(キャサリン視点)
今日、私はデリックと七度目の結婚式を挙げる。
高熱をこらえながら、式場の隅々まで自分の目で確かめて回った。
なのにデリックはこちらのことなど気にも留めず、控え室で血のつながらない妹――カーミラの世話にかかりきりだ。
周りでは、招待客たちが声をひそめて噂し合っていた。
「これでもう七回目でしょ? 今日の式、ちゃんと最後までいくと思う?」
「さあね。またカーミラさんが都合よく具合を悪くしたら、うちのアルファ様は今度もその場で式から逃げ出すんじゃないか」
「別にいいだろ。どうせキャサリンはアルファにべた惚れなんだ。百回置き去りにされたって諦めやしないさ」
私がデリックを心から愛していることは、誰もが知っている。
けれど付き合って三年、彼はカーミラのために、私たちの結婚式を何度も直前で取りやめてきた。
アルファである彼に拒まれるたび、私は死んだほうがましだと思うほどの痛みに襲われ、ベッドから起き上がることさえできなくなった。
それなのに、デリックの口から出てきたのはこんな言葉だった。
「あいつはただの妹だ! 小さい頃から体が弱いんだから、俺が少しくらい多めに面倒を見て何が悪い? お前はいずれブラッドムーンの群れのルナになるんだぞ。群れの仲間なら誰だろうと、無条件で受け入れられるようになれ!」
「カーミラは本当に病気なんだ。なのにお前は毎回毎回、そんな弱ったふりをして誰に見せるつもりだ? 狼を宿してもいないお前に、痛みなんか感じられるわけがないだろう。 そんな嘘で同情を引こうとするな!」
彼は私を突き放し、私の痛みを見て見ぬふりをした。この関係をつなぎ止めるために、私が頭を下げて彼に謝り、カーミラにまで謝って――そこでようやく、彼は施しでもするように私を許すのだった。
私は目を閉じ、目の奥にこみ上げる熱を押し戻した。
今日でもう七回目の儀式だ。ただ、この茶番がどうにか無事に終わってくれることだけを願っていた。
けれど、儀式が始まる直前。現れるはずのデリックは、またしても土壇場で式を取りやめた。
招待客たちはとうに予想していたのだろう。ぞろぞろと帰りはじめる。
急いで控え室へ駆けつけると、彼がカーミラを抱き上げて出ていこうとしているところだった。
「カーミラがアレルギーを起こしたんだ! かなり危ない状態だから、すぐ病院に連れていかないと!」
デリックの目には焦りと苛立ちしかなかった。「今回の式は中止だ。埋め合わせに、次にまた式を挙げてやるから」
「次?」
私はきつく唇を噛んだ。目の縁が赤くなっていくのが自分でもわかる。
「約束してくれたじゃない。 月の女神に誓ったでしょう? これが最後だって。もう二度と、私たちの結婚式を台無しにしたりしないって……」
その言葉で、デリックは完全に逆上した。
彼は憎々しげに私をにらみつけた。まるで私が彼の番ではなく、仇でもあるかのように。
「急なことなんだから仕方ないだろう! カーミラは今、命が危ないんだぞ! あいつの体と、くだらない儀式と、どっちが大事なんだ?!」
彼はさらに声を張り上げた。その一言一言が、容赦なく胸をえぐる。
「キャサリン、お前がカーミラを嫌ってるのは知ってる。だが、少しは人の心ってものがないのか?! あいつが目の前で死ぬのを見届けなきゃ気が済まないっていうのか?! ぞっとするほど性悪な女だな!」
性悪?
そういうこと。彼の目には、自分の結婚式を最後まで挙げたいと願うことさえ、性悪に映るのだ。
以前の私なら、きっと声を荒らげて食ってかかっていた。取り乱して泣き崩れ、彼の袖にすがって、どれほど痛いのかを訴えただろう。儀式がなければ、私はもう本当に持ちこたえられないのだと。
彼を愛していたから。彼はカーミラに目をくらまされているだけだと、信じていたから。
けれど今、ほかの女のために険しい目で私をにらむ彼を見ていると。私を責め立てるばかりの声を聞いていると。
なぜか心が、しんと静まり返っていった。
私は彼の目をまっすぐに見た。自分でも信じられないほど、落ち着いた声が出た。
「あなたの言うとおりね。彼女の体のほうが大事だわ。連れていってあげて」 そう言って一歩下がり、彼に道を空けた。
デリックは呆気に取られたように固まった。
私がまだすがりつくものと身構えていたのだろう。叱りつける言葉はもう喉まで出かかっていたのに、こうもあっさり引き下がるとは思ってもいなかったらしい。
「やっと聞き分けがよくなったな、キャサリン」 彼は心底ほっとしたように息をつき、声まで和らげた。「心配するな。カーミラが持ち直したら、次こそ必ず約束を守る。これ以上ないくらい盛大な式にしてやるから」
次。
いつだって、次。
私は彼を見つめたまま、ふっと小さく笑った。
「次なんてもういらないわ、デリック。あなたがいなくたって、新しい花婿くらい見つけられるもの」 私は静かにそう告げた。
けれど、その声はもうデリックに届いていなかった。
彼はカーミラを抱えたまま、私に冷たく背を向けて廊下の奥へ駆けていった。
その後ろ姿が視界から完全に消えるまで、私は醒めた目で見送った。
涙はこぼれない。取り乱しもしない。
私はウェディングドレスの隠しポケットからスマホを取り出し、迷いなく指を動かして、長いこと眠らせていた番号に発信した。
相手は、ほかの誰でもない。
デリックの生涯最大の宿敵――シャドウの群れのアルファ、クラウスその人だ。
冷血で残忍、容赦のないやり口で知られる男。そのうえ極端に女を寄せつけず、彼の半径三メートル以内に近づけた女はひとりもいない、という噂まである。
――半年前の、あの晩餐会を除いては。
あの夜も、デリックはカーミラからの電話一本で、有力者ばかりの宴会場に私をひとり置き去りにした。おかげで私は、その場にいた全員の笑いものになった。
居たたまれなくなって逃げ出そうとした、そのとき。グラスを手にしたクラウスが、私の前に立った。
そして衆人環視の中、遠慮のかけらもなくデリックをあざ笑ったのだ。
「自分の番ひとつ平気で放り出す能無しが、アルファとは笑わせる」
「このクラウスなら、番を捨てるなんて胸くその悪い真似は絶対にしない。 キャサリン、こんな能無しに愛想が尽きて、俺に嫁ぐ気があるなら――今すぐにでも娶ってやる」
宴会場は水を打ったように静まり返った。
誰もがわかっていた。クラウスがあんなことを言ったのは、人前でデリックの顔に泥を塗り、その神経を逆なでするために過ぎないと。
もちろん、私も本気になどしていなかった。
けれど今、その冗談が、私に残されたたったひとつの命綱だった。
電話がつながった。
「はい」
低く、ひどく威圧的な男の声が受話口から響いて、鼓膜がびりびりとしびれた。
私は深く息を吸い、ためらうことなく切り出した。
「クラウス。半年前、あなたがみんなの前で言ったこと――今でも有効?」
「デリックとは別れたの。今、新しい花婿が必要なのよ」
たっぷり五秒、沈黙が続いた。
やがて受話口の向こうから、喉の奥で転がすような、剣呑な含み笑いが聞こえてきた。
「キャサリン。自分が誰にものを頼んでいるのか、わかっているんだろうな? 本当に俺に嫁ぐなら、もう後戻りはできないぞ。 後悔するなよ」
鏡に映る自分を見つめる。純白のウェディングドレスを着ているのに、その顔からは血の気が失せていた。私は淡々と問い返した。
「あなたなら、ほかの女のために式の直前で自分の番を捨てる?」
「するわけがない」クラウスの声が、たちまち鉄のように冷たく硬くなる。頂点に立つアルファならではの傲慢さがにじんでいた。「そんなのは腰抜けのやる愚かな真似だ」
「いいわ」
鏡の中の自分に向かって口角を上げ、私は艶やかに、きっぱりと笑ってみせた。
「ブラッドムーン礼拝堂まで迎えに来て。 後悔なんて、私は絶対にしないから」