颯真と結婚して3年。彼の数々のスキャンダルや女たちの後始末してきたおかげで、対応の腕ばかりが上達していく。
それが忘れられない初恋の相手だろうが、情熱を燃やした相手だろうが、彼女の前では皆、引き下がるしかなかった。
西園寺夫人の座に座り続けて3年。この地位を誰かに譲るつもりなど、毛頭なかった。
「お話はそれだけ? 久我さん、こんな大々的に東陵グループまで私を訪ねてきて、明日のトップニュースになるのが怖くないのかしら?」
美月は平然とした表情で友紀を見つめた。
友紀は美月の言葉に一瞬言葉を詰まらせた。彼女は公人であり、評価も非常に高い女優だ。颯真が美月に喧嘩を売るだけの後ろ盾を与えていてくれなければ、自分のキャリアを賭けるような真似はしなかっただろう。
友紀はあたりを見回し、監視カメラがないことを確認すると、颯真からかけられた言葉を思い出し、再び強気な態度を取り戻した。
「美月!西園寺夫人の座が手に入るなら、女優の名声なんて惜しくないわ! それに――あなたは西園寺社長と結婚して3年も経つのに子供ができないんでしょう?少しは自分の欠陥を疑ったらどうなの? 私は彼と付き合って、たった一ヶ月で妊娠したのよ。物分かりがいいなら、さっさと離婚しなさい。それがあなたのためでもあるんだから!」
友紀は美月を真っ向から見据えた。美月の心が少しも揺るがないとは信じられなかった。
本来の計画では、今頃美月は逆上して取り乱しているはずだった。
しかし、彼女は終始平然としており、何の隙も見せない。
こんな展開では、颯真にどう報告すればいいのか?
すると、美月はただふっと鼻で笑い、眉を上げた。「久我さんが本当にその子を産みたいのなら、どうぞ。西園寺家には隠し子の1人や2人、養う余裕くらいありますから」
「隠し子」という言葉を、美月は極めて平淡に、しかしことさらに耳障りな響きで口にした。
友紀はその言葉に喉を詰まらせ、しばらく口を開くことができなかった。
美月は立ち上がるとデスクを離れ、ゆっくりと傍らのコートを羽織った。「颯真がどんな男かは、私が一番よく分かっているわ。ここ数年、面倒事を持ち込まれたのも一度や二度じゃないもの。でも、次に私に離婚を迫るなら、もう少しマシな手口を考えてちょうだい」
「お引き取りを。それとも、秘書に送らせましょうか?」
美月はわずかに顎を上げ、友紀に退室を促した。
美月のあまりに落ち着き払った態度に、友紀が用意していた台詞も演技プランも、すべて吹き飛んでしまった。
(どうして……。この女、少しも怒らないの?)
世間では、颯真と美月の夫婦仲は冷え切っており、互いに干渉しない仮面夫婦だと周知されている。
しかし、たとえ仮面夫婦だとしても、旦那の「愛人」を前にして、何の反応も示さないなんてことがあるだろうか?
それとも、本当に慣れてしまったというのか?
同じ女として、友紀はふと美月に同情を覚えた。
「ねえ、愛のない結婚を本当にこのまま続けられるの? それとも、お金のためなら何でも受け入れるってわけ?旦那の隠し子を育てることになっても、構わないって言うの?」
友紀は美月を激しく睨みつけながら言い放った。
美月はソファへ歩み寄って腰を下ろすと、自分でお茶を淹れ、淡々と返した。「男が浮気しようと思ったら、どうしたって止められないものよ。だから、男の愛を当てにして結婚するべきじゃないわ。彼が何をもたらしてくれるか、その利益を見るべきなの。利益だけは決して裏切らないから」
「久我さんは芸能界に長年いるのだから、そんな道理、もちろんご存知でしょう?」
その言葉に、友紀はその場で凍りついた。しばらく立ち尽くしていたが、やがて美月を憎々しげに一瞥すると、テーブルの上の診断書をひったくった。「西園寺夫人の座、必ずあなたから奪ってみせるわ!」
捨て台詞を残すと、彼女は踵を返してドアを押し開け、去っていった。
美月は友紀が去った方向をしばらく見つめていた。コーヒーカップを握る手は微かに白く強張り、目の奥が熱く潤んでくるまで、その視線を外すことはなかった。
今の美月の顔には、先ほどまでの冷静さはなかった。その瞳の奥には、隠しきれない自嘲の色がにじんでいた。
「隠し子を育てることも構わないのか?」友紀の言葉が頭の中で何度も繰り返される。
もちろん、平気なはずがない。
だが、彼女にどんな選択肢があるというのか。
彼女は颯真と共に育ち、彼に恋焦がれてきた。ずっと彼の背中を追いかけ、その視界に入り、自分を見つめてほしいと願い続けてきたのだ。彼と一緒にいたい一心で、最も不得意な広報学を専攻し、家族の反対を押し切ってまで、西園寺家との政略結婚に固執した。
西園寺家を支えるため、昼夜を問わず仕事に没頭し、颯真の冷え切った心を温めようと努めてきた。
しかし、結婚して3年。彼女が得たのは、彼の鳴り止まない彼のスキャンダルと、数え切れないほどの愛人たちからの挑発だけだった。
彼と顔を合わせる回数は指で数えるほどしかなく、会えたとしても、向けられるのは限りない冷淡さと無情な言葉。夫婦の営みでさえ事務的で、型通りのものだった。彼が子供は欲しくないと言うので、彼女はずっと避妊薬を飲み続けてきた。
この3年間、彼女はまるで道具だった。西園寺家の体面を保ち、彼の性的な欲求を処理するための道具。
失望は幾度となく積み重なった。それでも、幼い頃に抱いたあの淡い恋心が彼女を突き動かし、彼からは離れられなかった。
深く息を吸い込み、美月は胸に込み上げる苦い思いを無理やり飲み込んだ。感情を押し殺すと、静かに階下へと向かった。
彼女がロビーに降り立つと、待ち構えていた記者たちが一斉に彼女を取り囲んだ。
「出てきたぞ!藤原美月だ!」
記者たちのマイクが、今にも美月の顔に突き刺さらんばかりに迫り、フラッシュの光が激しく明滅する中、容赦のない質問が次々と浴びせられる。
「藤原さん、最近、西園寺社長と女優の久我友紀さんの熱愛の噂、ご存じですか?」
「友紀さんはすでに西園寺社長のお子さんを妊娠し、そのまま結婚するのではないかとの見方もありますが、この件について一言いただけますか?」
「ご家族のために我慢されるのか、それとも西園寺社長との離婚を選ばれるのか、お考えをお聞かせください」
「西園寺社長とご結婚されて3年になりますが、いまだお子さんがいらっしゃらないことから、不妊ではないかという声も出ています。この点については事実なのでしょうか?」
「西園寺社長との夫婦関係は、すでに破綻していると考えてよろしいのでしょうか?」
「藤原さん、一言いただけませんか?」
美月は唇を固く結んだまま、口を開こうとしない。
次から次へと投げかけられる質問は、どれも鋭利な刃物のようだった。
まるで、美月の傷口に塩を塗り込むかのように。
もとから苛立ちを抱えていた彼女の心は、この瞬間、一気に燃え上がった。
この3年間、颯真のために、何度こうした不祥事の火消しに奔走してきたことか。
しかし、颯真は少しも自重しようとしない。それどころか、こうした騒動を利用して彼女を離婚に追い込もうとしているのだ。
今朝、共通の友人のSNSで目にした投稿が頭をよぎる。颯真の忘れられない女性――橘千夏が帰国した。
(これこそが、彼がなりふり構わず私との離婚を急ぐ理由なのね?)
友紀が会社へ乗り込んできた情報も、彼がマスコミにリークしたに違いない。
颯真の差し金がなければ、これほど多くの記者が東陵グループの敷地内でこれほど好き勝手できるはずがない。
しかし、なぜ?
(私が正真正銘の西園寺夫人なのに、どうしてこんな屈辱を味わわなければならないの? 誰も彼もに、離婚を強いられて……)
美月は拳を固く握りしめた。心の底に押し殺してきた感情が、この瞬間、ついに決壊した。
心の奥底に隠してきた屈辱と苦しみ、そして友紀に浴びせられた言葉の数々。それらが蜘蛛の巣のようにまとわりつき、彼女の心臓を締め付け、息もできないほどに追い詰めていく。
不意に、彼女は顔を上げた。最も近くにいた記者を真っ向から見据えると、艶然と微笑んでみせた。
「颯真は精子無力症なの。そのうえ5分も持たない役立たずよ。浮気の心配をするくらいなら、むしろ寝取られて私に恥をかかせないか心配した方がマシだわ」
この噂を流したのが彼だというのなら、その報いは自分自身で受けてもらうまで。
それはあまりにも予想外の告白だった。
その場の空気が凍りついたように静止した。
(そんなこと、言っていいのか……?)
(精子無力症?)
(5分ももたない?)
(我々にそこまで言っていいのか……?)
一瞬の静寂の後、記者たちは我に返ったように猛烈な勢いでシャッターを切り、美月が車に乗り込んで会社を去る姿を次々と撮影した。そして、このニュースは瞬く間にトレンドのトップに躍り出て、爆発的な注目を集めた。