Elder Last Emblem
元夫の為に散った私を、数年越しに愛で狂わす黒幕!?
かつて指先一つで命を救う神医と呼ばれた杉山心渉は、内山篤優を救う代償として両手の機能を完全に失った。 そして今、母親が危篤状態に陥る中、内山は冷笑を浮かべて彼女に迫る。「彼女の子供を受け入れ、大人しく俺と結婚しろ。そうすれば母親の薬を渡してやる」 絶望の淵で、彼女は震える手で最後のコードを打ち込み、ある謎の男の居場所を特定した――。 夜の街を見下ろす最上階。目を赤く血走らせたその男は、満身創痍でありながらも気丈な彼女を見つめ、しゃがれた声で問う。「杉山心渉、本当に覚悟はできているのか?」 彼女の母親の命を救う唯一の特効薬が、心渉が両手を負傷したあの年に、この男が彼女のために自ら立ち上げたプロジェクトによるものであることを知る者は誰もいない。 男は、この瞬間が訪れるのをあまりにも長く待ち続けていたのだった。
第1章 結月が身ごもっているのは、俺の子だ
杉山心渉がこのウェディングドレスの店に来るのは、これで九回目だった。
過去八回、彼女は内山篤優が彼女のために特別にオーダーメイドしたウェディングドレスを試着するために、いつも一人で来ていた。
店員たちは最初の頃こそ熱意に溢れていたが、次第に何か言いたげに口をつぐむようになり、最後には同情交じりの沈黙へと変わっていった。
「杉山様、内山様は……今日は来られますか?」 店長が恐る恐る尋ねるその目には、いたたまれないような色が浮かんでいた。
心渉は鏡に映る純白のドレスに身を包んだ自分を見つめ、指先でスカートの裾にあしらわれた真珠をそっと撫でた。
「彼は来ます」 彼女の声はとても小さかったが、確信に満ちていた。 「今日は私たちが付き合い始めて七周年の記念日なんです。 彼、絶対に来るって言っていましたから」
言い終わるか終わらないかのうちに、試着室のドアが押し開けられた。
心渉の目に瞬時に光が宿り、振り返ってそちらを見た……だが、その笑顔は顔に張り付いたまま凍りついた。
篤優は確かに来ていた。
しかし彼の後ろには、義理の妹である田村結月がついてきていた。
結月は、篤優の親友である田村蒼海の妹だ。
二年前、蒼海は篤優を助けようとして命を落とし、死の間際にたった一人の妹を彼に託した。
それ以来、篤優は結月を家に迎え入れ、実の妹のように可愛がってきた。
そしてそれ以来、篤優は心渉に対してますますいい加減で冷淡になっていった。
その一方で、この義理の妹をまるで目の中に入れても痛くないほど甘やかしていた。
「篤優?」心渉はなぜか心が重くなるのを感じた。 「どうして……結月を連れてきたの?」
篤優は彼女の前に歩み寄ると、ウェディングドレスには一瞥もくれず、単刀直入に告げた。 「心渉、俺たちの結婚式を来月に前倒しする」
心渉は呆然とした。 「前倒し? どうして? ホテルも招待状も、招待客のリストも全部決まっているのに、来月なんて……間に合うわけないじゃない?」
「結月が妊娠したんだ」篤優の声は、今日の天気を話すかのように平然としていた。 「二ヶ月後までは引き延ばせない」
心渉は自分の耳を疑った。 「結月が妊娠した?でも、それが私たちの結婚式と何の関係があるの?」
彼女は篤優が結月を可愛がっていることを知っている。
時には、婚約者である彼女でさえ羨ましく思い、嫉妬してしまうほど可愛がっていることも。
だが、いくら親しい妹だからといって、妊娠したからといって兄の結婚式に影響を及ぼすなんて理屈はないはずだ!
篤優は少し沈黙してから言った。 「結月が身ごもっているのは、俺の子だ」
ドーン――!
頭の中で耳鳴りが響き渡った。
その後、茫然とした空白が訪れた。
心渉はよろめきながら一歩後ずさり、背後にあるドレッサーに手をついて辛うじて立ち直った。
彼女は篤優を見つめ、全身を震わせた。 「あなた……なんて言ったの?」
彼女の声が突然高くなった。 「田村結月のことは妹としてしか見てないって言ってたじゃない!」
篤優は淡々と彼女を一瞥した。 「心渉、落ち着け。 これはただの事故だ」
男の口調はひどく落ち着いていた。
まるでそれが取るに足らない些細なことであるかのように、平然としていた。
「あの日、接待に出かけた時、手違いで薬入りの酒を飲んでしまったんだ。 結月が親切にそばで看病してくれたんだが、俺は意識が朦朧としていて、彼女をお前だと勘違いしてしまった」
心渉はただただ途方もなく馬鹿げていると感じた。
「私と勘違いした? 内山篤優、 おかしいと思わないの? この数年間、 あなたは私に一度でも触れたことがある? どうやって彼女を私と勘違いしたっていうの? 私と寝るのと彼女と寝るのとで、 どんな違いがあるか知っているの?」
篤優は顔を曇らせた。「心渉、理不尽なことを言うな。 俺がお前に触れないのは、俺たちの最も素晴らしい初めての夜を新婚初夜に残しておくためだと分かっているだろう」
心渉は悲痛な笑みを浮かべた。
涙はもう抑えきれず、彼女の蒼白な頬を伝って流れ落ちた。
彼女の悲しむ様子を見て、篤優は少し眉をひそめ、彼女の手を握ってなだめようとした。 「心渉、安心してくれ。 俺は結月を妹としてしか見ていない。 お前こそが、俺が残りの人生を共に過ごしたい妻なんだ……」
「触らないで!」
心渉は毒蛇に噛まれたかのように勢いよく手を引っ込め、二歩後ずさった。
彼女は篤優を見つめ、今はただ吐き気しか感じなかった。
「それで?」 心渉は泣くよりもひどい笑みを浮かべた。 「私は馬鹿みたいに、 一人で八回もウェディングドレスを試着したのよ! 今日やっとあなたが来てくれたと思ったら、 ただ私に…… 浮気したって伝えるためだったの?」
篤優は顔を背けた。だが、その声は刃のように鋭く響いた。
「俺の両親の意向としては、どうせ……お前はもう子供を産めないんだから、と」
彼は少し言葉を区切り、ためらっているかのようだったが、さらに残酷な言葉を口にした。
「お前は仕事を辞めて、八ヶ月間安心して出産を待つんだ。 子供が生まれたら、結月の子をお前の名義で育てる……」
パシッ――!
心渉は篤優の顔を思い切り平手打ちした。
腹部にいつもの痙攣するような痛みが走った。
彼女は無意識に下腹部をきつく押さえつけ、爪が肉に食い込みそうになった。
「内山篤優……」
「私を見て!もう一度言ってみて――」
彼女はほとんど叫ぶように言い、涙が堰を切ったように溢れ出した。 「私が子供を産めないのは!誰のせいなの?!」
「私が医学を学んだこの両手を台無しにしたのは、誰のためだったの?!」
「あなたを助けるためだったじゃない!」
心渉の涙に濡れた目は絶望に満ちていた。 「それなのに今…… あなたは他の女の子供を、 私に押し付けようとしているの? 私のことをなんだと思っているの? あなたの隠し子を育てるための道具なの!」
篤優は硬直した。
平手打ちされて湧き上がった怒りは、次第に胸の痛みに取って代わられた。
彼は前に出て、心渉を腕の中に抱きしめようとした。
しかしその時――
結月が突然おずおずと前に進み出て、涙ながらに心渉の手を引こうと手を伸ばした。
「心渉さん、 篤優お兄ちゃんを責めないで。 全部私のせいなの…… 篤優お兄ちゃんが薬で苦しんでいるのを見ていられなくて、 拒めなかった私が悪いの…… 篤優お兄ちゃんの子供を身ごもるべきじゃなかった」
「でも約束する、絶対に篤優お兄ちゃんを奪おうなんて思ってないから」
「私はただ子供を産んで、子供に完全な家庭をあげたいだけなの。 心渉さん、お願い、私の願いを叶えてくれないかな?」
結月はそう言いながら、心渉の手を掴んだ。
心渉は腕の内側に突き刺さるような激痛を感じた!
結月の爪が、彼女の皮膚と肉に深く食い込んでいたのだ!
「何をするの?!」 心渉は痛みに耐えかね、 手を引っ込めた。
「あっ――!」
結月が突然悲鳴を上げ、体全体が二歩後ろによろめき、ドンッと背後のドレッサーにぶつかった!
結月はお腹を押さえ、苦しそうに床に崩れ落ちた。
口から苦しげな声を漏らした。「心渉さん…… どうして…… 私はただ謝りたかっただけなのに…… どうして私を突き飛ばしたの……」
「結月!」篤優は顔色を急変させ、駆け寄って彼女を抱き起こした。
彼は慎重に彼女の様子を確認し、その目には痛ましさが満ちていた。 「痛いか?怖がらないで、俺がここにいるから」
「篤優お兄ちゃん……」結月は彼の胸に寄り添い、ブルブルと震えながら涙を流した。「お腹がすごく痛い……赤ちゃん、私たちの赤ちゃん、大丈夫かな……」
「大丈夫だ!」篤優は優しい声で慰めた。
そして勢いよく振り向き、刃のような視線を心渉に突き刺した。
「杉山心渉!結月に謝れ!」
心渉はその場に立ち尽くし、腕の爪が食い込んで血が滲んでいる傷口を見た。
そして、篤優の腕の中で弱々しく無力な結月を見た。
突然、彼女は笑い出した。
腰を折り曲げて、狂ったように涙をあふれさせながら、息もできないほど笑い続けた。
「内山篤優」 笑い声が次第に収まると、 彼女は涙の跡が残る顔を上げた。 「あの時、 私があなたをかばって刺され、 手術台の上で死にかけた時、 あなたもこうして私を抱きしめて、 一生面倒を見ると言ったわよね……」
篤優の目は一瞬揺らいだが、視線が腕の中で震える結月に触れた。
そのわずかな動揺はすぐに押し殺され、再び氷のように冷たくなった。 「それとこれとは別だ。 今はお前が結月を傷つけた。 もう一度言う、謝れ!さもなければ――」
「さもなければどうするの?」 心渉は彼の言葉を遮り、口角に嘲笑を浮かべた。
彼女は一歩一歩近づき、篤優の前で立ち止まった。
彼を見つめた。 彼女が七年間愛したこの男を。
この顔を、彼女は夢の中で何度も思い描いてきた。
今となっては、冷たさと嫌悪しか残っていなかった。
「内山篤優」 彼女は小声で言った。 その一文字一文字が、心臓の先からえぐり取られたかのようだった。 「あなたがそんなに彼女を大切に思っていて、あなたと彼女の子供に正当な身分を与えたいのなら」
「どうして無理をしてまで私と結婚しようとするの?」
「彼女と結婚すれば、いいじゃない?」
彼女は頭のベールを外し、床に投げ捨てた。
「あなたたちの思い通りにしてあげる!」
篤優の瞳孔が急激に収縮した。 「杉山心渉、どういう意味だ?」
「どういう意味かって……」
「婚約破棄よ!」
「汚れた男なんて、私、杉山心渉にはもういらない!」
心渉の声は落ち着いていた。 薄いレースの襟元を掴み、力任せに左右に引き裂いた。
手縫いのレースが引き裂かれ、真珠がパラパラとこぼれ落ちた。
高価なオーダーメイドのウェディングドレスは、彼女の手の中でただの破れた布切れの山と化した。
彼女は引き裂いたウェディングドレスを結月に投げつけた。
「田村結月、あなたがこれだけ計算して、欲しかったのはこれでしょう?」
「このウェディングドレス、あなたにあげる!」
「この男も、あなたにあげる!」
「内山社長との末永い幸せと、早急な跡継ぎ誕生を、心から願ってるわ」
そう言い残し、彼女は裸足のまま、何の未練もなく背を向けて立ち去った。
「杉山心渉!戻ってこい!」篤優が彼女の背後で鋭く叫んだ。 「今日このドアを出て行ったら、二度と戻ってこられると思うなよ!」
心渉の足は止まらなかった。
彼女の決然とした後ろ姿を見て、篤優の心に理由のないパニックが湧き上がった。
まるで自分だけの宝物を失ってしまうかのように。
彼は無意識に立ち上がって追いかけようとした。
しかしその時、腕の中の結月が再び苦しげなうめき声を上げた。
篤優が視線を向けると、彼女の青白い小さな顔にはすぐに気丈な表情が浮かんだ。
「篤優お兄ちゃん、私……私は大丈夫だから……早く心渉さんを追いかけて!」
「それに赤ちゃんも…… もういいの…… 私たちの赤ちゃんとお別れするのはすごく辛いけど、 心渉さんが本当に気にするなら、 私…… 私やっぱり赤ちゃんを堕ろすね…… うぅぅ……」
そう言いながら、彼女の涙は糸の切れた真珠のようにこぼれ落ちた。
篤優はすぐに心渉を追いかける考えを捨て、 痛ましそうに彼女を抱き上げた。 「馬鹿なことを言うな。 俺が俺たちの子供をいらないなんて言うわけないだろう? 今すぐ病院に連れて行って検査してもらおう」
「心渉については……」
彼の顔に一瞬、苛立ちが走った。 「あいつはこの数年、俺に甘やかされてわがままになりすぎたんだ。 婚約破棄なんて脅しを使えば俺が妥協すると思っている……どうやら、あいつの性根をしっかり叩き直して、内山家の若奥様としてどう振る舞うべきか分からせる必要があるようだな」
篤優はうつむき、優しく結月の涙を拭うと、確信に満ちた口調で言った。
「安心しろ、あいつが騒ぐのも長くは続かない。 あいつは俺に命さえ捧げられるんだ……あいつが俺から離れられるわけがない!」
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