私は遺伝性の持病を抱える資産家の娘. 婚約者の海翔は, 両親が亡くなる前に私の将来を託した唯一の頼りだった.
しかし, ある日, 見知らぬ番号から一枚の写真が送られてきた. そこには, 私の同僚である結実と親密に抱き合う海翔の姿が写っていた.
その夜, 自宅に帰ると, 二人は私の留守をいいことにソファで抱き合っていた.
問い詰めると, 彼は母の形見であるオルゴールを床に叩きつけ, 持病の発作で苦しむ私に, 不動産の譲渡契約書へのサインを強要した.
さらに, 結実は妊娠を告げ, 私を突き飛ばして流産したと偽り, 病院で私を殺人犯に仕立て上げようとした.
愛した男は私の財産だけを狙い, 同僚は偽りの妊娠で私を陥れようとする. 母が遺したたった一つの形見さえ, 彼の怒りで粉々に砕け散った.
だが, 彼らはまだ知らない. 私がサインした契約書がただの紙切れであり, 私の全財産がすでに海外へ送金済みだということを.
第1章
浅田梓紗 POV:
目の前の書類は, 私が長年築き上げてきた全てを終わらせるものだった. 指先が震える. この一筆が, 私と海翔の関係を完全に断ち切る.
しかし, もう引き返せない.
私の人生は, この書類によって新しい章を開くのだ.
「梓紗さん, 本当にこれでよろしいのですか? 」
秘書の森山さんが, 心配そうに尋ねた.
彼の声には, 私への同情と, この行動への困惑が混じっていた.
私は顔を上げず, ただ書類の空白を見つめていた.
「ええ, これでいいの」
私の声は, 驚くほど冷静だった.
まるで, 他人のことのように.
森山さんは, もう一度私に確認した.
「関口さんの説得も聞かずに? 」
私は冷たい笑みを浮かべた.
「彼はこの財産が欲しくてたまらないでしょう? 」
「え, それは…」
森山さんは言葉に詰まった.
その沈黙が, 私の推測を肯定していた.
私はペンを手に取った.
「彼が本当に大切なのは, この書類に書かれた数字だけよ」
ペン先が紙に触れる.
サラサラと, 自分の名前を書き記した.
「これで, 全て終わり」
私の心には, 奇妙な解放感が広がった.
重い鎖が外れたような, そんな感覚.
森山さんの驚いた顔が, 私の視界の端に映った.
彼はまだ, 私が何をしたのか理解していないだろう.
私がサインした瞬間, 私の携帯が震えた.
メッセージアプリの通知.
差出人は, 見知らぬ番号.
しかし, 添付された写真を見た瞬間, 私の息は止まった.
それは, 海翔と, 私の同僚である本間結実が, 親密そうに抱き合っている写真だった.
場所は, 私が彼にプレゼントしたばかりの, あの高級レストランの個室.
「ああ, そう」
私の口から, 乾いた声が漏れた.
心臓が, まるで氷に覆われたかのように冷たくなった.
「彼は, 最初から…」
私は悟った.
海翔は, 私を愛していたわけではなかった.
彼が欲しかったのは, 私の財産だけ.
そして, 本間結実もまた, その片棒を担いでいたのだ.
私は携帯を握りしめた.
指先が, 怒りで白くなる.
「こんな茶番, もうたくさんだわ」
過去5年間, 私は彼に全てを捧げてきた.
私の時間, 私の心, 私の夢.
しかし, 全ては無駄だった.
「これからは, 自分のために生きる」
私は立ち上がった.
部屋の空気が, 一瞬にして変わったように感じた.
その夜, 私は自宅のドアを開けた.
リビングからは, 聞き覚えのある声が聞こえてくる.
海翔と, 結実の声だ.
彼らは, 私が留守だと思っていたのだろう.
私は静かにリビングに入った.
二人は, ソファで抱き合っていた.
私の姿に気づいた瞬間, 彼らの顔から血の気が引いた.
特に海翔の顔は, 驚きと恐怖で歪んでいた.
しかし, 私の心は, 驚くほど平静だった.
「お邪魔だったかしら? 」
私の声は, 氷のように冷たかった.
海翔は, すぐに結実を突き飛ばした.
「あ, 梓紗! これは違うんだ! 」
彼はしどろもどろに言い訳を始めた.
私は, 彼の虚言癖をよく知っていた.
以前の私なら, 彼の言葉を信じていたかもしれない.
しかし, もう違う.
「違うって, 何が? 」
私は冷笑した.
海翔は, 私の質問に答えられない.
彼は, 以前から私を軽んじていた.
私が病弱で, 彼なしでは生きていけないとでも思っていたのだろう.
「あなたが欲しいのは, 私の会社の株式だけでしょう? 」
私は核心を突いた.
彼の顔が, さらに青ざめる.
結実が, 海翔の腕にしがみついた.
「違うわ! 海翔は私を愛してる! 」
彼女はヒステリックに叫んだ.
私は, 結実を一瞥した.
「あなたが彼に与えられるのは, あなたの体と, せいぜい慰めだけでしょうね」
私の言葉に, 海翔の体が硬直した.
結実の顔は, 怒りで真っ赤になった.
「あなたなんて, 病気のくせに! 」
彼女は私を罵倒した.
私は, この女に嫉妬する価値もないと悟っていた.
海翔は, 結実の口を塞いだ.
「梓紗, お願いだ. もう一度チャンスをくれないか? 」
彼の声には, 焦りが混じっていた.
しかし, その焦りは, 私への未練からくるものではない.
私の財産を失うことへの恐怖だ.
「チャンス? 何のだと? 」
私は尋ねた.
彼の目には, 欲望の色がはっきりと見て取れた.
「私に, あなたの会社の株を譲渡してほしい」
彼は, 何の躊躇もなく言い放った.
私は, 心底うんざりした.
「残念だけど, もう遅いわ」
私は言った.
「私が持っていた株は, 全て売却済みよ」
海翔の顔が, さらに驚愕に染まった.
彼は, 私の言葉の意味を理解できないようだった.
「そんなはずは…」
彼は呟いた.
私は, 冷笑した.
「あなたが, 自分の手で調べ上げた会社の財務状況, 覚えているかしら? 」
海翔の顔から, 血の気が完全に引いた.
彼は, 私が彼の裏をかいたことに気づいたのだ.
「私がどれだけ愚かだったか, 今ならよくわかる」
私は, 自嘲気味に笑った.
海翔は, 怒りで顔を歪めた.
「嫉妬するな! お前には関係ない! 」
彼は叫んだ.
彼の醜い本性が, 今, 目の前に晒されていた.