されてようやく払ったって……」
玲子は天井を見つめ、目尻から一筋の涙を流したが、すぐに手で拭い去った。
十年の媚びへつらい、十年の卑屈な態度は、悠真のあの突き飛ばしで、完全に笑い話と化した。
彼女はスマホを手に取り、佳奈に電話をかけた。
電話の向こうで、九死に一生を得たばかりの佳奈が甘えた声を出した。「もしもし?誰?」
「私よ」玲子の声はしゃがれていたが、骨の髄まで冷え切っていた。「工藤家との婚約はもういらないわ。あなたにあげる」
佳奈は呆然とした。「どういう意味よ?」
「その代わり」玲子は一字一句区切って言った。「私があなたの代わりに、藤本家と結婚する」
藤本家は、港南市の頂点に君臨する名門だ。
そして藤本家の跡取りである藤本竜也は、今年を越せないと噂される短命野郎であり、さらには残忍で傍若無人なイカれ野郎だった。
三日後、婚約者が入れ替わった。
松岡家は待ちきれない様子で、玲子という疫病神を追い出した。
藤本家は反対するどころか、結婚式を半年も前倒しにした。
結婚式当日、出迎えの車列もなければ、ロマンチックな誓いの言葉もなかった。
竜也が危篤状態で救命処置を受ける中、玲子は一人で身代わりの位牌を抱き、嘲笑が飛び交う中、この不条理な婚礼をやり遂げた。
初夜、玲子は一人きりで部屋に取り残された。
それと同時に、港南地下街にある最高級の会員制クラブ。
「若旦那様、これが松岡家から来られた新しい奥様の全資料です」
本革のソファの上で、男が長い脚を組んでいた。
彼は色気を帯びた目元をしていたが、今は世をすねたような暴力的な空気を満たしていた。
竜也は資料をめくり、「臆病で凡庸、言いなり」という評価に目を通すと、鼻で笑った。
「臆病だと?凡庸だ?」
彼の脳裏には、結婚式の監視カメラに映っていた、満座の嘲笑を一人で受け止めながらも、その目は刃物のように冷たかったあの女の姿が浮かんだ。
「案外、俺みたいな短命野郎には、お似合いかもしれないな」