家が洪水に飲み込まれた時、兄と夫はどちらもアリスを選んだ。
カンター家にようやく探し出された、本当の令嬢である彼女を。
彼女が故意に突き飛ばしてきたせいで、私の右足は折れていた。
救助された時、夫の腕の中に飛び込んでしゃくり上げるアリスの姿が見えた。
「お姉様がずっと私を押さえつけて、洪水で死なせようとしたの」
その言葉を聞き、夫と兄は担架に横たわる私を険しい顔で見下ろした。
「リサ、お前は長年アリスの人生を奪っておきながら、今度は彼女を殺そうとまでしたのか!」
兄は私を嘲笑し、夫は痛ましげにアリスを腕の中に庇った。
二人は何か言葉を交わすと、傍らにあった瓦礫を手に取り、私へと歩み寄ってきた。
「どうやら我々は、長年お前を甘やかしすぎてしまったようだな、リサ」
「これほど悪辣な人間になってしまうとは」
「その足一本を折って、思い知らせてやろう」
鬼のような形相の彼らは、まるで別人のようだった。
必死にもがいたが、体は力ずくで押さえつけられる。
彼らが瓦礫を振り上げ、私の足に叩きつけようとした瞬間、私は目を閉じた。
ここから去らなければ。
絶対に、去らなければならない――!
……
「ああ!」
苦痛がふくらはぎから脳天を貫いた。
ロバートが拳大の瓦礫を握りしめ、
私の足に何度も、何度も叩きつけている。
すでに折れていた足は肉が裂け、白い骨が覗いていた。
骨が砕ける激痛に、全身が痙攣する。
私は絶叫し、身をよじった。
「やめて!私は彼女を殺そうなんてしていない!」
アリスの体には傷一つないというのに、私の家族と愛する人は、いとも容易く彼女の言葉を信じた。
ジョンは私の弁明に耳を貸さず、ただ靴先で私の指を執拗に踏みつけ、逃れようとする体を押さえつけた。
全体重をかけた一撃。十指は心に通ずると言うが、まるで心臓を鋭い棘で突き刺され、引き抜かれたかのようだった。
血の川が広がる。
「リサ、嘘までつくようになったのか」
夫が失望の色を浮かべて私を見る。
反論したかったが、涙で視界が滲んだ。
指を砕かれた。これで、もうピアノは弾けないのだろうか?
最後の力を振り絞って顔を上げると、アリスの得意げな瞳と目が合った。
「必ず、報いを受けさせる」
私は一言一言、そう告げた。
そして、激痛の中で意識を失った。
医師の診察を受ける気配で目を覚ました。
足と手には、分厚く包帯が巻かれている。
恐ろしいことに、自分の足の感覚が全くなかった。
私は恐怖に怯えながら医師を見つめたが、唇が震えるだけで声が出ない。
医師は首を横に振った。「お嬢さん、あなたの足の状態は芳しくありません。我々は全力を尽くします」
「手は……私の手はどうなんです?」
掠れた声で、私は叫んだ。
「もう一度、ピアノを弾くことはできますか?」
医師はため息をついた。
「リサさん、手の怪我自体は深刻ではありません。しかし、今後、常に震えが残ることになるでしょう。長時間ピアノの練習をするのは、もう難しいかもしれません」
私は呆然と医師を見つめ、信じられないとばかりに首を振った。
そんなことが許されていいはずがない!
幼い頃からピアノ一筋に生きてきて、今では名の知れたピアニストにまでなったというのに。
それなのに、もうピアノが弾けない?
そして、その全てを引き起こしたのが、私の家族――ずっと私を可愛がってくれた、最愛の兄だなんて!
医師は痛ましげに顔を背けて去っていった。病室の外から、ひそひそと噂話が聞こえてくる。
「あのお嬢さんも気の毒に。怪我をしてから誰も見舞いに来ないなんて」
「気の毒なものか。嫉妬から人を殺そうとして、返り討ちにあったって話だぞ」
「だとしたら自業自得だな。当然の報いだ」
そうか、外ではそんな風に噂されていたのか。
心臓をナイフで抉られ、血が一滴一滴したたり落ちるようだった。
あの人たちは真実を確かめようともせず、アリスの言葉だけを信じたのだ。
その時、甘ったるい声が不意に耳元で響いた。
アリスだった。笑みを浮かべて私の前に現れ、憐れむような素振りをしながらも、その瞳には隠しきれない得意の色が浮かんでいた。
「お姉様、たいした怪我でもないのに、まだ仮病を使っているの?」
そう言いながら、彼女は私の負傷した足に軽く触れた。
鋭い痛みが全身を駆け巡る。 私は歯を食いしばって彼女を睨みつけ、低い声で尋ねた。
「どうしてこんなことを?」
アリスの美しい瞳は、今や毒々しい憎悪に満ちていた。
「どうしてですって? あの時あなたのせいで、 私がどれだけ外で苦労したと思っているの?!」
私は眉をひそめて彼女を見つめ、訳が分からずに問い返した。
「どういう意味?」
「あなたがわざと私を病気にしたせいで、私はカンター家に戻れなかったじゃない!全部あなたのせいよ!」
アリスは私の腕に強く爪を立て、その指先が肉に深く食い込んだ。
彼女が病気になったことと、私に何の関係があるというのだろう?
彼女を突き放そうと手を伸ばした。
すると彼女は突然床に倒れ込み、悪意に満ちた笑みを浮かべながら、自らの頬を平手で打ちつけた。