健の笑い声ではない。彼の笑い声は、役員会議室で優位性を示すために使う、練習された鋭い吠え声のようなものだ。この声は低く、喉の奥から発せられる、女性的なものだった。重い木製のドアを震わせ、世良の胃の腑にまっすぐ届き、朝食に飲んだコーヒーを胃酸に変えてしまうような声。
その笑い声には聞き覚えがあった。曽根 鈴奈。彼女の「親友」。3年前にウェディングドレス選びを手伝ってくれた女性。そして現在、この会社の最高マーケティング責任者を務める女性。
世良はノックをしなかった。名乗りもしなかった。あの笑い声が耳に届いた瞬間、礼儀正しさなど消え失せていた。
彼女は取っ手を押し下げた。カチリと、鋭く機械的な審判のような音がして、ドアが開いた。
中の光景は、単なる裏切りではなかった。陳腐な決まり文句そのものだった。あまりにありきたりで、途中で見るのをやめてしまうような、安っぽく下品な映画のワンシーン。
健は革張りのソファに座り、ネクタイを緩め、白いドレスシャツの襟のボタンを外していた。鈴奈が彼にまたがり、スカートを太ももまでたくし上げ、頭を後ろに反らせていた。そこには、絡み合う手足と野心があった。
ドアが戸当たりにぶつかる音が、銃声のように響いた。
鈴奈は恥じらうでもなく、苛立ちを滲ませながら彼の上から慌てて降りた。スカートを直し、何気ない仕草で生地を撫でる。そのさりげなさに、世良の視界がぼやけた。健は身を起こした。罪悪感も、恐怖も感じているようには見えなかった。
彼は苛立っていた。まるで注文を間違えたウェイトレスを見るかのように。
「世良」健が言った。ぎこちないながらも正確な動きでネクタイを締め直す。「ノックもしないのか?」
その厚かましさに、部屋の空気が失われた。彼は言い訳を探すどころか、彼女の行儀の悪さを咎めていた。
世良は戸口に立ち尽くした。胸に奇妙な感覚が広がる。心臓が鼓動を止め、ただ肋骨に当たって震えているかのようだった。鈴奈に目をやる。彼女の口紅は滲んでいた——かつて彼女が、妻がつけるには「大胆すぎる」と世良に思い込ませた色と同じ、鮮やかで暴力的な赤色だった。
「話があるの」世良は言った。自分の声に驚いた。震えてはいない。平坦で、感情がなかった。
鈴奈がほくそ笑んだ。一瞬で消えた微細な表情だったが、世良は見逃さなかった。それは、相手が始まったことすら知らないゲームに勝利した者の顔だった。
「あなた」鈴奈は、見せかけの心配を声に滲ませて言った。「まずい状況に見えるのはわかるわ。でも、健と私はただ…戦略について話し合っていただけよ」
「戦略」世良は繰り返した。部屋の中へ足を踏み入れる。厚いカーペットが、彼女の安物のフラットシューズの音を飲み込んだ。「今はそれをそう呼ぶのね?」
健は立ち上がった。巨大なマホガニーのデスクの後ろに回り、盾のように家具を二人の間に置いた。そこなら安心できた。力強くもいられる。「大げさに騒ぐな、世良。ヒステリーを起こすな。家に帰れ。話は後だ」
彼は手を振って、彼女を追い払おうとした。まるで食卓から犬を追い払うかのように。
世良はトートバッグに手を入れた。沢井家の人間になる前から持っている、古いキャンバス地のバッグだ。健はそれを嫌っていた。貧乏臭く見えると言って。
厚いマニラ封筒を取り出した。何日も持ち歩き、悩み、ためらっていたものだ。中には、図書館で印刷した申立書の草案が入っていた。
彼女はそれをデスクの上に置いた。磨かれた木材に、パサリと軽い音を立てて落ちた。
「離婚を申請するわ」彼女は言った。
その後の沈黙は重く、耳に圧し掛かってきた。
健は封筒に目をやり、それから彼女を見た。喉の奥から笑いが込み上げてくる——あの短く、吠えるような声だ。「お前が?俺を捨てる?何の金があってだ、世良?お前には何もない。俺がいなければ、お前は無価値だ」
鈴奈がデスクに歩み寄り、腰を預けて彼と並んだ。構図は明らかだった。彼ら対彼女。「あら、あなた」鈴奈は、甘ったるい声で言った。「早まらないで。どこへ行くつもり?トレーラーパークにでも戻るの?」
世良は彼女を無視した。夫の目を見据える。「和解しがたい不和。きれいさっぱり縁を切りたいの」
健はその書類を手に取った。嘲笑を浮かべながら、たった1枚のページをめくる。「何もいらないと?慰謝料も?家も?」
「ただ、ここから出たいだけ」世良は言い切った。指の震えを隠すために、体の前で両手を組んでいた。恐怖からではない。怒りからだ。
健は書類を投げ返した。「結構だ。どうせびた一文も手に入らない。俺には鉄壁の婚前契約がある。そのドアから出て行けば、お前は俺が見つけた時と同じ、哀れな慈善事業の対象に戻るだけだ」
「わかってるわ」世良は静かに言った。背を向ける。傲慢な健と、してやったりという顔の鈴奈——その光景は、彼女に喜びをもたらさなかった。ただ、疲労感だけだった。
「待て」健が言った。声色が変わり、凄みを帯びる。「沢井の人間から、勝手に離れることは許さん。俺が終わったと言うまではな」
彼はデスクを回り込んで飛びかかってきた。「マスコミにどう説明するか話し合うまで、どこにも行かせん!」
彼は彼女に手を伸ばした。その手があざができるほど強く、彼女の手首を掴んだ。
その一瞬、世良は考えなかった。本能が燃え上がったが、殴りかかりたい衝動を抑え込んだ。ここにいるのは兵士ではない。妻なのだ。
肌の汗を利用して腕をぐいと引き抜き、必死に身をよじった。彼の足の甲を強く踏みつける——怯えた女の、不器用で必死の抵抗だった。
「離して!」彼女は叫んだ。
健は足の突然の痛みに驚いて声を上げ、握る力が緩んだ。世良はよろめきながら後ずさり、肩をドアフレームにぶつけた。
彼は怒りに見開いた目で彼女を睨みつけた。彼女が反撃するのを見たのは初めてだった、たとえ不器用であっても。彼が期待していたのは涙であり、抵抗ではなかった。
世良は廊下に立ち、指の跡が赤く残る手首を握りしめた。心臓が、捕らえられた鳥のように肋骨を激しく打ちつけていた。
「法廷で会いましょう、健」
彼女は背を向けてエレベーターに向かって歩き出した。走らない。呼吸を整えながら、リズミカルに歩いた。
コツ、コツ、コツ。
エレベーターにたどり着いた。ボタンを押す。ドアが滑るように開く。彼女は中に足を踏み入れた。
夫が自分の名前を叫ぶ姿を遮るようにドアが閉まると、芦田 世良はようやく堪えていた息を吐き出した。膝から力が抜けた。エレベーターの金属の壁に寄りかかり、床にへたり込むまでずるずると滑り落ちた。膝を胸に引き寄せ、両手で顔を覆った。
泣かなかった。泣けなかった。彼女の中で涙を流す部分は、ずっと前に死んでしまっていた。
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