デュークがジャスティンを連れて去った後、一人の美しい女性が現れた。 その美しさは完全で、弓なりの眉毛は手を加えずとも完璧な弧線を描き、唇は口紅など塗らずとも赤かった。 この絶世の美女がパーティーに現れるなり、すべての男性の目が彼女に釘付けになった。 彼女は今、美しい目をきょろきょろさせ、おなじみの姿を探していた。 とうとう探したい人を見つけると、さらに優しく微笑んだ。それを見た男性達は一斉に息を呑んだ。 何という美人だ!その容貌は本当に驚異的で、まさに美の存在そのものである!
誰もが彼女の美しさに惹きつけられたが、話しかけようと思う無法者は居なかった。 ムー氏の「お相手」であることを 皆知っていたから。 そう。この女性はジェシカだ。 ムー氏がどれだけ他の女と浮名を流そうが、 彼女とはずっと関係を続けてきた。 したがって、彼女は他の女性たちよりも 格上だと思って、 少し優越感に浸りながら、 自分はムー夫人の 最有力候補だと信じている。
「エドワード」 ジェシカは当たり前のようにエドワードの胸に飛び込んだ。 同時に、自分たちの特別な関係をひけらかすかのように、 エドワードに見惚れている女性たちを自慢げにちらりと見た。
「なぜここにいる?」 ジェシカがこの場に現れるなどとは思ってもいなかったので、 エドワードは少し驚き、 思わずふさふさとした美しい眉をひそめた。 たった今電話で約束をキャンセルしたばかりなのに。
「今日はレン叔父さんのお誕生会でしょう?父が来られないから、私が代わりに来たの。 私に会えて嬉しくないの?」 ジェシカはエドワードの腕の中で楽しそうに説明した。
「嬉しくないというより、むしろびっくりした」 エドワードは別にどうでもいいといった様子で、あえて彼女を押しのけなかった。 しかし、遠くからその光景を見ていた誰かが怒りを爆発させ、何も食べずにエドワードに駆け寄った。突然の出来事にデュークは困惑した。 「何が起こった?」 とデュークは思った。
ジャスティンは考える前に行動してしまった。 ママの為にパパの周りをうろつく女性たちを追い払う、という使命に駆られたのだ。 恥知らずな女がパパの腕にぶら下がっているのを見て、「パパはこんな暑い日に女といちゃついて不快じゃないの?」 と彼は思った。
「パパ、このおばあさんは誰? 年寄り過ぎて支えてあげなきゃ立っていられないの?」 と、かわいらしい表情で父親の腕にしがみつき、ジェシカを追い払った。 「ふん! パパはママの物で、ママ以外の女の人とべたべたするなんて絶対ダメなんだから」 とジャスティンは思った。
「えっ? おばあさん?」 エドワードは飲んでいたシャンパンを噴出した。 そして、むせてしまいそうになり顔が真っ赤になった。この子はよく突拍子も無い事を言い出したなあ!
ジェシカは、おばあさんと呼ばれたことなんかより、この小さな男の子がエドワードをパパと呼んだのを聞いて、人生最大の衝撃を受けた。 それにエドワードも否定しなかった。
「エドワード、この子は誰? 間違ってパパと呼んだの?」 とジェシカは自分を納得させようとした。「いや、エドワードの息子なんて有り得ない。 そんなわけ無いもの。 こんな事あるわけが無い。 しかし、なぜこの子がエドワードにそっくりなの?」 と彼女は冷静に考えたが、 自分の推理に確証を持ってないので、いたたまれない気持ちになった。
「間違いではない。確かに俺の息子なんだ」 と聞きたくない答えが出てしまった。 エドワードは彼女の顔からどんどん血の気が引いていくのにも気付かなかった。 その答えを聞き、ジェシカは少し後退りした。 彼女はいつ気を失ってもおかしくないくらい弱弱しく見えた。 大抵男だったら、今にも倒れそうな弱い女性を見たら守ってあげたいと思うものだが、残念ながらエドワードはその例外だ。
ほんの数分前まで、ジェシカは自分がエドワードにとって特別だと感じていた。 しかし今、男は彼女を絶望の底に追い込んだ。 彼はとても移り気ではあるが、それでも長年彼女と一緒だった。 そのような縁があるので、最終的に彼と結ばれるのは 自分に違いないと思い込んでいた。 それなのに、この子供について何ら納得のいく説明すら受けていない。 彼にとって彼女はそこまで特別ではなかったのかもしれない。
ジェシカは歯を食いしばりながら、ただ茫然とした。 しかし、もし今立ち去ったら全て終わりになってしまうと思い、あえてその場に留まった。 エドワードと長年連れ添ったので、彼の人となりを熟知していた。 少なくとも彼の扱いには慣れていた。
エドワードは、気品を保ちながらも、ジェシカの表情を観察した。 そして微妙な冷笑さえ浮かべながら、 息子を腕の中に抱えて、ゆっくりとシャンパンをすすった。
彼がジェシカを捨てなかったのは、 愛しているから、という理由でもない。 言うならば、それは習慣のようなもので、 ジェシカは立場をわきまえ、思慮深く振る舞ってくれる女なので、あいまいな関係を保つのに好都合だったのだ。 だが実のところ、女性と深く関わることが好きではなかった。 さっきの反応から見ると、彼女はこれ以上のものを望んでいるようで、 そろそろ曖昧な関係を終わりにしようとエドワードが思った。
ジェシカはすぐに落ち着きを取り戻した。 そして一歩踏み出し、ジャスティンの小さな顔に触れながら言った。「ねえ、小さなかわい子ちゃん、お名前は?」
その親切な言葉とは裏腹に、 心の中では「ふんっ!」と思った。 彼女はエドワードに子供がいることをわかっていたが、まさか妻でもいるとは夢にも思っておらず、まだ彼と結婚することを期待している。 まず最も重要なことは、この小さな男の子に自分を受け入れさせることだ。
ジャスティンはジェシカに触れられまいと鼻を鳴らして背を向けた。 ジェシカは恥をかかされた様な気持ちになり、 一瞬言葉を失い、頭の中でこの子供を呪った。 「ふふ、あなたのお父さんと結婚したら、どんな風にしつけをしてあげようか」 そう考えると、とっておきの作り笑いを炸裂させた。
「うわっ! なんていう作り笑いだ。 ママのポーカーフェイスの方が断然綺麗だ!」 ジャスティンは思った。
「ジャスティン、いい加減にしなさい」 エドワードはジェシカとの関係を清算する決心はしていたが、息子がその様に無礼に振る舞うことは許さなかった。
「パパ、おなかがすいた」 ジャスティンは話題を変え、哀れを誘う顔でエドワードを見つめた。 エドワードもジェシカがいるこの場から離れたかった。
「いいね! 何か食べよう」 その時、本日の主役ロイド・レンが出てきて、エドワードの姿を満足そうに見た。 レン家とムー家は何世代にもわたる長い付き合いで、ロイドはエドワードを自分の息子のように扱った。
「ロイド叔父さん、お誕生日おめでとう!」 エドワードがロイドにハグをすると、ルーク・ルオが突然現れてロイドに贈り物を渡した。
「エドワード、この小さな男の子は誰だい?」 ロイドは贈り物を見ることも忘れてジャスティンに目を凝らした。
「ジャスティン、ロイドおじいさんにご挨拶して」 エドワードはジャスティンの手を引いて促した。
「ロイドおじいさん、お誕生日おめでとうございます! 長寿をお祈りします!」 ジャスティンは子供らしい声で言った。浮かべられた優しい笑顔が彼をより一層可愛らしく見せた。
「はっはっは。 どうもありがとう。 なんて優しい子なんだ!なぁ、エドワード、 こんな可愛い子、どこで見つけて来たんだい」 ロイド・レンは早く孫が欲しくて仕方なかったが、彼の息子はまだ独身だった。 なので彼はジャスティンの可愛いさに目を細めた。 エドワードの両親は、孫の存在を知ったら一体どのような反応をするであろう? 彼らはエドワードの反抗的な態度に愛想を尽かし、旅行に行ったまま もう何年も戻って来ていなかった。
「ロイド叔父さん、この子は今日会ったばかりの息子、ジャスティンです。 叔父さんは子供好きだと存じて、会わせようと連れてきました」 ジャスティンは手柄を奪われて混乱した。ここに来たいのは自分なのに!
ジェシカは蚊帳の外に置かれたくなかったので、ロイド・レンに挨拶しにやって来た。 「ロイド叔父様、お誕生日おめでとうございます。 父からも叔父様によろしくと言付かっております」と言った。
「ああ、ジェシカ! また一段と綺麗になったなぁ」 ジェシカは照れくさそうにエドワードをちらっと見た。
「どこを見てるんだ! パパはママの物なのに!」 ジャスティンは敵意を持ってジェシカを睨みつけたが、ジェシカ以外は誰もそれに気付かなかった。
彼女は戸惑っていた。 いつこの子を怒らせてしまったのだろう? 何も身に覚えがないにも関わらず、 その子供は彼女を挑発し始めたのだ。
ジェシカの実家もまた裕福で注目を浴びていたので、ロイドはジェシカのこともよく知っていた。もちろんエドワードとの関係についても。
「ジャスティン、おじいちゃんと一緒に来てくれないかい?」 ロイドはジャスティンを見れば見るほど気に入ってしまい、 自分の孫として連れ歩きたかったのだ。
ジャスティンは躊躇しながら父親を見つめた。 彼はこの優しいおじいさんが好きだったが、もし一緒に行ってしまえば、この女性がまたパパに近付こうとするのではないかと心配だった。
もちろん、エドワードはジャスティンが何を考えているのかお見通しだった。 ここに来る前は断固として彼をパパと呼ばなかったが、ジェシカが現れた途端、パパを連呼しているのだ。 それは故意に行ったことだ。 エドワードは、ジャスティンが何かを企んでいることは分かったが、具体的に何をしようかまだ分からなかった。
父親が何も言ってくれないのを見て、ジャスティンはしぶしぶ頷いた。
その一方、ジェシカは邪魔者がいなくなったことを喜んだ。 ロイドとジャスティンが背を向けた途端、彼女はまるで何も無かったかのようにエドワードの腕に自分の腕を絡めた。
エドワードはいつものようにきざに笑い、彼の美しさは光の投影の下でさらに魅力的に輝いた。
「エドワード、今夜来てほしい?」 ジェシカは唇を彼の耳たぶに寄せ、熱い吐息を吐きながらそっと尋ね、彼の体にすり寄った。 胸がエドワードに触れていることを確認するのも忘れなかった。
「今夜は予定がある。 別の日がいいかな」 エドワードはジェシカに優しくキスし、細い指先で彼女をじらした。 形の良い薄い唇が魅惑的な笑みをかたどった。
ジェシカはエドワードの胸に寄りかかり、かろうじて立っていた。 彼女の挑発的な顔は欲望に満ちていて、今すぐにでもこの男の上に横たわりたがっていた。 ジャスティンはそんな二人の様子を遠くから眺めながら気が気ではなかった。 少年の表情は、まるでジェシカに「後で大恥をかくだろう」と警告しているかのようだった。
ジャスティンはちょこちょことロイドの後をついて回ったが、彼の注意の先は常に遠くにいる二人に固定されていた。 いちゃいちゃしている二人を眺めながら、目の前のアイスクリームを、怒りを込めて小突いた。
突然、ジャスティンの冷淡な表情がいたずらな笑顔へと変わった。 何を思ったか、目の前にある大きなカップに入ったアイスクリームを手に取り、二人に駆け寄った。 程よい距離に近付いた時、彼はつまずいたふりをして、手に持っていたアイスクリームがジェシカの方に飛んで行った。 そして彼は床に倒れながら悲鳴を聞いた。大きな悲鳴を。 もちろんそれはジャスティンの悲鳴ではなかった。
ジャスティンは、正確にゴールを決めた自分を賞賛した。アイスクリームはジェシカの胸元が開いたドレスの谷間へと落ちて行った。 ジェシカが我を忘れて大声で叫んでも無理はない。 エドワードとの熱い夜に浸った直後にまさか冷たいアイスクリームにお見舞されるとは思ってもみなかった。 「ふん! ざまあみろ! 泥棒猫が!」 ジャスティンは頭の中で憤慨しつつ言った。
エドワードはこの一瞬の出来事に凍り付いた。 しばらくの間、何も考えられなかった。 一方のジェシカは当惑して取り乱し、数分前にあったはずの魅力を全て失った。 エドワードはすぐ我に返ったが、目の前のお姫様を助けるのではなく、 代わりに地べたに倒れたままの小さな男の子を拾い上げた。 いつもの魅惑的な笑顔は凍り付いた表情に変わった。
「ジャスティン、痛かった?」 彼は心配でいたたまれない様子で、少年に怪我が無いかどうか確認した。
「痛いよぉ」ジャスティンは涙を浮かべて言った。 小細工しているのがばれないように、渾身の演技で激しく転んで見せたのだ。本当に痛かったであろう。 痛い! 苦痛に悶えるジャスティンを見ながら、エドワードの胸は痛んだ。 自分が女性とイチャイチャしていなければ、この子はパパの注意を引くためにこのようなことをする必要もないだろう。 下らない理由でこの子をこんなにも傷つけてしまった。
ジェシカは露出した体を覆うことさえ忘れて、茫然と立ち尽くした。 「こんな屈辱を味わわされて、エドワードはまず私を慰めに来るべきじゃない? なぜこの小さなろくでなしの心配ばかりするの?」 彼女は怒りに震えながら思った。 ジェシカはエドワードの腕の中にいるジャスティンをじっと見つめていた、そして心の中でこの小さな男の子を憎まずにはいられなかった。
「リンさん、私と一緒に二階に来て、さっぱりなさってください」 デュークが遅からず早からず、完璧な節で現れた。 実のところ、彼はその女性があまり好きではなかったが、主催者としての面目を施さねばならなかった。
ジェシカは憤然として去って行った。 ジャスティンは女性を追い払うという使命を果たし終え、ようやく満足した。