ホームページ / 恋愛 / 身代わり秘書を辞めたら、冷酷な財閥総帥に溺愛されました
身代わり秘書を辞めたら、冷酷な財閥総帥に溺愛されました

身代わり秘書を辞めたら、冷酷な財閥総帥に溺愛されました

5.0

3年間、私は原野敦史の公にはできない恋人兼筆頭秘書として、私の全てを彼に捧げてきた。 しかし、私が急性虫垂炎で倒れうずくまっていた時、彼は私を冷たく見下ろした。 「沙織が風邪をひいたらしい。俺は向かわなければならないから、自分でタクシーを呼んで病院へ行ってくれ」 彼はそう言い捨てると、私を置いて空港へと急いだ。 病室のベッドで、私は親友から見せられたSNSの投稿に目を疑った。 そこには、私の亡き父の形見のネックレスを身につけた義妹と、彼女の誕生日を祝う敦史の姿があった。 緊急の出張というのは真っ赤な嘘で、彼は義妹のためにプライベートジェットで飛んでいたのだ。 さらに実の母親からは、事業資金のために借金まみれの男との見合いを強要された。 3年間の献身も、深夜の甘い言葉も、全ては滑稽な茶番にすぎなかった。 私はただ、留学していた義妹が帰国するまでの都合の良い身代わりだったのだ。 私は腕の点滴の針をためらいなく引き抜き、彼らの連絡先を全て着信拒否にした。 父が遺してくれたものは全て私の手で取り戻し、これからは私自身の人生を生きてやる。

目次

身代わり秘書を辞めたら、冷酷な財閥総帥に溺愛されました 第1章 年間の秘密と3日間のカウントダウン

『希子、私が今、羽田空港のVIPラウンジで誰を見かけたと思う?!』

午前1時。原野グループ本社最上階の副社長秘書室に、親友である原野結衣の甲高い声が響いた。中川希子は国際M&A案件の最終確認ファイルを閉じ、デスクの上で光るスマートフォンの画面に視線を落とした。

画面が切り替わり、ラウンジの奥を映し出す。そこには、希子がこの3年間で何十回とアイロンをかけてきたダークグレーのオーダースーツの後ろ姿があった。書類に添えていた指先が、デスクの上でぴたりと止まる。

カメラがズームされる。原野グループの御曹司であり、希子が3年間、誰にも言えない秘密の恋人として支え続けてきた副社長の原野敦史が、小柄な女性の首元に巻かれたカシミヤのマフラーを直していた。その指先の優しさは、希子がこの3年間、一度として向けられたことのないものだった。

女性が顔を上げ、甘えるように微笑んだ。希子の母の再婚相手である鈴木康弘の連れ子で、戸籍上の義妹にあたる鈴木沙織だった。希子が12歳の夏、世田谷の屋敷の屋根裏部屋で敦史を救った「ピアノの少女」——その手柄を横取りし、沙織は彼の初恋の恩人として君臨し続けている女だ。

画面の中で、沙織がつま先立ちになり、敦史の耳元に唇を寄せた。敦史は目尻を下げて笑い、そのまま大きな手で沙織の細い腰を引き寄せ、指先で愛おしそうになでた。

希子の喉の奥がひくりと引きつり、胃の底が重く沈み込んだ。しかし、目頭は熱くならなかった。彼女が最初にしたのは、震えそうになる右手を抑え、スマートフォンをデスクのスタンドに固定して画面録画のボタンをタップすることだった。

敦史の専属秘書になった最初の日から、感情を動かす前に、まず証拠を残すことを叩き込まれていた。

『ちょっと、見てる?! あのクズ男! あんたが先週、39度の高熱を出しながら点滴を打ってまで契約書を書き直してたのに、沙織と海外旅行よ!』

結衣の怒鳴り声がスピーカーから弾ける。希子は冷たくなった指先を握りしめ、短く息を吐いた。

「教えてくれてありがとう、結衣。もう十分よ」

通話を切り、保存された録画データをパソコンの暗号化フォルダへドラッグして移す。それから、スマートフォンのアルバムを開いた。中には、この3年間にこっそり撮り溜めた敦史の横顔や後ろ姿ばかりが並んでいた。ふたりで並んで写った写真は、ただの1枚もない。

希子は画面をスクロールし、それらの写真を上から順番に見つめたあと、「すべて選択」を押してゴミ箱へ入れた。完全に削除するまでの時間は、拍子抜けするほど短かった。

デスクの上で、再びスマートフォンが震えた。画面には「母」の一文字が表示されている。

希子は乾いた唇を湿らせ、声のトーンを普段通りの平坦なものに整えてから、通話ボタンを押した。

「もしもし、お母様」

『明日の午後3時、銀座の料亭「花桐」に来なさい。大和田組の会長、大和田剛造様がお前にお会いになるわ』

実母である永野亜矢の、有無を言わせぬ甲高い声が鼓膜を叩いた。希子は静かに目を閉じた。大和田剛造――六十八歳、頭頂部は禿げ上がり、突き出た腹をした土建会社の会長だ。過去に3度の結婚歴があり、前妻のうち2人は不審死、1人は行方不明になっているという黒い噂が絶えない男だが、義父の鈴木建設が抱える30億円の負債を穴埋めするだけの資金力があった。

「行きません。結構です」

会議の出席を断るかのような、淡々とした口調だった。

『なんですって?! 鈴木家に何年養ってもらったと思ってるの! 今こそお前が恩を返す時でしょう!』

「恩返しですか? 私の父が遺したロイヤルクレストホテルの株式だけで、お義父様たちへの恩とやらはとっくに返し終わっているはずですけれど」

希子が背筋を伸ばして言い返すと、電話の向こうが2秒間だけ不気味に静まり返った。亜矢が本当に欲しがっているのは、娘の玉の輿などではない。希子にホテルの議決権放棄の書類へサインさせ、亡き実父・中川宗一郎が生涯をかけて築き上げたホテルを鈴木建設の資産に組み込むことだ。

『中川希子、よく聞きなさい。もし明日、大和田様の前に現れなかったら、世田谷のあの古い屋敷を明後日には重機で取り壊して、高級マンションに建て替えてやるわ!』

「……っ」

希子の息が詰まった。世田谷の旧邸は、亡き父が遺してくれた最後の思い出の場所であり、幼い頃、母の目を盗んで祖母とピアノを弾いた唯一の安らぎの場所だった。

希子は何も言い返さず、そのまま通話を切った。パソコンの画面を開き、昨年密かにコピーしておいた『遺言代用信託契約書』のスキャンデータを呼び出す。

そこには、父・宗一郎が生前、松林信託銀行と結んだ条項が明記されていた。ロイヤルクレストホテルの議決権付株式51パーセントは、受益者である中川希子が二十八歳の誕生日までに婚姻届を提出した場合にのみ交付される。もし期限を過ぎれば、株式は実母・永野亜矢へ自動的に移転する。

パソコンの画面の右下に、カレンダーの通知がポップアップした。二十八歳の誕生日まで、残り3日。

希子は椅子の背もたれに身を預け、3秒間だけ目を閉じた。たった3日で母を説得することは不可能であり、ましてや敦史に頼ることなど論外だ。先週、関係だけでも公表してほしいと頼んだ時、敦史は眉間を揉みながら冷たく言い放ったのだ。「希子、俺を困らせるな。今の俺の立場では、スキャンダルになるような真似は一切できないんだ」と。

誰かの施しを待つことは、父の遺産をみすみすドブに捨てることと同じだ。今すぐ必要なのは、愛も干渉も求めない、戸籍上の夫という「道具」だけだった。

希子はスマートフォンを手に取り、先週登録したばかりの仲介人の番号をタップした。

「夜分にすみません、山路さん。候補者の絞り込みをお願いします。条件はひとつだけ――私の感情を一切必要としない人です」

『中川様、いくらなんでも3日でその条件は厳しすぎます……。お相手がそもそも、女性にまったく興味のない方でもない限りは』

山路の困惑した声を聞きながら、希子の視線はデスクの端に置かれた、コーヒーの染みがついた週刊誌の表紙に止まった。そこには、『赤井財閥の次男・赤井翔、深夜の会員制クラブでまたも乱痴気騒ぎ』というけばけばしい見出しが躍っていた。

希子は片手でページをめくり、ゴシップ記事の文字列を目で追った。定職に就かず、親族からの見合い圧力に反発し、これまで一度もまともな恋人の噂がない。そして記事の末尾にあった、『親しい同性の友人にしか心を開かないとの噂も』という一文の上で、希子の冷え切っていた指先が止まった。

彼女の瞳に、初めて強い光が宿った。

「山路さん、赤井家の窓口に連絡を取ってください。期間は1年、互いの私生活には一切干渉しない条件で、契約結婚を申し込みます」

受話器の向こうで、山路が息をのむ音がした。そのまま電波が途切れたかと思うほど長い沈黙が、深夜のオフィスに流れ続けた。

続きを見る
img レビューを見る
蒼海本棚
アプリをダウンロード
icon APP STORE
icon GOOGLE PLAY