夫が、ヤクザの若頭が、私に跡継ぎを産むための遺伝的資格がないと告げた日、彼は私の代わりを家に連れてきた。私と同じ目を持ち、正常に機能する子宮を持つ代理母を。
彼は彼女を「器」と呼びながら、愛人として見せびらかした。パーティーで彼女を守るために私が血を流して倒れているというのに、私を見捨て、かつて私に約束したはずの別荘で、彼女との密かな未来を計画していた。
でも、この世界では、妻はただ歩き去るだけじゃない。姿を消すのだ。だから私は、彼が丹念に築き上げた破滅へと彼を置き去りにし、私自身の失踪劇を画策することに決めた。
第1章
如月 莉奈 POV:
夫から跡継ぎを産むための遺伝的資格がないと告げられた日、私は自分の代わりとなる女を紹介された。私と同じ目、同じ髪を持ち、けれど正常に機能する子宮を持つ女を。
火曜日のことだった。東京の空は殴られた痕のように紫色に染まり、私たちのペントハウスで渦巻く嵐を映し出すかのように、嵐の到来を告げていた。工藤彰は、床から天井まである窓のそばに立っていた。都会の灯りを背にしたその姿は、力と冷たい支配そのものだった。組が懇意にしているクリニックから最終的な検査結果が届いて以来、彼は私に指一本触れていない。
「ミトコンドリアの遺伝子異常だ、莉奈」
彼はそう言った。その声は平坦で、私が必死に求めていた慰めの言葉はどこにもなかった。
「純粋な血統がすべてだ。お前も分かっているだろう」
分かっていた。私が、佐藤莉奈が、工藤組の若頭である工藤彰の妻となり、如月莉奈となったその日から。私の目的はただ一つ。跡継ぎを産み、彰の地位を盤石にすること。この五年、私はその役目を果たせずにいた。
今、彼の父である工藤組組長、工藤源三郎は死の淵にいる。彼の最後の命令は、組内に弔鐘のように響き渡った。一年以内に跡継ぎを産むこと。さもなくば、彰は若頭の座を剥奪される。関東最大のヤクザ組織の指導権は、彼の従弟の手に渡る。それは死よりも屈辱的な運命だった。
「だから、解決策を見つけた」
彰は窓からこちらを向きながら言った。その言葉は、口にされなかった結末の重みを孕んで宙に浮いていた。彼がドアの方へ合図すると、少しして、彼女が入ってきた。
彼女の名前は水城亜里亜。まるで私の亡霊、私を安っぽく、下品にしたような女だった。同じ黒髪、同じ青い瞳。けれど、長年のバレエで鍛えられた私の姿勢がまっすぐなのに対し、彼女のそれは反抗的な猫背だった。その眼差しには、飢えと、剥き出しの絶望的な野心が泳いでいた。彼女は私たちの家を畏敬の念ではなく、値踏みするような目で見ていた。
「彼女が子供を産む」
彰は尋ねるのではなく、断言した。
「これは組の問題だ。取引だ。彼女はただの『器』にすぎない」
器。私が提供できなかった跡継ぎを入れるための、ただの容れ物。鋭く痛みを伴う希望が、私の麻痺した感覚を貫いた。もしかしたら、これが唯一の道なのかもしれない。組のために。彰のために。
「子供が生まれたら」
彼は続けた。その目は私に固定され、隣に立つ女を無視していた。
「彼女は消える。すべて元通りになる」
しかし、「元通り」はすでに崩壊していた。彼は「資産」である亜里亜の安全を確保するためだと言い訳し、夜遅くまで帰ってこなくなった。私たちの五回目の結婚記念日は、何事もなく過ぎ去った。私は一人で、何年も前に彼がくれたダイヤモンドのネックレスを眺めて過ごした。かつての約束の証は、今では嘘のように感じられた。私は自分の人生の中で幽霊になりつつあった。失われゆく王国の、名ばかりの女王として。
最初の亀裂は、一週間後には深い溝となった。チャリティーの会合から車で帰る途中、黒いセダンが私の助手席側に激突してきた。事故ではなかった。それは敵対する組からのメッセージ、工藤組の力を試すためのものだった。衝撃で額から血を流しながら、私は彰に電話をかけた。応答はない。彼の電話は留守番電話に繋がるだけだった。
ヤクザの掟である「仁義」は、私が公立の病院に行くことを許さなかった。私は組が懇意にしている救急クリニックまで自分で車を走らせた。医者が私の頭を縫合している間、夫の沈黙は、アスファルトを切り裂くタイヤの悲鳴よりも大きく響いていた。
ようやくペントハウスに戻ると、空気は静まり返り、重苦しかった。寝室に入ると、心臓が止まった。私の化粧台、シャネルの5番の隣に、口紅が一本置かれていた。私が決して使わないような、安っぽくけばけばしい赤色。その口紅が、白い大理石にべったりと付着していた。
亜里亜。彼女がここにいた。私の部屋に。私のプライベートな空間に。工藤組の鉄壁のセキュリティ、彰が指揮すべき難攻不落の要塞は、彼が「器」と呼んだ女によって破られていた。
しかし、本当の真実は、一ヶ月後のパーティーで明らかになった。都内の会員制クラブで開かれた、組の最重要取引先を集めた公式の集まりだった。彰は完璧なホストを演じ、私の腰に所有欲を示すように腕を回し、公の場では笑顔を絶やさなかった。だが、彼の目はどこか遠くを見ていた。
私は少しの間失礼して、薄暗いテラスに避難した。個室のオフィスへと続く開いたドアから、彼の声が聞こえてきた。彼は若頭補佐の牧野と話していた。
「彼女にはもう夢中なんだ、牧野」
彰の声は、私が何年も聞いていなかった感情でざらついていた。
「彼女は炎だ。本物だ。まるで…完璧な彫像とは違う」
私の血が凍りついた。
「軽井沢の別荘だが」
彰は続けた。
「準備させておけ。赤ん坊が生まれたら、彼女と子供をそこに住まわせる」
別荘。私たちの結婚十周年に、彼が私に約束してくれた場所。私たちのための場所。
私の手が震え、空のグラスが乗ったトレーを倒してしまった。グラスは石の床に叩きつけられ、粉々に砕け散った。彰と牧野は黙り込んだ。一秒後、彰が戸口に現れ、その顔はパニックに歪んでいた。
「莉奈。ここで何をしている?」
「彼女って誰、彰さん?」
私は囁いた。言葉が喉に詰まる。
「何でもない」
彼は私の腕を掴み、低い声で言った。
「亜里亜はここにいない。お前は何も聞いていない。牧野」
彼は肩越しに怒鳴った。
「この会話はなかったことにしろ」
彼は私を引き離した。その握力は痣ができそうなほど強かった。その夜遅く、彼が私が眠っていると思った頃、私は彼のブリーフケースから暗号化されたタブレットを抜き取った。パスワードはまだ私の誕生日だった。その皮肉が苦い薬のようだった。
そこに彼女がいた。亜里亜。何十枚もの写真。彼の車の中で笑っている姿。私たちのじゃないベッドで、彼のシャツを着ている姿。そして、私はそれを見つけた。「軽井沢」と名付けられたフォルダ。中には、子供部屋の設計図があった。私を含まない人生の青写真。
完璧な彫像は、ついに砕け散った。そして私は、ただ去るだけではいけないと悟った。この世界では、若頭の妻はただ歩き去るだけではない。姿を消すのだ。しかし、私はもう一人の犠牲者にはならない。私は自分のやり方で、自分の手で、彼が裏切ろうとしている組の名誉のために、私自身の失踪を画策するのだ。