ホテルの広いベッドの脇に、乱れたドレスとくしゃくしゃのシャツが散らかっていた。
荻野七海の手首は大きな手にがっしり掴まれ、意識は激しい薬の作用で朦朧としていた。
喉はカラカラに乾き、全身が熱に浮かされて、ただ抗いようのない力が自分の体を覆ってくるのを感じていた。
その圧倒的な感覚に全身がこわばり、やがて七海は、自分がどうにもならない状況に置かれていることを痛感した。
脳裏に浮かんだのは、妹の荻野結月に唆され、婚約者の藤原陽翔が差し出したあの杯だった。
あのクズ、陽翔が薬を盛らなければ、どうしてこの男の部屋に飛び込んで、こんな目に遭うことになったというのか。
婚約者が表向きは優しく気遣ってくれているふりをしながら、裏では家の養女である結月と関係を持っていたなんて、夢にも思わなかった。
あいつは薬を盛って、自分を陥れようとしたのだ。もし逃げ出していなければ、今ごろ数人のチンピラにひどい目に遭わされていたに違いない。
意識がさらに遠のき、彼女は歯を食いしばって呟いた。「藤原陽翔……」
男の動きが止まり、低く掠れた冷たい声が響いた。「荻野七海?」
彼は自分を知っている?
七海は懸命に目を開け、目の前の男の姿をはっきり捉えようとしたが、底知れぬ冷たさを湛えた暗く濁った瞳が、ぼんやりと見えるだけだった。
彼女は押し寄せる感覚に飲み込まれ、無力にも男の肩に顔を埋めて、荒い息を漏らすしかなかった。
一夜の出来事。
いつ意識を失ったのか、七海には記憶がなかった。次に目を覚ましたとき、全身はひどくだるく、体のあちこちに鈍い痛みが残っていた。
乱れたシーツと、肌に残る生々しい赤い跡を見て、昨夜の記憶がすべて蘇る。
自分は見知らぬ男と、深い関係を持ってしまったのか。
いや、彼は自分の名前を呼んだ。どうやら自分を知っているらしい。
七海の表情はさらに険しくなった。
彼女は荻野家の実の娘だが、幼い頃に取り違えられ、十八歳になってようやく探し出された身だった。
しかし荻野家は彼女に無関心で、むしろ偽のお嬢様である結月を偏愛し、五人の兄たちも結月を守るために、彼女をことごとく敵視していた。
彼女自身は実は気にも留めていなかったし、結月と争うのも面倒だった。だが、自分を陥れようとするなら、簡単に許すつもりはない。
この男も、彼らの計画の一部なのだろうか。婚約者がいながら他の男と関係を持ったと、自分を貶めるつもりなのか。
浴室には明かりが灯り、微かに水の音が聞こえる。あの男はまだシャワーを浴びているらしい。
彼女は唇を引き結んで服を着替え、男の素性を確かめる時間も惜しんで、一刻も早くこの厄介な場所を離れたい一心だった。
しかし、彼女がこっそりドアに近づいた途端、浴室のドアが突然開いた。
低く深みのある声が、かすかな冷たさを帯びて響く。「行くつもりか? 俺が許したか?」
その顔を見た瞬間、七海の顔からさっと血の気が引いた。
なぜ、あのクズ、藤原陽翔の末の叔父——堀北家の当主、堀北洋文なのだ。
彼女は無意識に後ずさったが、手首を男にがっしり掴まれた。
彼はバスローブを羽織っているだけで、黒い髪は無造作にかき上げられ、水滴が顎のラインを伝って滴り落ちている。その姿は、圧倒的な存在感を放っていた。
漆黒の瞳に隠しようのない冷たさを宿し、洋文は笑っているのかいないのか分からない表情で彼女を壁に押し付け、身を乗り出して迫った。「どうした? 荻野さんはこの俺を知らないとでも?」
七海は洋文を知らないふりをしたいと心から思ったが、それは無理な話だった。
昨日は陽翔の誕生日パーティーで、彼女は堀北洋文と顔を合わせている。それだけでなく、洋文は経済ニュースの常連であり、この国で彼を知らない人間などいないだろう。
噂では、この堀北家の当主は冷酷で、その手腕は容赦ないという。長年、堀北夫人の座を狙って彼に近づいた女は数知れず、まともな末路を辿った者は一人もいない。
なんてことだ。どうしてこんな厄介な男に目をつけられてしまったのか。
彼女は心の中で陽翔の先祖十八代まで罵った。あいつが薬を盛らなければ、あの連中から逃れるために堀北洋文の部屋に飛び込むことなどなかったのに。
(この人の手に落ちて、どうすれば……終わった)