彼が、私の独自開発のプロトタイプを――私の人生そのものである研究成果を、私たちが生き残るための唯一の保証を――他の女に渡したと告げた、その時の目に。
穂高連峰の上部斜面を吹き荒れる風は、もはや物理的な実体を持っていた。氷と騒音の固い壁となって私たちの小さな遠征用テントに叩きつけ、アンカーからもぎ取ろうと唸りを上げている。
テントの中は、外のマイナス40度よりわずかに暖かいだけ。歯の根が合わず、砕けてしまうのではないかと思うほど激しく震えた。
「拓也」
嵐の轟音にかき消されそうな、か細い声で私は言った。
「ブランケットが必要。深部体温が下がってる」
私はエイペックス・ギア社の主任ソフトウェアエンジニアで、今回実地試験を行っている技術の責任者だ。私は数字を知っている。震えが止まり、身体がシャットダウンし始める正確なポイントを知っている。私は危険なほど、その地点に近づいていた。
装備パックのジッパーに手を伸ばすが、指は凍った木の棒のように不器用で、言うことを聞かない。そこに収められているはずの、私のプロトタイプ「スマートブランケット」のスペースは、空っぽだった。
心臓が氷で握りつぶされたような、鋭いパニックが低体温症の霧を突き破った。
あのブランケットは私の最高傑作だった。生体フィードバックに基づいて熱を生成・調節するマイクロフィラメントで織られており、北極圏の状況下でも人間を72時間生存させることができる。世界に一つしかない、私の命綱。
それが、ない。
「どこにあるの?」
私は顔を上げ、婚約者であり、この遠征のプロジェクトマネージャーでもある拓也を見つめた。彼の整った顔は、いつもは読みやすいのに、今は固く閉ざされていた。
彼は私の目を見ようとしない。別のパックのストラップをいじくり回し、その動きはぎこちなかった。
「何の話だ?」
「ブランケットよ、拓也。プロトタイプ。私のパックにないの」
彼の顔に一瞬、罪悪感か、あるいは苛立ちのようなものがよぎったが、すぐに消え去った。
「ああ、あれか。ユイナに渡したよ」
言葉が理解できなかった。まるで外国語を話されているようだ。
「……なんて言ったの?」
「ユイナが凍えていたんだ」
彼は、まるで私が理不尽なことを言っているかのように、守りに入るような口調で言った。
「泣いていたんだよ、亜希。本当に辛そうだった。君は専門家だろ。少しぐらいの寒さ、平気じゃないか」
ユイナ。どういうわけか、この一大事の遠征に潜り込んできたマーケティング部のインターン。私がデータとミッションに集中している間、ずっと拓也に媚を売り、か弱い乙女を演じていたあのインターン。
「拓也」
私は声を平坦に保とうと努め、私たちの状況の臨床的な現実を彼に理解させようとした。
「これは『少しぐらいの寒さ』じゃない。標高5200メートルでのカテゴリー4の猛吹雪よ。私の装備はスマートブランケットの能動的発熱機能を前提に設計されてる。彼女のは標準装備。そもそも彼女がこんな場所に来るべきじゃなかったのよ」
「大げさなんだよ」
彼は鋭く言い放った。その非難は、あまりにも聞き慣れた言葉で、寒さよりも心に突き刺さった。彼はいつも、気に入らない事実を私が述べると、私を「大げさだ」と言った。
「君はいつも自分のスキルに傲慢なんだ、亜希。山では自分が無敵だと思ってる」
「傲慢さの問題じゃない! 熱力学の問題よ! これがないと私は死ぬの、拓也。わかる? 私の体はシャットダウンし始めてる」
立ち上がろうとしたが、めまいに襲われ、テントのナイロンの壁によろめきかかった。視界が狭くなり始めている。
「彼女の方がもっと必要としてたんだ」
彼は頑固に顎を突き出して言い張った。
「チームとして機能しなきゃ。君はいつもチーム、チームって言うけど、いざとなったら自分のことと、自分の大事なプロジェクトのことしか考えてないじゃないか」
「このプロジェクトは私たちの命を救うためのものよ!」
私の声は、自分でも嫌になるほどの絶望でひび割れた。
「それが唯一の目的なの!」
「姉さんの言った通りだったな」
彼はほとんど独り言のように呟いた。
「貴子姉さんはいつも言ってた。君は自己中心的だって。キャリアを俺や家族より優先するだろうって」
神崎貴子。彼の物質主義的な姉で、エイペックス・ギア社の主要な、そしてしばしば問題の多いサプライヤーである物流会社を経営している。彼女は私のことを決して好まず、私を弟の成功のパートナーではなく、ライバルと見なしていた。
彼女の名前が出た瞬間、まるで氷水を浴びせられたようだった。私が感じていた最後の温もり、これがすべてひどい誤解であってほしいという愚かな希望が消え去った。これは衝動的な決断ではない。これは彼らが私に対して作り上げた物語であり、何ヶ月も、もしかしたら何年も前からくすぶっていた憤りだったのだ。
「この婚約は、終わりよ」
私は囁いた。言葉は口の中で灰のような味がした。自分の死を前にして、それは哀れで無力な宣言だったが、私に残された唯一の武器だった。
アドレナリンが湧き上がり、一瞬、頭が冴えわたる。ベルトに留めてあった、硬いケースに入った小さな衛星電話に手を伸ばした。指はほとんど役に立たなかったが、なんとかカバーを開けることができた。親指が緊急ビーコンのボタンの上で震える。
しかし、押す前に、拓也の手が万力のように私の手首を掴んだ。
「何してんだ、てめえ!」
彼の握力に、腕に痛みが走る。彼は私より力が強く、体も大きい。この狭い空間では、私は完全に不利だった。
「救助を呼ぶのよ、拓也。凍死する前に」
私は彼に抗いながら、喘ぐように言った。
「そんなことさせるか!」
彼は私の顔の数センチ先で、低い声で威嚇した。彼のカリスマ性は消え、醜く、パニックに陥った怒りがむき出しになっていた。
「ビーコンを起動したら、ミッションは全部中止だ! これが会社にどれだけの損害を与えるかわかってるのか? 俺がどう見られるか? このプロジェクトを立ち上げるために、俺がどれだけ苦労したと思ってるんだ?」
彼は私の手から電話をひったくった。
「すべてを台無しにする気か!」
彼はその装置を武器のように構え、唸った。
「叩き壊してやる。神に誓って、亜希、お前が俺のキャリアを妨害するくらいなら、これを粉々にしてやる」
私の力は尽きかけていた。抵抗することで、最後のエネルギーが消耗していく。手足が重く、自分のものとは思えない。視界の端から闇が忍び寄ってくる。
その時、テントの入り口が開いた。突風と雪が吹き込み、それと共に、ユイナが現れた。
彼女は、きらめく銀色の私のスマートブランケットにくるまっていた。胸にある統合コントロールパネルから柔らかい青い光が点滅し、凍てつく黄昏の中で暖かさの標となっていた。彼女は快適そうで、ほとんど居心地が良さそうに見えた。
「拓也さん、大丈夫?」
彼女の声は、甘ったるい猫なで声だった。彼の肩越しに覗き込み、床で震えながらうずくまっている私を見つけた。
「あら、亜希さん。ひどい顔」
彼女はわざと腕を上げ、手袋をした手で握りしめている高性能の特殊カイロを見せびらかした。それも私のデザインで、12時間強烈な熱を発生させることができる独自のジェルだった。彼はそれも、全部彼女に渡してしまったのだ。
「拓也さん、本当に優しくて」
ユイナは続けた。その目は、嵐よりもずっと冷たい悪意で輝いていた。
「私のこと、すごく心配してくれたの。亜希さんは大丈夫だって、私、言ったんだけどな。だって、強い人だから」
その純粋で、混じりけのない毒のある笑顔に、白熱した怒りが体を駆け巡った。それは、迫り来る寒さに対する、短く、無駄な抵抗だった。私の心は混乱と裏切りの嵐に飲み込まれていた。
「彼女は休ませてやれ、ユイナ」
拓也は彼女の方を向き、声が和らいだ。彼は彼女の肩に庇うように腕を回した。
「ちょっと芝居がかってるだけだ。たかがブランケットじゃないか。生死に関わるわけでもないのに」
彼は私を見下ろした。その表情は冷たい侮蔑に満ちていた。彼は私のボロボロの装備パックを見た。私が必死に探したパックを。私の標準装備の予備カイロもなくなっていることを彼は見た。彼は知っていた。彼がすべてを奪ったことを知っていた。
「君は経験豊富な登山家だろ、亜希」
彼の声は侮辱に満ちていた。
「少し動けば大丈夫になる。そんなに弱々しくするな」
私は死にかけている。彼は私をここに置き去りにして死なせようとしている。その認識は思考ではなく、凍てついた骨の奥深くに染み渡る確信だった。
「私を…置いていくの?」
私はどもりながら言った。言葉はほとんど聞き取れなかった。
「俺たちはメインテントに行って、他のチームメンバーと調整する」
彼は無関心に言った。
「君は専門家だ。そんなに寒いなら雪洞でも掘ればいい。騒ぎを起こすな」
ユイナが口を挟んだ。その声には偽りの心配が滲んでいた。
「何かできることはありますか、亜希さん? すごく…顔色が悪いみたいですけど」
最後の、絶望的な力を振り絞り、私はブランケットに、私の命に飛びかかった。指先が布地に触れた。
「離せ!」
拓也が私を強く突き飛ばした。軽く押したのではない。両手を使った、暴力的な一撃だった。
私の頭が後ろにのけぞり、凍った地面に鈍い音を立てて打ち付けられた。目の前で星が爆ぜ、迫り来る闇と混じり合った。
「拓也さん!」
ユイナが叫んだが、それは演技だった。芝居がかった息をのむ音、見せかけのショックが聞こえた。
「私に襲いかかってきた!」
「亜希、どうしたんだよ!」
拓也は私の真上に立ち、怒りで顔を歪ませて怒鳴った。
「彼女はインターンだぞ! 君は主任エンジニアだ! 少しはプロ意識を持て!」
私は答えられなかった。世界が傾き、私から遠ざかっていく。怒り、裏切り、凍てつく寒さ――そのすべてが、耐え難い一点の痛みに集約されていく。
猛吹雪の唸り声を突き抜けて、拓也の声が聞こえた。まるで長いトンネルの向こうから聞こえるように、遠く、くぐもっていた。
「もううんざりだ。この嫉妬とドラマには、もううんざりだ」
闇が私を飲み込む前に最後に見たのは、ユイナの顔だった。彼女の偽りの涙が、私のブランケットの青い光を反射し、私を見下ろして微笑んでいた。それは、純粋な勝利の笑みだった。
そして、引き裂く音。耳元で、鋭い金属的な音がした。それは、ピッケルがゴアテックスを突き破る音だった。私の最後の保護層が破壊される音だった。
「拓也さん、彼女、おかしくなっちゃった!」
ユイナが金切り声を上げた。
「自分のスーツを破いてる!」
それが、世界が真っ暗になる前に私が聞いた、最後の嘘だった。