風を切りながら全快速で走っているそれは、煤を溶かしたようなどす黒い空気を吐きながら隣町へと向かっている。丸一日掛けて、首都から四つの町を巡らんとしているその昼汽車。人数はまばらで、これから増えたり減ったりするのだろう。閑散とした車内で、走行する鼓動を感じながら、私は終着駅へと向かうためこの列車に乗っ
景を感じるためではなかった。なので、景色を楽しむという感覚がどういったものなのか、よく分からない。万が一に備え、見えた地形がどんなもの
い私にはとても不釣り合いで、むずがゆい。短刀すら貫通する、布地の衣服。不安が喉元を締め付けてきて、苦しい。防具のない移動というのは、こんなに私を翳らせるのかと。マントのフー
た、というだけ。土地に愛着もない、と思う。ただ、この国に私は拾われた。孤児として五歳から兵士として生きることを運命づけた、私の故郷だ。生まれを誹られようが、髪の色を蔑まれようとも。私が帰る郷里はここしかない。この街し
たことをやるだけの存在。大して振り返る意味はない、戦ってい
生だと改めて確認しただけだった。思い起こす事も然程
私のこれまでに彩を付けるなら、きっとその二つのどちらかだろう
。いま、いくつ駅を越えただろうか。気が付けば閑散としていた車内には人が幾人もいて、少なくとも
失
のすぐそばで
ん彼女とは初対面で、恨みを買うような行いもしていない。そう感じたのはきっと、彼女の銀色の髪が私自身を連想させたからだろう。白銀はフリストレールの国民が持つ髪色ではない。この国にその色は私しかいない。なので一瞬私が見つめているのかと
席は空いて
いうほどではないが、どのボックスシートにも人が座っている
空いてい
って
に私の大荷物が鎮座している。従ってその手に持ったアタッシュケースは隣に置いて
め、美に対する選定眼などなく所感ではあるが。彼女は美しい女性だと思う。涼しく刺すような切れ長の目と背中まで伸びた銀
甚だ分からなかった。どこか遠くからの観光客だろうか。私を貶めるものの一
ないで眺め入っていた。見つめるという意識すらしておらず、
に付いて
かないなんて。相手に不信感を与えたことも相まって、兵士として浅はかに
そのよう
らした。軍であれば顔面に一撃を貰えばそれで終わり
ていたのは、
が散っているようで、儚さすら感じさせた。どうして、その髪色を以て堂々と
しい
トレールは茶色
先ほどから視線
らさきほどから聞こえる吐息のような私語(
ないわ。これがわたしなのだから、侮辱で
言葉すらなかった。分からないなら暴力で解決してしまえ
をしているため、不自然さが彼女に生まれてもおかしくない。だから、意図的に沈黙する。いったん
となど考慮する必要はない。分からないことは
起こる。奇異の目、彼女の銀髪を誹る声。私には最早慣れたもので空気のようなものなの
眺める。飛び去る景色は何もかもが速く、詳しい地形は把握出来ない。草原が、木々が、畦道が、そしてその
霊がボックスシー
精ひげを生やしたその男。フリストレールの市民だろうか、彼女の髪
である。かくして白銀は嫌悪され、国内においてその髪色は排他された。別にこの歴史のことを学んだわけではない。ただ私が差別される理由として学んだ
るように何度
幽
、観光
ませながら、彼女
、この国の歓
らかに不愉快そうな
この国で見せるな。無
き寄せるためぐっと力を籠める。が、彼女の頭部は動かない。それどこ
たか」 そう言
ない…
面もち。私も心の内側に小さな波が立つ。淑女と思っていた彼女
、男は手の甲に筋が出来
彼女は観光の方です
ら、思わず断句を投げ入れる。私には関係のない事、のはずだった。そのため口を挟んだのは自
い、指図
りたてるよ
、どうか私で
に慣れている私の存在は、この場を収めるには最適だと
またその苦しみが全て、皺や歪みとなって顔に出たのだ。自分の髪を掴んでいる男の手首を、彼女が
かれようとする音。折れてはいないようだが、罅くらいは入っているだ
なのか。もしかしたら世から衰退しつつある魔法、その使い手なのかも
が、どう見ても男の被害のほうが大きい。握られた右手は恐らくしばらくの間使
霊が
う。痛みで息が楽ではな
は、わたしではなくこの髪でしょう。この髪
ろうか。自分の身体への暴言など、それこそどうだっていいことだ。それに罵
振るわせたかのような、そんな揺れだ。いつの間にか、次の
ていた。この駅で降りるのだろう。立ち上がるという所作、
へと向かう彼女の背中に、誰かが「魔女だ」と誹った。先ほどの、常人離れした握力に対し
げつけられる暴言。根付いた差別意識は、その程度では止まらない。力
向かっていた彼女は
けなら。どうやっても、前を向く人
られていた。もう二度と会わない人物だろうが、まさか強い意思を以て反論してくる者はいようとは。銀髪の者で
再び動き出す