「オータム・イェ!」 ライアンは怒りでオータムをフルネームで呼んだ。 幸いなことに、チャールズは数メートル離れた所におり、それに気づかなかった。
「なんとかしろよ。それがお前がやるべき事だ。わかったな? お前は俺の同意なしで、ワインパーティーから報告会に変更したせいで、 どれだけ利益が減るか知っているだろう? 今、お前にして欲しいことは、 ルーさんの昼食に同行して、彼を喜ばせることだけだ。そうすれば、長期提携ができるかもしれない。 これはさっきの埋め合わせだな。 わかったか?」
オータムが何も言わなかったので、ライアンは落ち着いた声で続けた。「この会社が大変な時だっていうことはお前も知ってるだろう。 とにかく この件は頼むよ。 食事代は会社が持つから」
ライアンの飴と鞭の作戦は上手く行き、オータムはついにチャールズと昼食に行くことに同意した。
ライアンは彼女がどこにも雇われないでいた時、彼女を雇ったのだ。 彼女はその恩義をずっと覚えていた。
だから、この数年他社が彼女を引き抜こうとしても、彼女はこの会社を去ることは考えなかった。
「イェさん、出かける準備はできたか?」 チャールズが再度尋ねた。 ライアンは彼女の肩を軽くたたき言った。「とにかく一緒に行ってくれ」
「わかりました。 行きましょう」と、オータムが不本意ながら承知した。 彼らが会議室を出る時、ポーラに出くわした。
軽蔑したように鼻を鳴らして目をそらしたポーラは、 嫉妬心が湧き上がってきた。
「君たちは先にオフィスに戻っていてくれ」チャールズは彼の部下に指示した。 チャールズの特別アシスタントであるデビッド・ファンは、上司であるチャールズのすぐ隣に立っている美しいオータムの事を気に留めずにはいられなかった。
彼は今日のチャールズが何か変だと思っていた。 すべき重要事項が沢山あるのに、ビデオ会議ですらさぼってこの会議に出席するのはなぜだ? 特にこの会議はちっとも重要じゃない会議であり、デビットすら出席するに足らない。
しかし、彼がチャールズの隣にいる女性を見た時、何故チャールズがこの会議に出席したがったのかを知った。
昨日、デビッドは距離を置いて立っていたが、 ルー夫人の顔はよく覚えていた。
「ルーさん。 この辺りにいいレストランはありません。 その角を曲がったところにある喫茶店で、軽食でも取りましょうか? それに、企画の詳細についても話し合えましょう…」
「ここに良いレストランがないのであれば、車で別のレストランに行けばいい。 QL通りにとても美味しい日本料理屋があると聞いたんだ。 そこで昼食を取ろう」
「QL通り?」 オータムは驚いた。「そこまで往復1時間くらいかかりますわ。 ルーさん、 私、お昼休みは1時間しかないです…」
「行こう」チャールズはオータムが話しているのを止め、彼女を車へ急がせた。 オータムが車に乗り込むと、彼は車を走らせた。
「黄金穴子焼きに、季節の刺身と寿司の盛り合わせ、京湯葉、それと… 和菓子と緑茶。 それだけだ! お願い」 チャールズは常連のように、 すぐ二人のための料理を注文した。 彼の向こう側に座っているオータムは、メニューの価格をチラリと見た。
この昼食代は彼女の週給ほどする。
チャールズさんはこの昼食代が一般人にとって何を意味するのか、知ることはないだろうとオータムは思っていた。
二人きりになり、オータムは少し気安くなった。 「バイさんと一緒によくここに来るの?」と、彼女が聞かずにはいられなかった。
チャールズが眉をひそめた。 彼は何故自分の妻がレイチェルの事を聞き続けるのか理解できなかった。
「そうだ、何度か来たことがある。 今注文した料理は彼女の好物だ」 チャールズは間違いなく彼女の質問に腹を立てており、 仕返しをするため嘘をついた。
「ああ、なるほどね」と、オータムは頷き続けた。「バイさんはスターだから、大切にしているのね」
チャールズはその言葉にどう返していいのかわからなかった。
「ルーさん、 もし、今朝のプレゼンテーションについて何か違う意見があれば、教えてもらえます? オフィスに戻ったら変更します」と、オータムが言った。 彼女はまだ自分の事をクライアントである様に接していたことに、 チャールズは不快を感じた。 そのため、彼は意図的に難題を指摘していった。 オータムはそれらを一つずつ手帳に書いた。
「とりあえず食べよう」彼女の真っ直ぐで真面目な顔を見て、チャールズはすっきりした。
「これから毎日お前を昼食に連れて行く」と、突然チャールズが言った。 それを聞いた途端、オータムはむせだし、 そしてすぐに断った。「いいえ、結構です。 そんな事しなくてもいいです…」
「イボン… イェ、俺はお前の夫だ。 俺の言うことを聞くべきだ」チャールズは断固として言った。 決して拒絶を受け入れない様子だった。
オータムはレイチェルの事を考え、再度断ろうとした。「でも…」 しかし、それをやめた。 多分、チャールズには彼なりの考えがあるんだろう。 なので、彼女は何も言わず頷いた。
昼食後、チャールズはオータムをオフィスまで送り届けた。 今回は、車を門の前で止めた。 オータムがオフィスに戻ると、ポーラが水の入ったグラスを手に近づいてきた。 ポーラは道を譲ろうとしているふりをしたが、水を全部オータムの服にこぼしてしまった。オータムの服はべとべとに濡れた。
「なんてこと! すみませんね…」 ポーラがにっこり笑った。
熱湯でなくてよかった。 オータムはそう考えながら、ポーラを無視し、通り過ぎようとした。 しかし、ポーラが彼女の前に立ち、「イェ、ちょっと見かけが可愛いからって、他人の結婚生活を壊さない方がいいわ。 服が濡れただけでよかったわね。 次は誰かに顔に水をかけられるわ」と嘲笑いながら言った。「これは親切な忠告なのよ。 ルーさんは 既婚者よ。 羞恥心がまだ残ってるなら、彼に手を出さないことね。 そうじゃないと、全て失うことになるかもよ。 そんな時が来ても泣かないことね」
オータムは眉をひそめた。 ポーラには何も言いたくなかったので、さっさと彼女を通り過ぎた。
が、オータムが自分を無視したことが、ポーラをさらに激怒させた。 「純粋な女の子のふりをし続ければいいわ。 何人の男と寝たか知ったもんじゃない」と、ポーラが後ろで言った。
その日の午後、オータムはチャールズの使用人から電話を受けた。 オータムに夕飯の準備を頼むって。チャールズは今日早く帰るので夕飯を準備しろと、使用人に連絡をしたが、 その使用人は家の急用があり、仕方なくオータムへ連絡したのだ。
オータムは断ろうとしたが、今自分はチャールズの妻だということを思い出し、 最終的に夕食を作ることにした。 そして、チャールズの好みを使用人に聞いた。
使用人からオータムが夕食を作ることに同意したという事を聞いた時、チャールズは驚いた。 彼は眉をひそめながら、指でテーブルを軽く叩いた。
彼は結婚式の前に結婚する女性について調べていた。 彼が知っている限り、イボンヌは料理ができないはずだ。 なのに、何故彼女は夕食の用意を受け入れたのだろう?
「ボス?」 デビットは電話が掛かって来る前、チャールズに先月の業績を報告していた。 しかし、チャールズが電話の後に上の空になったとはデビットが思ってもみなかった。 これまでこんなことはチャールズに起こらなかった。
「デビット、 結婚後、性格が変わるって事あると思うか?」 チャールズは自分の妻がどこか普通ではないのかと思ったが、確かではなかった。
「そうは思いませんが…」と、デビットは戸惑いながら言った。
実際、デビットはどう彼の質問に答えていたのかわからなかった。 彼はまだ独身なのだ。 そんなこと知るはずもない。
「イボンヌと彼女の家族について調べてくれ。 彼女に何があるのかが知りたい。 そして、イボンヌの写真も何枚か持ってきてくれ」と、指示した。
オータムが夕食を作ることを知り、チャールズはこれまでで初めて時間通りにオフィスをでた。 彼に残業をする習慣があったからだ。
オータムは仕事後、地下鉄でスーパーに行き、スペアリブと魚の切り身、それに野菜を数種類買い、 帰宅した。
彼女は祖母に育てられた。小さな頃、祖母から料理の仕方を教わっていた。
暫く料理をしていなかったが、まだ作り方はよく覚えている。 長い髪を上で纏め、エプロンを付け、彼女は料理をし始めた。 チャールズが家に着いた時、彼女は台所で夕飯の準備に忙しくしていた。
「夕食はすぐに出来上がるわ。 手を洗って来て」 ドアが開く音に気づいた時、オータムが身を乗り出してチャールズに言った。
チャールズは彼女に料理を作らせるのは、彼女の正体についての謎を知りたかったのだ。 しかし、彼女のエプロン姿を見て、「家」という言葉が頭の中をよぎった。