ホームページ / 恋愛 / 冷酷総帥と結ぶ復讐の契約
冷酷総帥と結ぶ復讐の契約

冷酷総帥と結ぶ復讐の契約

5.0

結婚五周年の記念日、私は夫へのサプライズとして「婚姻届受理証明書」を取りに区役所へ向かった。 しかし、窓口の職員から告げられたのは、予想だにしない言葉だった。 「システム上、大島様は現在『未婚』となっております。婚姻の記録は一切存在いたしません」 頭が真っ白になったまま夫の会社へ向かうと、そこには帰国したばかりの彼の「妹分」と車内で貪るようにキスをする夫の姿があった。 この五年間、私が捧げた献身はすべて法的に無効だったのだ。 それどころか、彼らは私を都合の良い家政婦として扱い、さらに私の親友である産婦人科医まで買収していた。 私が「妊活のサプリ」だと信じて毎日飲まされていたのは、強力な長期避妊薬だった。 夫も、義母も、親友も、全員がグルになって私を騙し、妹分の隠し子を跡継ぎにするための隠れ蓑として私を利用していたのだ。 彼らは私を、身寄りのない無力な孤児だと思い込み、時期が来れば手切れ金で追い出せる捨て駒だと見下している。 だが、彼らは一つだけ致命的な勘違いをしていた。 私の本当の身分は、日本屈指の巨大財閥・大島グループの正統なる長女だということを。 私は涙を拭い、五年間封印していた兄の番号を呼び出した。 「お兄様、私を裏切った者たちを一番高い場所から叩き落としたいの」 羊の皮を脱ぎ捨てた私の、完璧な復讐劇が幕を開けた。

目次

冷酷総帥と結ぶ復讐の契約 第1章 砕かれた五年の虚夢

「千尋、すまない。急な案件が入って、今夜のディナーは遅れそうだ。家で待っていてくれ」

スマートフォンの冷たい画面に表示されたメッセージを見つめ、大島千尋は左手薬指にはめた細いプラチナリングを無意識に撫でた。

五年前、小さなチャペルで伊藤和宏が千尋の指に滑り込ませた指輪だ。決して高価な品ではなかったが、身寄りのない千尋にとって、それは世界で唯一の居場所を与えられた証だった。

胸の奥にすっと隙間風が吹き抜けたが、千尋はすぐに小さく首を振った。

(和宏さんは会社のために必死で戦っているんだもの。私ひとりで寂しがっている場合じゃないわ)

今日、五月十四日は二人の五回目の結婚記念日だった。

千尋はクローゼットから、和宏が好きだと言ってくれた淡い水色のワンピースを選び、丁寧に身にまとった。鏡に映る自分は、どこからどう見ても慎ましやかで、絵に描いたような従順な妻そのものだった。

落ち込んでいる暇はない。千尋はふと思い立ち、バッグを手にした。

今夜のサプライズとして、区役所で新しい住民票を取得するついでに「婚姻届受理証明書」を額装してプレゼントしようと考えたのだ。五年間の歩みを公的な証書として形に残せば、仕事に追われて疲れ切っている夫も、きっと笑ってくれるはずだった。

マンションのエントランスホールに降りると、壁に埋め込まれた大型モニターから華やかな音楽が流れていた。

朝の情報番組が、新進気鋭のジュエリーデザイナーとして脚光を浴びる徳永愛莉の帰国特集を放送していた。

「――海外での目覚ましい活躍を経て、ついに凱旋帰国を果たした徳永愛莉さんです!」

画面の中で艶やかな巻き髪を揺らし、完璧な笑みを浮かべていた愛莉。千尋の胸に、誇らしさと懐かしさが湧き上がった。

愛莉は和宏の親戚筋にあたり、幼い頃から伊藤家で妹のように育った女性だった。五年前、千尋と和宏が結婚したのとほぼ同時期にデザイン留学へと旅立ち、最近になって帰国したばかりだった。留学費用の一部を用立てたのは、他ならぬ千尋だった。実の妹のように思っていたからこそ、彼女の成功は自分のことのように嬉しかった。

外へ出ると、初夏の強い日差しがアスファルトを白く照らし出している。千尋はタクシーを拾い、渋谷区役所へと向かった。車窓を流れる東京の街並みを眺めながら、額に入れた証明書を手渡したときの和宏の驚いた顔を想像して、自然と口元が綻んだ。

午前十時過ぎの区役所は、週明けの割に混雑していなかった。戸籍係の窓口で番号札を引き、千尋は呼ばれるのを静かに待った。

「四十二番の方、窓口へどうぞ」

千尋は立ち上がり、軽やかな足取りでカウンターへ向かった。

「おはようございます。婚姻届の受理証明書を発行していただきたいのですが」

千尋は身分証を差し出し、丁寧に頭を下げた。対応した若い男性職員は「かしこまりました。少々お待ちください」と職業的な笑顔を浮かべ、端末のキーボードを軽快に叩き始めた。

しかし、最初はリズミカルだったキータッチの音が、一分、二分と経つうちに次第に途切れがちになっていった。

職員の眉間に、微かな歪みが生まれた。画面を覗き込み、首を傾げ、千尋の身分証と照らし合わせる動作が何度も繰り返された。

「あの……何か不都合でもありましたか?」

千尋の胸の奥で、小さな警鐘が鳴った。

職員は困惑を隠せない様子で、千尋の顔をじっと見つめた。

「失礼ですが、お名前は大島千尋様で間違いございませんか? 配偶者とされる方は、伊藤和宏様……」

「はい。五年前の今日、婚姻届を提出したはずですが」

職員はためらいがちに言葉を濁し、声を潜めて言った。

「大変申し上げにくいのですが……システム上の記録では、大島様は現在『未婚』となっております。伊藤和宏様との婚姻の記録は、過去に遡っても一切存在いたしません」

鼓膜を打った言葉の意味を、脳が理解するのを拒絶した。

世界からすべての雑音が消え去り、職員の唇の動きだけがスローモーションのように視界に焼きついた。

「……え? そんなはずは……」

千尋の喉から、かすれた声が漏れた。手足の先から急速に温度が奪われていった。

「私たちは五年前の今日、確かに式を挙げました。夫が……和宏さんが、届け出は責任を持って出しておくと言ってくれて……」

「大島様、落ち着いてください。結婚式と法律上の手続きは別物です。もしご本人が提出されておらず、お相手の方に一任されていたのであれば……提出そのものがなされていなかった可能性がございます」

職員の同情に満ちた視線が、千尋の肌をじりじりと灼いた。

提出されていない。

五年間の結婚生活。

毎朝作り続けた朝食、毎晩揃えて待っていた革靴、妻として尽くした日々。

そのすべてが、法的には何の効力もない、ただの同居人に過ぎなかったというのか。

千尋はどうやって窓口を離れ、区役所の自動ドアを出たのかすら覚えていなかった。

頭上から降り注ぐ太陽光が、恐ろしいほど冷たく感じられる。胃の底が激しく収縮し、吐き気がこみ上げる。

スマートフォンを握りしめた指先が、激しく震えた。和宏の番号を表示させ、発信ボタンを押そうとした。しかし、親指が画面に触れる寸前で止まった。

(電話して、何て聞くの? 「どうして届けを出していないの」って? それで彼が「忘れていただけだ」と言い訳したら、私はそれを信じるの?)

千尋は荒い息を吐きながら、無意識のうちに歩き出していた。足が向かった先は、和宏が経営する会社――イトウ・コーポレーションの本社ビルだった。

地上二十階建てのモダンなオフィスビル。その堂々たる姿を見上げた瞬間、千尋の足は鉛のように重くなった。正面エントランスから入る勇気が出ず、道路を挟んだ向かい側のカフェの植え込みの影に立ち尽くした。

その時だった。

地下駐車場から、見覚えのある黒塗りのレクサスがゆっくりと姿を現した。和宏の愛車だった。

車はエントランス前のロータリーに一時停止した。運転席の窓がわずかに開き、見慣れた横顔が見えた。和宏だった。急な案件で忙しいはずの夫が、なぜこんな時間に車を出しているのか。

疑問を抱いた次の瞬間、ビルの回転ドアから一人の女性が小走りで現れた。

つばの広い帽子を目深に被り、高いヒールを鳴らして歩くその女性――徳永愛莉だった。

愛莉は迷うことなく助手席のドアを開け、中へと滑り込んだ。

千尋の心臓が早鐘のように打ち鳴らされた。植え込みの葉を指先で握り潰しながら、千尋は目を凝らした。

車内にはスモークフィルムが貼られていたが、フロントガラス越しに二人の姿がはっきりと見えた。和宏が愛莉の肩を抱き寄せ、愛莉が甘えるようにその首へ腕を巻きつけた。

そして、二人の唇が重なった。

それは兄と妹などという生ぬるいものでは断じてなかった。互いの息を奪い合い、肉体を貪るような、濃密で生々しい情熱の交歓。

千尋の喉から短い悲鳴が漏れそうになり、両手で必死に口を塞いだ。奥歯を強く噛み締めすぎて、口内に鉄の味が広がった。

唇を離した愛莉は、バッグから小さなクマのぬいぐるみを引き出し、和宏の胸元をそれで軽く小突いた。車のサンルーフがわずかにチルトアップされており、初夏の生温かい風に乗って、二人の笑い声が千尋の耳に届いた。

「……ゆうくん、パパからのお土産、すごく喜ぶと思う」

愛莉の甘ったるい声。

和宏は愛おしそうに愛莉の髪を撫で、吐き捨てるように呟いた。

「もうすぐだ、愛莉。祖父との五年の約束が今日で終わる。千尋のことは手切れ金を渡して穏便に片付けるから……もう少しだけ我慢してくれ。あいつは何も疑っていない、扱いやすい女だ」

「信じてるわ、和宏さん。私とゆうくんを、早く本当の家族にしてね」

レクサスは滑らかなエンジン音を響かせ、初夏の並木道へと走り去っていった。

千尋は背後のコンクリート壁にもたれかかり、そのまま力なく崩れ落ちた。

ゆうくん。愛莉が未婚の母として産んだとされる、三歳の男の子。

その父親が誰であるのか。

なぜ和宏が頑なに千尋との子供を欲しがらなかったのか。

なぜ義母は千尋に対して常に冷酷で、愛莉の帰国ばかりを心待ちにしていたのか。

すべての破片が一瞬にして噛み合い、完璧な一枚の地獄絵図を完成させた。

五年間。

千尋が捧げた愛も、献身も、若さも。

すべては愛莉と彼女の子供を伊藤家の後継者として迎え入れるための、都合のいい隠れ蓑に過ぎなかったのだ。

指先の温度が完全に消え去り、胸の真ん中に冷たい氷の塊が居座ったような感覚がした。涙は一滴も出なかった。あまりの絶望と裏切りの深さに、千尋の中で何かが音を立てて断ち切られた。

千尋はゆっくりと立ち上がった。汚れた水色のワンピースを手で払い、深く、深く息を吸い込んだ。

瞳の奥から、かつての温かな光は完全に消え失せていた。

そこにあるのは、絶対零度の静寂と、冷徹なまでの決意だった。

千尋はバッグからスマートフォンを取り出した。和宏の番号ではない。記憶の底に封印していた、別の番号を呼び出すために――。

続きを見る
img レビューを見る
冷酷総帥と結ぶ復讐の契約
第1章 砕かれた五年の虚夢
今日12:39
冷酷総帥と結ぶ復讐の契約
第2章 地獄から戻りし者
今日12:39
冷酷総帥と結ぶ復讐の契約
第3章 王札との密約仮面の帰還
今日12:39
冷酷総帥と結ぶ復讐の契約
第4章 朝食会の毒盃
今日12:39
冷酷総帥と結ぶ復讐の契約
第5章 牙を抜かれし鳥の企み
今日12:39
冷酷総帥と結ぶ復讐の契約
第6章 罪悪の足枷分断の美学
今日12:39
冷酷総帥と結ぶ復讐の契約
第7章 盤上の覇者王手への誘い
今日12:39
冷酷総帥と結ぶ復讐の契約
第8章 偽りのプロポーズ甘美なる処刑
今日12:39
冷酷総帥と結ぶ復讐の契約
第9章 牙を剥く蛇無垢なる刃
今日12:39
冷酷総帥と結ぶ復讐の契約
第10章 白日の鉄槌利息の始まり
今日12:39
冷酷総帥と結ぶ復讐の契約
第11章 最後の慈悲:この退職届にサインを
今日13:34
冷酷総帥と結ぶ復讐の契約
第12章 見えざる婚約者:甘い毒薬の贈り物
今日13:34
冷酷総帥と結ぶ復讐の契約
第13章 奥様会の罠:崩れ落ちたバースデーケーキ
今日13:33
冷酷総帥と結ぶ復讐の契約
第14章 罪の転嫁:幼き刺客の涙
今日13:33
冷酷総帥と結ぶ復讐の契約
第15章 監視カメラの告発:沈黙の証人
今日13:33
冷酷総帥と結ぶ復讐の契約
第16章 愚者の断罪:あなたの息子は誰の子?
今日13:33
冷酷総帥と結ぶ復讐の契約
第17章 仕組まれた追突事故:白馬の王子様の登場
今日13:33
冷酷総帥と結ぶ復讐の契約
第18章 隣室の婚約者:暴かれた映像証拠
今日13:33
冷酷総帥と結ぶ復讐の契約
第19章 勝者の戯れ:ゲームの夜と敗者の嗚咽
今日13:33
冷酷総帥と結ぶ復讐の契約
第20章 愚者の円舞曲:あなたの知らない真実
今日13:33
冷酷総帥と結ぶ復讐の契約
第21章 真実の棘:再生された悪意のシナリオ
今日14:05
冷酷総帥と結ぶ復讐の契約
第22章 愚者の断罪:自滅へのプレリュード
今日14:05
冷酷総帥と結ぶ復讐の契約
第23章 罪悪感の値段:歪んだ償いの始まり
今日14:05
冷酷総帥と結ぶ復讐の契約
第24章 倹約家の仮面:反撃への巧妙な布石
今日14:06
冷酷総帥と結ぶ復讐の契約
第25章 女王の戴冠:Mclarenと中古のAudi
今日14:05
冷酷総帥と結ぶ復讐の契約
第26章 共犯者の囁き:事故物件という名の贈り物
今日14:05
冷酷総帥と結ぶ復讐の契約
第27章 二つの契約:空虚な約束と未来への投資
今日14:05
冷酷総帥と結ぶ復讐の契約
第28章 閉ざされた寝室:書斎で眠る夫の屈辱
今日14:05
冷酷総帥と結ぶ復讐の契約
第29章 黒いカードの支配者:社交という名の戦場へ
今日14:05
冷酷総帥と結ぶ復讐の契約
第30章 女王の帰還:発注者という名の絶対権力
今日14:05
冷酷総帥と結ぶ復讐の契約
第31章 偽りのディナー:白金のブローチと狼の視線
今日14:49
冷酷総帥と結ぶ復讐の契約
第32章 復讐のプレリュード:盗み聞かれた甘い地獄
今日14:49
冷酷総帥と結ぶ復讐の契約
第33章 地獄のフラッシュ:クローゼットの女王様
今日14:49
冷酷総帥と結ぶ復讐の契約
第34章 救世主の仮面:王様を待つゲーム
今日14:49
冷酷総帥と結ぶ復讐の契約
第35章 青いドレスの亡霊:クローゼットのささやき
今日14:49
冷酷総帥と結ぶ復讐の契約
第36章 王のいない玉座:共犯者のチェスゲーム
今日14:49
冷酷総帥と結ぶ復讐の契約
第37章 爪楊枝の墓標:録画された醜態
今日14:49
冷酷総帥と結ぶ復讐の契約
第38章 奪われた玉座:研修という名の屈辱
今日14:49
冷酷総帥と結ぶ復讐の契約
第39章 盗まれた企画書:自滅へのカウントダウン
今日14:49
冷酷総帥と結ぶ復讐の契約
第40章 裏切りの弁護:絶望の淵に射す歪な光
今日14:49
ManoBook
アプリをダウンロード
icon APP STORE
icon GOOGLE PLAY