七夕の日、私は末期の胃がんと診断された。余命は、一ヶ月にも満たない。
茫然自失としていた、その時だった。夫の薄斯年が、苦悶の表情を浮かべて私の前にひざまずいたのは。
「霜霜、すまない。僕は、別の女性を愛してしまったんだ」
彼は、厳かに誓いを立てた。
「僕たちの結婚を裏切ったわけじゃない。僕と彼女は、精神と魂で共鳴しているだけなんだ。肉体関係は持たないし、君への愛情も、約束も、何一つ変わらない。夫としての責任は、これからもずっと果たし続けるつもりだ」
診断書を握りしめる手に、爪が食い込む。喉の奥から、やっとの思いで「ええ」と声を絞り出した。
「二人のこと、認めるわ」
薄斯年は安堵と焦りが入り混じった表情で、私を強く抱きしめた。
「霜霜、行かないでくれ。彼女を愛している。だが、それ以上に君を愛しているんだ。だから怒らないでくれ。取り乱したりしないでくれ」
私は力なく笑った。
「しないわ」
もうすぐ死ぬのだ。泣き喚いて何になるというのだろう。
1·
薄斯年はほっと息をつくと、私の冷たい手を握った。
「顔が真っ白だぞ。また胃の調子でも悪いのか?」
胃の奥で、またしても締め付けられるような痛みが走る。
彼に伝えたい。私は末期の胃がんで、残された時間は一ヶ月もないのだと。もうすぐ、死んでしまうのだと。
薄斯年は私を気遣っているようで、その実、心ここにあらずなのが見て取れた。
「まだ、何か私に話したいことがあるんじゃないの」
彼の視線が、私からするりと逸れる。俯いて、気まずそうに自分のつま先を見つめている。
私は深く息を吸った。
「言って。心の準備はできているから」
薄斯年はおそるおそる口を開いた。その声は囁くように小さかったが、雷鳴のように私の耳をつんざいた。
「瀟瀟は、妊娠九ヶ月なんだ」
頭の中が、ブゥンと音を立てて揺れた。
彼はしどろもどろに説明を始める。
「瀟瀟とは肉体関係はない。あの子は、体外受精で授かったんだ」
私を刺激しまいと、彼は穴だらけの理屈で説得を試みた。
「霜霜、君はずっと子供を欲しがっていただろう。身体のせいで諦めていたじゃないか。瀟瀟が産んだら、僕たち二人で育てよう。その子は君を『ママ』と呼ぶ。僕たち二人の、大切な子供になるんだ」
彼の唇が一方的に動くのを、私はただ麻痺したように見つめていた。
耳鳴りがひどく、彼の言葉は一つも頭に入ってこない。
どれくらいの時間が経っただろうか。期待と葛藤が入り混じった彼の視線の中で、私は自分の声を聞いた。
「わかったわ」
薄斯年は一瞬呆然とし、次の瞬間には驚きと喜びに満ちた表情で私を抱きしめた。彼の瞳からは、真実の涙がこぼれ落ちる。
「霜霜、ありがとう」
彼が抱きしめる力は強く、胃が圧迫される。胃酸の混じった鉄錆のような味が、喉の奥からせり上がってきた。
私はとっさに顔を背ける。薄斯年が私の異変に気づいてくれるのではないかという、混乱した期待が胸をよぎった。
彼は腫瘍科の専門医で、特に胃がんを専門としている。
だが、薄斯年は喜びに浸っていた。その漆黒の瞳は、私が今まで見たこともない輝きを放っている。
「瀟瀟は本当に素晴らしい女性なんだ。君も会えばきっと好きになる、保証するよ!」
心臓が、一瞬だけ動きを止めた。私は、苦くも晴れやかな笑みを浮かべる。
薄斯年の心は、とうに私のものではなかった。私がこの世を去る日、彼はおそらく悲しまないだろう。
突然、ドアをノックする音が響いた。
薄斯年は、待ちかねていたようにドアへ駆け寄った。
彼女が屈みかけると、薄斯年は床に半ばひざまずき、スリッパに履き替えさせる。
部屋に入るなり、彼女――瀟瀟は、私の前にどさりとひざまずいた。
「お姉さん、ごめんなさい」
薄斯年も彼女の隣にひざまずき、庇うように早口で言った。
「霜霜、彼女が瀟瀟だ。悪いのは僕なんだ。心を抑えきれず、僕の方から彼女に言い寄った」
心臓を強く殴られたような鈍い痛みが走り、胃を締め付ける不快感が一瞬遠のいた。
並んでひざまずく二人の姿を見ていると、胸の内に名状しがたい奇妙な感覚がよぎった。
息苦しく、むず痒く、そして、どう表現すればいいのか分からない痛みが走る。
正直に言えば、もし薄斯年が私の夫でなかったなら、二人はとてもお似合いだと思っただろう。
黒髪に赤い唇、大きくウェーブのかかった髪。華やかで明るい美貌は、大きく膨らんだお腹でさえもその色香を損なわせていない。
親の反対を押し切ってでも一緒になろうとする、熱愛中の恋人。私の前にひざまずく二人の姿は、まるでそんな悲劇の主人公のようだった。
しかし、一人は私と十年連れ添った夫で、もう一人はその精神的な不倫相手なのだ。
喉に込み上げる血の味を無理やり飲み込み、私は瀟瀟に手を差し伸べようとした。
「妊娠しているのに、床は冷えるわ。もうすぐ予定日でしょ。よかったら、ここに住んだらいい。薄斯年も、その方があなたの面倒を見やすいでしょう」
そう口にした途端、心がふっと軽くなるのを感じた。
私の命はもう尽きようとしている。瀟瀟のお腹には、これから生まれ来る新しい命が宿っている。私が、この場所を譲るべきなのだ。
「いや、いい」
薄斯年は瀟々を立たせると、彼女とその膨らんだお腹を警戒するように庇った。
その仕草が、私の心をちくりと刺す。胃がねじ切れるような痛みが、再びこみ上げてきた。
瀟瀟は薄斯年を咎めるように一瞥すると、私に向き直った。罪悪感からか、私の目をまっすぐに見ようとしない。
「お姉さん、どんなに謝っても許されないことは分かっています。もし、ご迷惑でなければ、私に罪を償う機会をください」
彼女の瞳は、一点の曇りもない誠実さで輝いていた。
「斯年お兄さんから、お姉さんは身体が弱くて、小さい頃から胃が悪いと聞きました。私、栄養士の勉強をしたことがあるんです。お姉さんの胃、私が治してあげます!」
胃の奥で燃え盛るような不快感が、ますます強くなる。もう、耐えきれない。私は口元を押さえ、よろめきながら洗面所へ駆け込んだ。
便器を抱え、ごぼりと血を吐き出す。胃酸が喉を焼き、火をつけられたように痛い。
肩に温かい感触があった。薄斯年の心配そうな声が、頭上から降ってくる。
「霜霜、大丈夫か?」
私は口元を拭い、慌てて洗浄ボタンを押したが、こんな時に限って水が流れない。
口では私の心配をしながらも、彼の視線はリビングにいる瀟々の姿から片時も離れていなかった。
私はほっと息をつく。幸い、薄斯年は気づいていない。
なぜだか分からない。自分がもう長くないと、彼に知られるのがひどく怖かった。
胸に込み上げる切なさを押し殺し、私は用意していた離婚届を取り出した。彼をなだめるように、サインを促す。
「一ヶ月後、あなたたちの赤ちゃんが生まれるでしょう。これは、お祝いよ」