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彼を捨てて掴んだ、甘い未来

彼を捨てて掴んだ、甘い未来

5.0

7年間, 婚約者である真弘のカフェを支え続けてきた. 彼の夢は, 私の夢でもあると信じていたから. しかし, 彼は私を愛してはいなかった. 彼が愛していたのは, 後輩アルバイトの亜弥だった. パティシエとしての私の夢そのものである, 祖母の大切なレシピノート. 彼はそれを亜弥に渡し, メディアには彼女の手柄として紹介させた. 彼に捧げた7年間は踏みにじられ, 私の心は完全に死んだ. 私はテーブルの上に, 静かに結婚指輪を置いた. 「真弘さん」 私は驚くほど冷静な声で言った. 「別れましょう」

目次

第1章

7年間, 婚約者である真弘のカフェを支え続けてきた. 彼の夢は, 私の夢でもあると信じていたから.

しかし, 彼は私を愛してはいなかった. 彼が愛していたのは, 後輩アルバイトの亜弥だった.

パティシエとしての私の夢そのものである, 祖母の大切なレシピノート. 彼はそれを亜弥に渡し, メディアには彼女の手柄として紹介させた.

彼に捧げた7年間は踏みにじられ, 私の心は完全に死んだ.

私はテーブルの上に, 静かに結婚指輪を置いた.

「真弘さん」

私は驚くほど冷静な声で言った.

「別れましょう」

第1章

新垣由紀子 POV:

その結婚指輪を, 私はテーブルの上に静かに置いた. 七年間, 私の左手の薬指を飾るはずだったそれは, 今日, ただの金属の輪として, 私たち二人の間に横たわっていた.

カフェは閉店後の静寂に包まれていた. 真弘はカウンターの奥で, いつものようにグラスを磨いていた.

カラン, カラン, と氷の音が響く.

私が指輪を置いたことに, 彼は気づかないふりをしているのか.

「真弘さん」私の声は, 驚くほど冷静だった. 「別れましょう」

グラスを磨く手が止まった. カラン, カラン, という規則的な音が途切れる. その瞬間, カフェ全体が息を潜めたようだった.

真弘はゆっくりと顔を上げた. その目は, 一瞬にして凍りついた湖面のように硬く, 私の言葉の意味を測りかねているようだった.

「今, なんて言った? 」彼の声は低く, 感情を押し殺しているのが分かった.

「婚約を解消したいんです. そして, この店も辞めます」私は言葉を続けた. 躊躇いはなかった. この七年間, 何度も飲み込んできた言葉だった.

彼はただ, 私を凝視していた. まるで私が, 今まで知らなかった別の生き物であるかのように. 彼の瞳の奥には, 困惑と, ほんの少しの侮蔑が混じっていた.

「冗談だろう? 」彼は鼻で笑った. 「お前が俺を捨てるなんて, ありえない」

「冗談じゃありません」私は首を横に振った. 私の心臓は, まるで深い海の底でゆっくりと拍動しているかのように, 静かに, しかし, 確かに脈打っていた.

窓の外はすっかり暗くなっていた. 店の灯りが, 夜の街にぼんやりと光を投げかけている. その光は, 私たちの間に広がる現実の冷たさを, より一層際立たせるようだった.

「どういうつもりだ, 由紀子」真弘はグラスを置き, ゆっくりとカウンターから出てきた. 「俺たちがどれだけ長く一緒にいたか, 忘れたのか? 」

「七年です」私は答えた. 「そして, その七年間, 私はずっと真弘さんの夢を支えてきました」

彼の眉がぴくりと動いた.

「俺の夢が, お前の夢でもあるだろう? 」彼は言った.

「そう思っていました」私は静かに答えた. 「でも, そうじゃなかった」

彼は私の手を取り, 指輪を置いた場所を示した.

「これを見ろ. 俺はお前との未来を考えていたんだ」彼の声には, まるで私が彼を裏切ったかのような響きがあった.

私は手を引いた. 彼の指先が, 私の肌に触れた瞬間に, まるで火傷したかのような熱さを感じた.

「未来, ですか」私はつぶやいた. その言葉は, 私自身の耳にも冷たく響いた. 「真弘さんの未来に, 私の場所はもうない」

彼は口を開きかけたが, 言葉は出なかった. その表情には, 苛立ちと, 微かな恐怖が浮かんでいた.

「言いたいことはそれだけか? 」彼はようやく言った. その声は, 苛立ちに満ちていた.

「はい」私は答えた.

「分かった」彼はため息をついた. 「勝手にしろ. どうせ, お前一人じゃ何もできない」

彼の言葉は, 私の心を傷つけることはなかった. むしろ, 私の決意を, より一層強固なものにした.

私は何も言わず, 作業エプロンを外してカウンターに置いた. 祖母から受け継いだ, 大切なレシピノートだ. 真弘が勝手に店の看板商品として利用していた, あのノート.

私はそれを手に取った. 真弘は, 一瞬ぎょっとした顔をした.

「それは, 店のものだ」彼が言った.

「いいえ」私は答えた. 「これは, 私の祖母の形見です. 真弘さんに貸していただけ」

私は彼の挑戦的な視線を真っ直ぐに見つめ, 何も言わずにカフェのドアに向かった. ドアノブに手をかけた瞬間, 彼の声が背後から響いた.

「由紀子! 」

私は振り返らなかった.

「どこへ行くつもりだ? お前には, 俺しかいないだろう! 」彼の声には, 焦燥と, 私には理解できない, 彼なりの愛情が混じっていた.

私はドアを開けた. 冷たい夜風が, 私の頬を撫でた.

「私の行く道は, 私が決めます」そう言って, 私はカフェを後にした.

その夜, 私は真弘との七年間の関係を頭の中で整理していた. 全ては, 私が彼の才能を信じ, 彼の成功を願うあまり, 自分自身を犠牲にしてきた結果だった. 彼の店で働き, 私のパティシエとしての夢を後回しにし, 彼のワガママを受け入れてきた.

彼の口癖は, 「由紀子がいるから, 俺は安心して店を任せられる」だった. その言葉を, 私は愛の証だと信じていた. しかし, それは単なる利己的な利用だったのだと, 今ならわかる.

特に, 後輩のアルバイト, 黒木亜弥が入ってきてからの真弘は, まるで別人だった. 彼女を公私にわたって優遇し, 私の祖母から受け継いだ大切なレシピノートを, 断りもなく店の看板商品として利用し始めた. それが, 私の心を完全に壊した.

何度も諦めようとした. 何度も話し合おうとした. でも, 彼はいつも私をはぐらかし, 亜弥への偏愛を止めなかった. その度に, 私の心は少しずつ削り取られていった.

そして, ついに限界が来たのだ. 私の祖母のレシピノートが, 亜弥の名前でメディアに紹介された日, 私の心は完全に死んだ.

「由紀子さん」優しい声が聞こえた.

私はハッとして顔を上げた. そこには, 不動産コンサルタントの大谷慎和さんが立っていた. 彼は, 私がパティシエコンクールで知り合った, 数少ない理解者の一人だった.

「どうかされましたか? 顔色が優れませんよ」慎和さんは心配そうに私を見つめた.

私は彼に, 今日真弘と別れたことを話した. 慎和さんは, ただ黙って私の話を聞いてくれた. 彼の静かな存在が, 私の心を少しだけ穏やかにした.

「新しい道に進むのは, 勇気がいりますよね」慎和さんは言った. 「でも, 由紀子さんなら大丈夫です. 私は, 由紀子さんの才能を信じています」

その言葉が, 私の心に温かい光を灯した. 私が選んだ道は, 決して間違いではなかった.

しかし, その安堵も束の間だった.

翌日, 私は荷物をまとめるためにカフェに戻った. 真弘は店にはいなかった. 亜弥が, 私に意地の悪い視線を送ってくる.

「あら, 由紀子さん. もう来ないのかと思ったわ」亜弥はわざとらしい声で言った. 「真弘さん, 由紀子さんがいなくても全然平気そうだったわよ? むしろ, せいせいしたって言ってたわ」

私の手は, 一瞬止まった. しかし, 私はすぐに気を取り直した. 彼女の挑発に乗るつもりはなかった.

「そう」私は冷静に答えた. 「それはよかったわね」

亜弥は, 私の反応に拍子抜けしたようだった.

「ところで, 由紀子さん. そのレシピノート, 置いていったらどうかしら? 」亜弥は言った. 「真弘さん, あれをとても気に入ってるのよ. 看板商品にするって」

私は亜弥の顔を真っ直ぐに見た. 彼女の目は, 獲物を狙う獣のようにギラついていた.

「それはできません」私はきっぱりと言った. 「これは私のものです」

「由紀子さん, わかってないのね」亜弥は嘲笑った. 「真弘さんの店で働いていたから, 由紀子さんのレシピも価値があったのよ. 店を辞めたら, ただの古いノートだわ」

私の手が, レシピノートをぎゅっと握りしめた. 彼女の言葉は, 私の心を深く抉った.

その時, ドアが開く音がした. 真弘だった. 彼は私と亜弥を見て, 一瞬顔を曇らせた.

「由紀子, なぜここにいる? 」真弘の声は, 以前のような冷たさではなく, どこか動揺しているようだった.

「私物を引き取りに」私は答えた.

「由紀子さん, 真弘さんを困らせちゃダメよ」亜弥が真弘の腕に抱きついた. 「真弘さん, 由紀子さんがレシピノートを持って行こうとしてるの」

真弘は, 亜弥の言葉を聞いて, 私を鋭く睨んだ.

「由紀子, それは店のものだと言ったはずだ」彼の声には, 怒りが混じっていた.

私はレシピノートを抱きしめ, 真弘の目をまっすぐに見つめた.

「これは, 私の祖母のものです. 誰にも渡しません」

真弘は, 一歩私に近づいた. その目に, 私は以前のような支配欲を見た.

「由紀子, 俺が言えば, お前はいつも俺の言うことを聞いてきたじゃないか」彼の声は, まるで私を子供扱いするように響いた.

「もう, 聞きません」私はきっぱりと言った.

真弘は, 私の腕を掴もうとした. その時, 私の携帯電話が鳴った. 画面には「大谷慎和」の文字.

私は真弘の手を振り払い, 電話に出た.

「もしもし, 慎和さん? 」

真弘の顔が, さらに険しくなった.

「由紀子, 俺の話を聞け! 」真弘は苛立たしげに言った.

私は彼を無視し, 慎和さんと話し続けた. 慎和さんは, 私が新しい店を探していることを知っていて, いくつか物件の候補が見つかったと伝えてくれた. その言葉が, 私の心に希望の光を灯した.

「今から, お会いできますか? 」私は慎和さんに尋ねた.

真弘は, 私の言葉を聞いて, 顔色を変えた.

「由紀子, まさかそいつと…」彼の目に, 嫉妬の炎が燃え上がった.

私は電話を切り, 真弘をまっすぐに見つめた.

「私には, もう次の人生が始まっているんです」私は言った. 「真弘さんのような人に, 邪魔されたくない」

真弘は, 私の言葉に衝撃を受けたようだった. 彼の顔からは, 血の気が引いていた.

「由紀子…」彼の声は, 弱々しかった.

私は彼に背を向け, カフェのドアに向かった. 今度こそ, 振り返ることはなかった. 私の心は, 完全に自由になっていた.

だが, 私の背後から, 真弘の叫び声が聞こえた.

「由紀子! 俺は, お前を絶対に手放さない! 」

その言葉は, まるで呪いのように, 私の耳にまとわりついた.

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更新: 第17章   昨日18:36
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