スマホの画面が明るくなった瞬間、星野凛は作りかけのウェディングドレスに身をかがめ、ウエストラインを調整していた。
プッシュ通知のタイトルは、まるで毒を塗ったナイフのように、彼女の瞳に突き刺さった。
【結城グループ社長・結城司と芳賀グループの令嬢・芳賀莉子が正式に婚約、挙式は来月15日に決定】
添えられた写真は横から撮影されたものだった。スーツをスマートに着こなした司がホテルの廊下に立ち、その隣で莉子が彼の腕に手を絡め、上品で控えめな笑みを浮かべている。
凛は一瞬手元を狂わせ、針先が指先に深く突き刺さった。
血の粒が瞬時に湧き出し、純白のウェディングドレスに滲んでいった。
彼女は指先を口に含み、鉄錆のような生臭い甘さを味わった。
ひどく痛んだ。
だが、それ以上に痛むのは胸の奥だった。
昨夜、2人はまだこのアトリエで愛し合っていた。
彼は凛を掃き出し窓に押し付け、背後から腰を抱きしめ、薄い唇を耳たぶに寄せて、あの極めてセクシーな低音で囁いた。「星野凛、お前は俺のものだ。永遠に」
永遠に。
その言葉が、今となっては滑稽なジョークのように聞こえた。
まさか彼が、自分に黙って他の女と婚約していたとは。
3年前、彼女の両親の会社は資金繰りに行き詰まり、融資を頼みに行く途中で交通事故に遭って即死した。
同乗していた弟の翔は重傷を負って意識不明となり、ICUの費用は湯水のように、この壊れかけた家庭を食い潰していった。
そんな時に現れたのが、司だった。
彼はすべての医療費を肩代わりし、両親の葬儀を執り行うのを手伝い、彼女が人生で最も暗い日々を乗り越えるのを支えてくれた。
彼女は彼に感謝し、依存し、自然な流れで彼の女になった。
後になって知ったことだが、司が自分を選んだのは、遠くへ去ってしまった彼の初恋の相手に似ていたからに過ぎなかったのだ。
司は、天の寵児だった。 結城グループの社長であり、ビジネス界のトップクラスの資源をすべて手中に収めていた。
彼が注ぐ寵愛はあまりにも細やかで行き届いており、凛は危うく忘れかけるところだった。自分たちの間には、永遠に越えられない深い溝があるということを。 どれほど愛されていようと、彼が妻に迎えるのは、家柄の釣り合う名家の令嬢でなければならないのだ。
コンコンというノックの音が、思考を引き戻した。
店長の琴音がひょっこり顔を覗かせた。「オーナー、ご予約のお客様がお見えです。オーナーに直接ウェディングドレスのデザインをお願いしたいとのことですが」
「どうぞ」 凛は素早く感情を整えた。
彼女が顔を上げると、若い女性の笑顔と目が合い、息が止まった。
莉子。 司が婚約したばかりの、未来の花嫁。
「星野デザイナー、お噂はかねがね」 莉子はしとやかに歩み寄り、品定めするような視線を向けた。「私の婚約者が、あなたの作品にはセンスがあると言っていたので、ぜひあなたにウェディングドレスを仕立てていただきたくて」
凛の爪が、手のひらに深く食い込んだ。
(結城司、あなたはわざとやっているの?)
アトリエのルールでは、手付金の支払いと契約書の締結が済めば依頼を受けなければならず、拒否する権利はなかった。
だが、自分の男を奪った女のために、この手でウェディングドレスをデザインするなんて、殺されるよりも残酷な仕打ちだった。
その時、外から急ブレーキの音が響いた。
司が険しい表情で車から降りてきた。その冷徹な顔つきは、恐ろしいほどだった。
彼は重要な取締役会の最中だったが、秘書から莉子が凛のアトリエに向かったと聞き、会議を途中で放り出して、赤信号を3つも無視して車を走らせてきたのだ。
デザイン室のドアを開け、2人が対峙しているのを目にすると、瞳の奥に暗い光を宿らせ、莉子を鋭く睨みつけた。
「星野さん、それじゃあ私はこれで」莉子はサングラスをかけ、余裕たっぷりの笑みを浮かべて言った。「明日、ドレスのデザインを選びに来るから、それまでに私の婚約者と結婚式のスタイルについて話し合っておいて。 2人でゆっくり話してね」
彼女が立ち去り、デザイン室のドアが閉まると、室内の空気は一瞬にして凍りついた。
2人は見つめ合った。
「凛、実は俺と芳賀莉子は……」
「司、私たち別れましょう」
2人の声が同時に重なった。
司の表情が瞬時に凍りつき、その声は氷のように冷たかった。「何と言った? もう一度言ってみろ」
凛の瞳には何の動揺もなく、淡々と言った。「ずっと片思いしていた幼馴染が帰ってくるの。彼と結婚するつもり。 お互い、綺麗に別れましょう」
結城司は一歩詰め寄り、その長身から危険なオーラを放った。
彼は手を伸ばし、かつて何度もそうしたように彼女の顔を包み込んだ。しかし今回は、指先に怒りの力がこもっていた。「好きな男がいるだと? なら、俺と過ごしたこの3年間は何だったんだ!?」
凛は彼の視線を受け止め、一歩も引かなかった。「あなたが言ったはずよ。あなたが結婚する時は私が身を引く、絶対に執着しないって」
司は怒りのあまり冷笑を浮かべ、その瞳には一片の温もりもなかった。「いいだろう、星野凛。今日言った言葉、忘れるなよ。 お前のそのプライドが、いつまで持つか見ものだな」
彼は手を放すと、冷酷に背を向け、大股で出て行った。