父と息子はとても仲良くやっていた。 その頃、軍のハンビーに座っていたデイジーは、深い考えに沈み込んでいた。 あれは確か、暖かい午後だった。そのハンサムな男が突如現れ、まっすぐ彼女の心に的中した。 だが男の方は女のことを覚えていないようだ。 彼にとって自分はどんな存在なのだろう?
家族にとってデージーは余計な存在だった。それを知りながら、彼女が目立たぬように息を潜めて暮らしていた。 かつて、小さなお姫様のように大切に可愛がられ、幸せな生活を送ったこともある。 そんな矢先に不幸にも母親が他界し、父親は再婚した。それ以来状況は一変し、 召使いよりも酷い扱いを受けるようになった。 毎日、継母が自分の娘、つまり継姉を美しく優雅に飾り立てている。 それを眺めて、厳しい現実を認めざるを得なかった。かつての幸せな生活はもう他人のものという現実を。それだけでなく、彼女の父親ももう他人の父親になってしまった。
初めの時はもがいたり、泣いたりもしたが、その度に継母のヤキラ・モーにきつく折檻される。 それからというもの、彼女は泣くことさえせず、毎日ひたすらビクビクしながら生きていた。 自分はもはやかつての誇り高きお姫様ではないんだ。
継母が弟を出産してから、かつてとても可愛がってくれた父親は自分の娘を忘れてしまったようだった。 だが残念なことに、継母と継姉は彼女の存在を忘れていない。 この二人は毎日思いつく限りの方法で彼女を苦しめた。 ある16歳に起こったことだ。継姉の服を洗濯する時、うっかり破ってしまい、姉に顔を平手打ちされた。 顔はひどく痛んで、庭の大きな木の下に隠れ、静かに涙を流すと、前から誰かの声が聞こえた。
「泣き虫は大っ嫌いなんだ。泣けば何とかなるとも思ってんのか? ついでに、役立たずの女も嫌いだ」 突然の声にびっくりして、彼女は涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。 その瞬間、涙が止まった。なんて綺麗な男の子なの! 太陽に向かって立っている少年を見て、彼女は思った。 ひざしを浴びた顔は生意気だけど、優雅でもある。まるで本物の王子様のように気高い気配を発する。
その瞬間、彼女は彼に悩殺された。 すると、彼のことを息を殺してじっと見つめた。 これがただの夢なのではないかと心配にもなった。 少しでも音を立てたら、目が覚めるかも。
「役立たずの女!」 その少年は少し怒っているかのように見え、現れた時と同じように突如として去って行った。
その後、あの日に出会った男はSシティの伝説、ムー家の長男エドワードであると聞いた。 彼が特にビジネスにおいて驚くべき才能を発揮しているそうだ。 まだ22歳なのに、もうFXインターナショナルグループの代理社長に就任した。 まさに違う世界の二人。 恐らくお互いに知り合う機会もないまま人生を終えるでしょうとデージーは思った。
しかし、エドワードの全てがどうしようもなく気になって仕方なかった。 彼女の心はゆっくりと彼の虜になっていった。 一緒になることなど有り得ないと分かっていながらも、彼への気持ちを抑えることができなかった。 結局、望んだ進路ではなかったが、海外の軍学校に入学した。あの時の少年が「役立たずの女は嫌いだ」と言ったから。 そして、わずかの4年間をかけていち早く軍事訓練を終えた唯一の外国籍女性卒業生となった。
卒業後、軍学校で仕事をするか、あるいはもっといい進路に進むか、色々な選択肢があったのに、あまりに彼が恋しかったので早々に帰国しSシティに戻った。 しかし、Sシティに帰っても、彼に会う機会はなかなかなかった。 エドワードは相変わらず雲の上の存在だった。 4年前に最初に見た少年の姿はもうそこには無く、眩しいほどに魅力的な男性に成長した。
デージーは自分に彼のことばかり考えさせないように、仕事に没頭して、訓練とテストに熱心に取り組み、時には非常に危険な任務まで遂行する。 その結果、彼女は軍隊の中で次から次へと手柄を立てて、非常に若い年で少佐となった。 それにしても、エドワードへの愛は、まるで雑草かのように蔓延り、彼女の心を占めた。
同じ都市に住んでも、この二人は相変わらず交わることがない。まるで2本の平行線のように。 しかし、デージーの彼への愛情はますます深くなり、骨の髄にまで達し、遂には流れる血液にも浸透して行った。 これからも、彼を遠くから眺めるしかないだろうと彼女は思っていた。 まだ始まってもいないが既に死んでいる愛を葬り去らなければならなかった。
しかし、神はまだ彼女を見放してはいないようだ。まさか彼女を彼の妻にさせたとは、思いもよらなかった。 あえて言えば、それは父親のおかげかもしれない。デイジーは唯一の血を分けた娘だったから。 ムー家は嫁として、オウヤン家の直系の娘を所望した。それを知ったイボンヌの目は怒りに満ちていた。なぜなら、イボンヌは所詮皆のお気に入りだけの継娘だったから。
今でも覚えている。結婚のことを聞いた瞬間、胸の高鳴りが抑えられず、 恍惚とした喜びにすすり泣き続けた。遂にこの絶望の淵から救われるのだから。
自分が愛されていないことを知りながらも、彼に近づかずにはいられなかった。 心の奥底でひっそりと自分を応援することしかできなかった。 たとえ愛されなくても、もし側で仕えることが出来るなら、彼を愛し続ける。
それでも彼女はまだ自分自身を過大評価していた。 一晩中お互いを分かり合えたと思った翌朝、陰謀を企てた女という汚名を着せられたのだ。 釈明しようとしたが、彼はドアを叩きつけるように閉めて去って行き、弁護の機会さえも与えてくれなかった。 その時感じた悲しみは誰にも理解し得るわけがない。 軍の任務でどんなにひどく怪我をしても、これほどの痛みを味わったことは無かった。
エドワードが背を向けるとき、彼女はいっそ消えてしまえばいいとも思った。 それらの言葉は彼女を辱めた。 こうやっていろいろ考えながら、デージーは思わず自分をあざ笑った。 エドワードが彼女の物になることはないが、それでも彼の生き写しのような可愛い息子をプレゼントしてくれた。 それで十分ではないか?
「大佐、幕僚グーから次の交差点で落ち合おうという連絡が来ました」 副官のマーク・デュの報告は彼女を現実に引き戻した。 自責の念と苛立ちで首を横に小刻みに振り、無意識のうちにも彼のことを恋しく思う自分を咎めた。
「ええ、 わかった」 デイジーは気怠そうに答えた。 彼女は疲れ果てていた。 今の彼女はいつもと違って冷たくもないし、女らしくなってきた。
「大佐、お加減でも悪いのですか? 顔色が悪そうに見えますが」 マークは軍に入隊してからずっとデイジーに随行しているので、彼女の様子がいつもと違う事にすぐ気が付いた。
「大丈夫よ。暑すぎるからかしら。少し怠いだけ」 デイジーは自分の体調に問題がない事を分かっている。ただ悲しくて精神的に疲弊していたのだ。 長年エドワードを愛してきたが、それでも彼に近づくことは叶わず、逆に自分のことなど忘れ去られてしまったのだ。
「少しお休みになったほうがいいでしょうか? 幕僚グーと落ち合うまでまだ1時間あります」マークが気遣った。 普段なら、大佐がこんなに脆弱に見えることはほとんどないので、心配になった。 マークの目には自分の大佐がいつも明敏でタフだった。
「そうね、 到着したら起こしてください」 しばしの休息こそ自分が必要としている物であることに気付いた。 昨夜、彼との面会について色々考えた結果、神経が昂ってしまい、よく眠れなかったのだ。 今日彼の前で緊張し過ぎたのも原因の一つだろう。 今、静かに目を閉じて心を無にする時間が必要だ。
「かしこまりました。 ゆっくりお休み下さい」 マークは彼女をちらっと見た。何かが大佐を悩ませているのではないかと想像した。 高層の商業ビルを出てから、彼女の様子がいつもと違うようになった。
マークは時々、女手一つで息子を育てている大佐を気の毒に思った。 彼女は既婚者だと聞いたが、夫はただの一度も現れたことは無い。 そのため、若い兵士たちはいつもこそこそと彼女の噂話に花を咲かせていた。 多説あり、夫が海外赴任でもう長い間帰っていないという説と、愛人説と、鬼嫁が怖くて逃げ回っているという説などがある。中には彼女の夫はあまりにも不細工で一般に公開できないと噂する者さえいた。
マークは言ってやりたかった。そんな醜男からジャスティンのようなハンサムで可愛らしい子供が産まれるわけが無いだろう? そんな風に考えたマークが、彼らの噂話に参加したことは無かった。 いつも黙って聞いているだけで、何も発表しない。 そして、大佐がこんなひどく言われる原因についても、知っている。 大佐は彼らをとても厳しく訓練したので、噂話はその憂さ晴らしだったのであろう。
寝ている間に風邪を引いたらやばいと、マークは車内の温度を少し上げた。 これからの訓練は極秘のもので、今までのないほどに厳しいものが予想されている。病気になどなっている場合ではないのだ。