妊娠中の私は, 炎と煙に包まれた病室で, 夫の助けを待っていた.
しかし, 駆けつけた夫は私を素通りし, 義理の妹・琴璃だけを抱きかかえて救い出した.
「お腹の子を見殺しにするの? 」と叫ぶ私に, 彼は冷たく言い放つ.
「本当に僕の子かどうかも分からないじゃないか」
その言葉を最後に, 私は我が子と共に業火の中で命を落とした.
幽霊となった私は, 夫が私の死を悲しむどころか, 注意を引くための芝居だと決めつけ, あろうことか私の弟との不貞まで疑う姿を目の当たりにする.
だが, 私の焼け焦げた遺体を前にして, ようやく夫は絶望の淵に突き落とされる. すべての嘘が暴かれ, 彼が罪を償うために妹と命を絶った時, 死してなお私に許しを請う彼に, 私は最後の別れを告げた.
第1章
私は炎と煙に包まれた病室の床に倒れ込んでいた. 焦げ付く匂いが鼻腔を突き刺し, 喉の奥を焼く.
全身が焼け付くような痛みで, もう立つこともできない.
お腹にはまだ見ぬ命が宿っている.
この子だけは, この子だけはなんとかして守りたい.
私は必死で腕でお腹を抱え込んだ.
隣のベッドから聞こえる琴璃の弱々しい咳が, 私の耳朶を打つ.
煙のせいで声が出ないのか, 琴璃は何も言わない.
私自身も息をするのがやっとだった.
「琴璃ちゃん, 大丈夫? 」
私はかろうじて声を絞り出した.
「もう少しだから, もう少しだけ, 我慢してね」
慶佑が, 慶佑がきっと助けに来てくれる.
彼は私を, 私とこの子を, 決して見捨てたりはしない.
そう信じていた. そう信じ込むしかなかった.
彼は私の夫なのだから.
あの冷徹な彼が, まさか私を見捨てるはずがない.
でも, 心の奥底で, 私は知っていた.
彼にとって, 私がどれほど取るに足らない存在であるかを.
その時, 炎の向こうから, 人影が見えた.
慶佑だ.
心臓が大きく跳ねた.
これで助かる. この子も, 私も.
彼は真っ直ぐに私たちの方へ向かってくる.
だが, 慶佑の視線は私を通り越し, 琴璃にだけ向けられていた.
「慶佑... っ! 」
私は助けを求めるように彼の名を呼んだ.
彼の足が, 私を通り過ぎて琴璃の元で止まる.
彼は琴璃を抱き起こし, その小さな体を腕の中に閉じ込めた.
「どうして, どうして私を... 」
私の声は, 煙に霞んで届かなかっただろう.
慶佑は, 振り返りもせず病室の入り口へ向かおうとする.
「慶佑! 私を, 助けて! 」
私の声は, 初めて, はっきりと病室に響いた.
彼は振り返った.
その瞳は, 私をまるで知らない人間を見るかのように冷たかった.
「... 朱莉, 君はそこを動かないでくれ」
彼の声は, まるで命令だった.
「琴璃は心臓が弱い. 君はここで待っていてくれればいい」
彼の言葉は, 私の心を深く抉った.
私の命は, 琴璃の命より軽いというのか.
「慶佑! 私のお腹には, あなたとの子供がいるのよ! 」
私は最後の望みをかけて, 悲痛な叫びを上げた.
「この子を, 見殺しにするつもり? 」
慶佑は, 私をじっと見つめた.
その表情は, 何の感情も浮かんでいない.
「... 子供? 」
彼が呟いた.
「本当に僕の子かどうかも分からないじゃないか」
その言葉は, 私を地獄の底へと突き落とすには十分だった.
私の世界は, 音を立てて崩れ落ちた.
「嘘... 」
私は震える声で呟いた.
「私の, 私の子よ... 」
慶佑は, 私を見下ろしたまま微動だにしなかった.
「君はいつも, 何かと理由をつけて僕を縛ろうとする」
彼の声は, 氷のように冷たかった.
「もううんざりだ」
その瞬間, 病室の天井の一部が, 私の目の前で崩れ落ちた.
炎が, 私に迫る.
私の体は, 彼の言葉と炎の熱で, 麻痺したかのように動かない.
私の脳裏には, 彼と出会ってからの日々が走馬灯のように駆け巡った.
研修医だった彼を, 私は献身的に支えてきた.
彼の成功を, 自分のことのように喜んできた.
いつか, きっと私を愛してくれる日が来ると信じて.
でも, 私にとっての「特別」は, 彼にとっては「どうでもいい存在」でしかなかったのだ.
彼は, 私を, 私の子を, 見捨てていく.
「慶佑... 」
私の最後の言葉は, 誰にも届かない.
天井が完全に崩落し, 炎が私の体を包み込んだ.
次の瞬間, 私は, 自分の肉体が炎に焼かれる様子を, 傍観者として見ていた.
痛みはない.
ただ, 冷たい虚無感が, 私の魂を覆っていた.
慶佑は, 琴璃を抱きかかえ, 病室から出ていく.
彼の顔には, 安堵の色が浮かんでいた.
私の死を, 彼は悲しんでいない.
「慶佑... 朱莉さんは? 」
入り口で, 彼を待っていた看護師が尋ねた.
彼女の顔には, 心配の色が深く刻まれている.
「ああ, 彼女は大丈夫だ. すぐに後を追って出てくるだろう」
慶佑の声は, 平然としていた.
「心配はいらない」
私の命は, 彼にとって, そんなにも軽いものだったのか.
私は, 彼の言葉に, 心の底から絶望した.
私の存在は, 彼にとって, 何だったのだろう.
私が愛した彼は, 一体どこにいるのだろう.
琴璃は, 慶佑の腕の中で, にこやかに微笑んでいた.
その微笑みは, 勝利を確信した者のようだった.
慶佑は, 琴璃の頬を優しく撫でた.
「大丈夫だよ, 琴璃」
彼の声は, 琴璃にだけ向けられた, 甘く優しい声だった.
その声は, 私に向けられたどの言葉よりも, 愛情に満ちていた.
私は, その場に立ち尽くしたまま, 二人の背中を見送った.
私の体は, 炎に焼かれていく.
私の魂は, 絶望に凍え, 慶佑の言葉が脳裏をこだまする.
「本当に僕の子かどうかも分からないじゃないか」
ああ, よかった.
死んでしまって, よかったのかもしれない.
この苦しみから, 解放されるのだから.
私は炎と煙に包まれた病室の床に倒れ込んでいた.
焦げ付く匂いが鼻腔を突き刺し, 喉の奥を焼く.
全身が焼け付くような痛みで, もう立つこともできない.
お腹にはまだ見ぬ命が宿っている.
この子だけは, この子だけはなんとかして守りたい.
私は必死で腕でお腹を抱え込んだ.
隣のベッドから聞こえる琴璃の弱々しい咳が, 私の耳朶を打つ.
煙のせいで声が出ないのか, 琴璃は何も言わない.
私自身も息をするのがやっとだった.
「琴璃ちゃん, 大丈夫? 」
私はかろうじて声を絞り出した.
「もう少しだから, もう少しだけ, 我慢してね」
慶佑が, 慶佑がきっと助けに来てくれる.
彼は私を, 私とこの子を, 決して見捨てたりはしない.
そう信じていた.
そう信じ込むしかなかった.
彼は私の夫なのだから.
あの冷徹な彼が, まさか私を見捨てるはずがない.
でも, 心の奥底で, 私は知っていた.
彼にとって, 私がどれほど取るに足らない存在であるかを.
その時, 炎の向こうから, 人影が見えた.
慶佑だ.
心臓が大きく跳ねた.
これで助かる. この子も, 私も.
彼は真っ直ぐに私たちの方へ向かってくる.
だが, 慶佑の視線は私を通り越し, 琴璃にだけ向けられていた.
「慶佑... っ! 」
私は助けを求めるように彼の名を呼んだ.
彼の足が, 私を通り過ぎて琴璃の元で止まる.
彼は琴璃を抱き起こし, その小さな体を腕の中に閉じ込めた.
「どうして, どうして私を... 」
私の声は, 煙に霞んで届かなかっただろう.
慶佑は, 振り返りもせず病室の入り口へ向かおうとする.
「慶佑! 私を, 助けて! 」
私の声は, 初めて, はっきりと病室に響いた.
彼は振り返った.
その瞳は, 私をまるで知らない人間を見るかのように冷たかった.
「... 朱莉, 君はそこを動かないでくれ」
彼の声は, まるで命令だった.
「琴璃は心臓が弱い. 君はここで待っていてくれればいい」
彼の言葉は, 私の心を深く抉った.
私の命は, 琴璃の命より軽いというのか.
「慶佑! 私のお腹には, あなたとの子供がいるのよ! 」
私は最後の望みをかけて, 悲痛な叫びを上げた.
「この子を, 見殺しにするつもり? 」
慶佑は, 私をじっと見つめた.
その表情は, 何の感情も浮かんでいない.
「... 子供? 」
彼が呟いた.
「本当に僕の子かどうかも分からないじゃないか」
その言葉は, 私を地獄の底へと突き落とすには十分だった.
私の世界は, 音を立てて崩れ落ちた.
「嘘... 」
私は震える声で呟いた.
「私の, 私の子よ... 」
慶佑は, 私を見下ろしたまま微動だにしなかった.
「君はいつも, 何かと理由をつけて僕を縛ろうとする」
彼の声は, 氷のように冷たかった.
「もううんざりだ」
その瞬間, 病室の天井の一部が, 私の目の前で崩れ落ちた.
炎が, 私に迫る.
私の体は, 彼の言葉と炎の熱で, 麻痺したかのように動かない.
私の脳裏には, 彼と出会ってからの日々が走馬灯のように駆け巡った.
研修医だった彼を, 私は献身的に支えてきた.
彼の成功を, 自分のことのように喜んできた.
いつか, きっと私を愛してくれる日が来ると信じて.
でも, 私にとっての「特別」は, 彼にとっては「どうでもいい存在」でしかなかったのだ.
彼は, 私を, 私の子を, 見捨てていく.
「慶佑... 」
私の最後の言葉は, 誰にも届かない.
天井が完全に崩落し, 炎が私の体を包み込んだ.
次の瞬間, 私は, 自分の肉体が炎に焼かれる様子を, 傍観者として見ていた.
痛みはない.
ただ, 冷たい虚無感が, 私の魂を覆っていた.
慶佑は, 琴璃を抱きかかえ, 病室から出ていく.
彼の顔には, 安堵の色が浮かんでいた.
私の死を, 彼は悲しんでいない.
「慶佑... 朱莉さんは? 」
入り口で, 彼を待っていた看護師が尋ねた.
彼女の顔には, 心配の色が深く刻まれている.
「ああ, 彼女は大丈夫だ. すぐに後を追って出てくるだろう」
慶佑の声は, 平然としていた.
「心配はいらない」
私の命は, 彼にとって, そんなにも軽いものだったのか.
私は, 彼の言葉に, 心の底から絶望した.
私の存在は, 彼にとって, 何だったのだろう.
私が愛した彼は, 一体どこにいるのだろう.
琴璃は, 慶佑の腕の中で, にこやかに微笑んでいた.
その微笑みは, 勝利を確信した者のようだった.
慶佑は, 琴璃の頬を優しく撫でた.
「大丈夫だよ, 琴璃」
彼の声は, 琴璃にだけ向けられた, 甘く優しい声だった.
その声は, 私に向けられたどの言葉よりも, 愛情に満ちていた.
私は, その場に立ち尽くしたまま, 二人の背中を見送った.
私の体は, 炎に焼かれていく.
私の魂は, 絶望に凍え, 慶佑の言葉が脳裏をこだまする.
「本当に僕の子かどうかも分からないじゃないか」
ああ, よかった.
死んでしまって, よかったのかもしれない.
この苦しみから, 解放されるのだから.
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