中西邸は眩いばかりの光に包まれ、華やかな装いの人々が行き交っていた。
今夜は中西家の大旦那様の八十歳を祝う盛大な宴。政財界の名士たちが一堂に会し、会場は熱気に満ちていた。
「きゃああっ!助けて!」
突如として、裏庭の静寂を引き裂くような悲鳴が響き渡った。それはホールに流れる優雅なオーケストラの音色をかき消し、その場にいたすべての客を震え上がらせた。
「何事だ!」
中西家の人々は顔色を変え、我先にと裏庭へ駆け出した。招待客たちもそれに続いてどっと押し寄せた。
広大な屋外温水プールでは、激しく水しぶきが上がっていた。
プールの深いところで、二人の女が溺れまいと必死にもがいていた。一人は中西家の次男、中西湊の妻である小笠原琴音。そしてもう一人は、亡き中西家長男の妻、中西夢だった。
「どけ!」
長身の男が人混みを掻き分けて飛び出してきた。
中西湊はジャケットを脱ぐことすらせず、躊躇なく水の中へ飛び込んだ。
彼は猛然と泳ぎ進んだ。だが、向かった先は自分の妻ではない。彼は夢の腰をしっかりと抱きとめ、彼女を庇うようにして岸へと向かったのだ。
「湊さん……お腹が、お腹がすごく痛い……」
夢は彼の胸に寄りかかり、全身ずぶ濡れで、血の気が失せて紙のように青白かった。
「怖がるな!君も子供も、絶対に守る!」
湊は血走った目で夢を抱えたまま岸に上がり、周囲のボディガードたちに向かって獣のように怒鳴りつけた。
「何をボサっとしている!早く車を出せ!病院だ!」
その間、彼はただの一度も、水の中で苦しそうにもがいていた妻の琴音に視線を向けることはなかった。
湊が夢を抱えて夜の闇へと消えていって、ようやく警備員たちは我に返り、プールの底に沈みかけていた琴音を引きずり上げた。
夜風が刺すように冷たく、容赦なく体温を奪っていく。
琴音は全身ずぶ濡れで、乱れた髪から水滴がポタポタと落ちていた。
広大な中西邸はパニック状態に陥り、中西家の人間はこぞって病院へと向かってしまった。ただ一人、彼女だけを置き去りにして。
琴音はたった一人、ふらつく足取りで母屋へと歩を進めた。
すれ違う使用人たちは、隠そうともせずにヒソヒソと噂話をしていた。
「本当に恐ろしい毒婦ね。妊婦を突き落とすなんて」
「若奥様のお腹には、亡き若旦那様の忘れ形見がいらっしゃるのに。あんな小さな命まで狙うなんて……」
毒婦?
琴音は思わず自嘲気味に笑った。
プールサイドに自分を呼び出し、突然腕を掴んで一緒に飛び込んだのは、夢なのに!
寒さで全身が震え、頭がふらついて足元もおぼつかないまま、なんとか寝室にたどり着いた。
熱いシャワーを浴びて清潔なパジャマに着替え、ベッドに潜り込んだ途端、全身がかっと熱くなり始めた。
急激な高熱が彼女を襲い、意識が朦朧としていく。
バンッ!
突然、寝室のドアが乱暴に蹴り開けられた。
湊が全身から冷気を放ちながら、大股でベッドに近づいてきた。
「起きろ!」
彼は布団を乱暴に剥ぎ取ると、琴音の細い手首を掴み、容赦なくベッドから引きずり下ろした。
「ゲホッ……湊、何をするの!」
高熱で力が入らない琴音は、為す術もなく床に投げ出され、へたり込んだ。
「何をするだと?」
湊は彼女を射殺すような視線で睨みつけた。その端正な顔立ちは、今はどす黒い怒りに支配されている。「琴音、この悪魔のような女め。義姉さんがお前に何をしたっていうんだ。よくもそんなひどいことを!」
琴音は激しいめまいを堪え、歯を食いしばって顔を上げた。その瞳には決して屈しないという強い意志が宿っていた。「言ったはずよ。私は突き落としてなんかいない。彼女が自分で飛び込んだのよ!」
「ふん」
湊は鼻で笑った。
「自分で飛び込んだ? 義姉さんが、自分と子供の命を懸けてまでお前を陥れようとしたとでも言うのか?」
彼は琴音の顎を乱暴に掴み上げた。「琴音、そんな気持ち悪い嘘はもうやめろ! 彼女は流産したんだ!兄貴の子供は、お前が殺したんだよ!」
流産した?
琴音の瞳孔がぎゅっと縮んだ。
「そんな……」
どうして?彼女はあの子を犠牲にしてまで、自分を陥れようとしたっていうの?
「黙れ!俺について来い!」
湊は彼女に弁明の余地など一切与えず、腕を掴んで部屋の外へと引きずり出した。
「どこへ連れて行くの? 離して!」
「中西家の仏間だ!」
中西家の仏間?
その言葉を聞いた瞬間、琴音の体は硬直した。骨の髄まで凍るような恐ろしい寒気が這い上がってきた。
中西家の仏間。そこは、家の掟が執行される場所だ!
屈強な大人の男でさえ、あそこに入れば半死半生の目に遭う。
「行かない!私は何もしていないのに、どうして家の掟を受けなきゃならないの!」琴音は必死に抵抗した。
しかし、湊は全く意に介さなかった。
琴音は裸足のまま、冷たい廊下を引きずられていった。高熱で足元はおぼつかず、足の裏が擦れて血が滲んでも、前を歩く男は一度たりとも振り返らなかった。
中西家の仏間は煌々と明かりが灯されていた。
中西家の長老たちが両側に座り、皆一様に青筋を立てて怒りを露わにしていた。全員が、彼女という「罪人」を待ち構えていたのだ。
正面の中央には、大旦那様が椅子にどっしりと腰を下ろしていた。
琴音が引きずり込まれるのを見るや否や、大旦那様は激怒し、手元の湯呑みを彼女に向かって力一杯投げつけた!
ガシャンッ!
熱湯と陶器の破片が、琴音の足元で弾け飛んだ。
鋭利な破片が彼女の足首を切り裂き、鮮血がどっと溢れ出した。
「この毒婦め!さっさと土下座せんか!」大旦那様の怒号が、耳をつんざくように響き渡った。
全員からの非難の的となり、部屋中に渦巻く怒りを一身に浴びながらも。
琴音は背筋をピンと伸ばした。高熱の苦しみと足首の激痛に耐え、ただ一人、部屋の中央に毅然と立ち尽くした。
「私は夢さんを突き落としていません」
彼女は周囲を見渡し、血の気のない唇を震わせながら言った。「私に非はありません。絶対に土下座などしません!」
「無礼者!」
「全く懲りる気がないな!」
周囲から一斉に罵声が浴びせられた。
湊が大股で歩み寄った。頑なに非を認めようとしない彼女の姿を見て、彼は乱暴に彼女の肩を掴み、破片の散らばる床へと力任せに押さえつけた。
ドスンッ!
琴音は膝から崩れ、抗いようもなく鋭い陶器の破片の上に激しく膝をついた。
骨を砕かれるような激痛が全身を駆け巡った。彼女は苦悶の声を漏らし、冷や汗が滝のように流れ落ちた。
頭上から、男の冷酷極まりない声が降ってきた。「琴音、今夜お前には二つしか道はない!」
「一つは、自分の罪を認めるまで、そこで大人しく土下座し続けること!」
彼は言葉を区切り、氷のように冷たい声で言い放った。
「もう一つは、今すぐ離婚届にサインして離婚することだ!」