ニュー・ストリート市場は人でごった返していた。 この市場の路地は車が通れるほど広くなかったので、 チャールズは市場の入り口に車を止め、オータムと一緒に歩いていった。
彼はわざとオータムの一歩後ろを歩き、彼女の腰から少し離して手を回し、群衆から彼女を守ろうとしていた。
「夕食は何がいい?」 オータムが突然チャールズの方へ振り返った。 彼女を守ろうとしている彼の優しい気持ちが彼女を深く感動させた。
こんなに優しくされるのは人生で初めてだったのだ。
「好きなものを買っていいよ」 チャールズはあまり食べ物にこだわりが無く、 ただ、オータムと一緒に居たかっただけだった。
「だったら… ユリの球根とセロリの炒め物と醤油風味の魚、それとウリとスペアリブのスープなんかどう?」 オータムがさりげなく聞いた。 チャールズがすぐ頷いたので、オータムは野菜売り場に向かった。 「おばあさん、このセロリはいくら?」
「あら、元気にしてた?」 老女が微笑んだ。 彼女はチャールズにも気づき、「これは… 彼氏なの?」と聞いた。
「彼女の夫です」 と、チャールズが笑顔で答え、オフィスで取締役として威張っているような素振りはしなかった。
オータムは赤面した。 彼女は野菜を手に取り、急いで立ち去ろうとしていた。 彼らが去ろうとした時、その老女は気前よくオータムにネギを送って、そして言った。「あんた、人を見る目があるわ。 あんたのおばあさんも安心してもいいね」
市場のほとんどの人は、彼女は祖母に善く仕える孝行な子だと知っていた。 彼女が思いやりのある夫を見つけたことに対して、皆嬉しがった。
祖母のことを思うと、オータムは感情が湧き出てきて息を詰まらせた。 彼女は急いで他の買い物をし、チャールズと一緒に帰宅した。 家に着くと、彼女は髪を綺麗なポニーテールにまとめ、料理をし始めた。
スペアリブを熱湯できれい洗い、鍋に入れたあと、 残りの食材の調理を始めた。 まもなく、3品の美味しそうな料理が出された。
オータムはエプロンを脱ぎ、チャールズに来るように呼びかけた。 「夕食、出来上がったわ」
ソファに座ったチャールズはそれを聞いて、新聞を置いた。 彼は新聞など読んでいるふりをして、 実際オータムを観察した。 彼はもっと彼女のことを知りたくなった。
オータムは茶碗にご飯を付けてチャールズに渡した。 彼に見つめられているとわかり、聞かずにいられなくなった。「どうしたの? 顔が汚れているの?」
そう言いながら手で顔を拭いた。
チャールズは首を振って言った。 「いや、別に。 さぁ、食べよう」
オータムはあまり押し付ける事はしなかった。 彼女は静かに夕食を終え、テーブルを片付けた。 そして、2階に上がり企画を見直し始めた。
チャールズは、彼女が何度も企画を変更しなおさないといけないのは自分のせいだとわかっていたが、 自分と一緒に居た時間は短すぎたので、彼女に不満を抱いた。 このままだと、彼らの関係は「ただのルームメイト」で終わってしまうだろう。
チャールズは夕食後も彼らの関係について考え続けたが、 考えれば考えるほど、不満が増していった。 それで、助言を得るため、祖父に電話をかけた。
祖父は、新婚夫婦を家に二人きりにするため、 孫娘を訪ねアメリカに行ったのだ。 チャールズが電話をかけた時、彼は釣りに行くところだった。
「チャールズ、元気かい? イボンヌと仲良くしているか?」 祖父の陽気な声から、チャールズは彼が快適に過ごしていることを感じた。
「お祖父様、いつ帰って来るんですか?」 チャールズは祖父に尋ねた。
「まだまだ早い」 祖父は続けた、「どうしたんだ? 俺は釣りで忙しいんだよ」
チャールズは暫くためらって、そして、「大したことではありません。 ただ、 イボンヌが…」と言った
「俺の愛する義理の娘がどうした?」 祖父はショックを受けたように聞いた。 彼は式以前イボンヌに会ったことがなかったが、結婚式のことで彼女をとても気に入っていた。 あの日、チャールズは式に相応しくない態度を取っていたが、彼女は一言も文句を言わず色々な事に対処していた。 彼は彼女の我慢強さに本当に感心していた。
チャールズの漠然とした話に彼は少し心配していた。
「どうしたんですか、お祖父様?」 チャールズは電話の向こうに、妹のクリス・ルーの声を聞いた。 クリスは彼に向かって大声で言った。「兄さん、私もう荷造りしたの。 すぐ戻るから」
チャールズはそれを聞いて喜んだ。
翌朝、チャールズが階下に降りて行った時、オータムはすでに出勤した。 彼女は豪勢な朝食を用意し、テーブルにメモを残していった。 今朝の朝食はサンドイッチだ。 チャールズはそれを牛乳と一緒に食べ、オフィスに出かけた。
オータムは一晩中企画に取り組んでいたのにも関わらず、 朝早く、地下鉄で出勤した。 オータムはオフィスに到着したが、まだ早かったので、 給湯室でコーヒーを淹れていた。 彼女が給湯室を出ようとした時、外からポーラの声が聞こえた。 「ねぇ、聞いた? ルーさんね、 昨日、イェが誘惑してこようとしたから激怒したのよ。 あのあばずれ女、どんな神経しているのかしら?」
「ポーラ、イェの噂話はやめたら。 彼女はそんなタイプの人ではないわ」 誰かがオータムを庇うのを聞き、ポーラが嘲笑した。 「あなたね、彼女を長い事知っているようだけど、彼女の本心は見抜けなかった見たいね。 私は彼女に初めて会った瞬間、見抜いたわ。 ここで楽しんで働いている振りをしてるけど、本当は金持ちの旦那を見つけて落ち着きたいだけよ。 チャールズが彼女に惚れ込むかどうか少し様子を見て見よう。 私、そんな事絶対起こらないと思うけどね」
ポーラは昨日の出来事を考えずにはいられなかった。 考えるにつれ、怒りが増してきていた。 そして、容赦なくオータムを罵った。 それに反し、オータムは彼女と言い合いするつもりもなかった。 コーヒーを持ち、彼らの事は気にせず自分のオフィスに真っ直ぐ向かって行った。
ポーラがオータムに気がつき、 また嘲笑した。 「みんなは同僚だから、忠告をするのよ。 態度を改めるよう、教育し直さないといけない人がいるの。 男の気を引く為に行き過ぎた行動をするべきではないわ」
オータムはさっさと歩き、彼女の戯言を避ける為オフィスのドアを閉めた。
やり直した企画をデビットにメールで送った。 暫くして、彼からの電話を受けた。 「イェさん、取締役はまだあの企画の改善が必要だと言っております。 当社までお越し頂けないでしょうか。 迎えの車を行かせますので」
「その必要はございません。 地下鉄で伺います」
「車はすでにそちらに向かっています。 10分後にオフィスの入り口に到着します」 デビットはチャールズの元で何年も働いている。 彼の考えていることは解っているつもりだ。
自社取締役の妻が地下鉄で来るって言うのか?
オータムはライアンにシャイニングカンパニーに出向く事を伝えた。 ライアンは承諾したが、以前ほど彼女のことを評価していなかった。 彼は、シャイニングカンパニーからの他イベントの企画依頼を期待していた。
オータムが階下の出入口に降りて来た時には、予定通り車が到着していた。 運転手は彼女を見ると、車を降りて挨拶した。 そして彼女の為に車のドアを開けた。
彼女はチャールズの事務所へ向かう途中一言も話さなかった。
車がシャイニングカンパニーの入り口に到着した。 そのオフィスの豪華さに彼女は驚いた。
グーグループも壮大だが、シャイニングカンパニーに比べると、なんて事はない。
デビットが彼女の到着を待ち構えており、 彼女が着くとチャールズのオフィスの外にある居間に連れて行った。 「イェさん、ここでお待ちください。 10分程でビデオ会議が終わりますので」
「はい」 と、オータムが頷いた。 ガラスのドア越しにチャールズが見えた。 仕事をしている彼はとても魅力的だった。
そこに居る皆が真面目な顔つきで颯爽と歩いているの見て、オータムは背を伸ばし座り直した。